第3話 疑惑の女の子

 駄菓子屋生活も十日が過ぎて、だいぶいろいろなことに慣れてきた。

 まず商品の値段はほとんど頭に入った。

 頭に入ったというより、身体で覚えたと言った方が正解かも知れない。品物を見た瞬間にその値段はだいたい分かるようになった。

 それに駄菓子による『当たり』の特徴も完璧だ。

 例えば『糸引きあめ』は紐を引っ張って動いたアメが貰えるという一見分かりやすい形式に見える。

 だけど、子どもが紐を引っ張っている間、ずっと直視していなければならないので少し面倒くさい商品だ。

 『棒きなこあめ』は楊枝にきなこあめがくっついているタイプの駄菓子で、楊枝の先が赤かったら当たり。

 だけど、この『棒きなこあめ』、実は三分の一が当たりで頻繁に子どもが当たりを主張する。

 景気が良くて人気なんだけど、売っている方としては「はいはい、また当たりね」という感じで結構うんざりする。

 一枚二十円、三十円で販売している『アイドルカード』やアニメの『シール』なんかも当たったらもう一枚貰えるパターンのくじだ。

 だけど、残り数枚になると、ぱたりと客足が止まる。

 たぶん、残り数枚じゃ大した物が残っていないんだろう、という思考が子どもたちの間で働くのだろう。

 そういう時の為に俺が編み出した技は、「最後の一枚を買ってくれた子には表紙の一枚を無料サービス」といういわゆるラストワン賞だ。

 この方法を使うことによって、中途半端にカードやシールが余ってしまうという状況は回避されることになった。

 今日も開店と同時に大賑わいだった。

 ばあちゃんだったらお昼過ぎくらいから開店するから余裕があるんだろうけど、俺の場合は高校が終わってから開店するので、小学校帰りの子どもたちが開店と同時に一気に押し寄せてしまい、余裕がない。

 出来れば開店前に三十分くらいまったりした時間が欲しいところだけど、シャッターの前で子どもたちが待っている状態ではそれすらも適わない。

 仕方がないと言えば仕方がないことだ。

 怒濤の勢いで押し寄せる子どもたちを必死に捌いていると、『すおう』の店先に見覚えのあるマウンテンバイクが停まったことに気が付いた。

「耕平兄ちゃん、久しぶり! あ、ずいぶん駄菓子が増えたね。やった!」

 そう言って軽快に店内に入ってきたのは良太だ。

 まさか、と思って良太の後ろをすかし見た。

 でも思い描いた人影は見当たらない。

 そんな俺の様子を胡乱な表情で見ていた良太はすぐに何かに気が付いたようだ。

「ああ、姉ちゃん? あんなんでも一応トップアイドルらしいからさ、やっぱり忙しいみたいだよ? 今日は仕事だって」

 そう言ってにやりと嫌らしい笑いを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。

「気になる?」

「うるせえ。ちょっとほっとしているところだ」

「まーた、また。そんなこと言っていると姉ちゃんに言いつけちゃうよ」

「う」

 俺は言葉につまる。

 なんか、いつの間にか良太に弱みを握られた感がある。

「いいから、さっさと駄菓子を選びな。今日はこの通り忙しいから、店内に留まっていられると迷惑だ」

「はいはい」

 良太はさして気にした様子もなく、駄菓子の物色を始める。やれやれ。

 そうして良太のことは放っておいて、会計を待っている子どもたちを次々と捌いていく。

 すると捌いている子どもたちの中に、またもや見知った顔の子どもを発見した。

 長い髪を片側だけで結った変則ポニーテール。

 あの子だ! 疑惑の万引き少女!

 その子は勝ち気そうな瞳で俺の事を見つめ、にっこりと笑うと、臆せず『すおう』の中に踏み込んできた。

「あ、薫(かおる)じゃん」

 良太がその子を見てぼそりと言う。だけど、その子はその勝ち気な瞳で良太を一瞥しただけで、返事もしない。

 今回は簡単に万引きさせない。

 俺は確固たる決意を持って、その子を見張るつもりでいた。

 他の子どもに応対していようとも必ず目の端でその女の子――薫を追っていようと思っていた。

 前二回は万引きしたと俺が思っていても、どちらもその現場を見ているわけじゃない。

 今回は現行犯としてとっ捕まえようと考えていたのだ。

 だけど、薫はそんな俺の思惑なんか、覆すような行動に出た。

 こそこそ隠れることなんてせずに、真っ直ぐに俺の所に向かってきたのだ。

 そして俺の真正面に立つと挑戦的な目つきで俺を見上げた。

「くじびきをやらせて?」

 薫はそう言って、『スーパーボールくじ』を指差す。

 俺は一瞬戸惑った。

 きっとこの子はこっそりと隅の方で、何かを盗むのだろう、と思っていたからだ。

 だけど、薫は真正面から挑んできた。

 これで目の端で、注意を払って観察する必要はなくなった。

 だけど、これはどういうことだろう。

 今日は万引きをしないで俺を安心させる作戦だろうか。……いかんいかん。ついつい疑心暗鬼に陥っている。自然体で良いんだ、自然体で。

「いいよ。一回三十円だ」

 そう言って、くじの入っている箱を差しだすと、薫はそれを受け取った。そしてゆっくりと首を横に振る。

「違うの」

「違うって、一体何が」

 薫の言っていることが計りかねて、戸惑った表情を浮かべていると彼女は言葉を続けた。

「このくじ、全部買いたいの。その代わり――」

 薫は突然、にっこりと無邪気な微笑みをその口元に浮かべた。

「――このくじを全部捲(めく)りたいの。でも全部捲って一等のくじって入っているのかな。もし入っていなかったら大問題なの」

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