第36話 月が奇麗なので消えて下さい⑥

「ふふふふふふふふふふふふふふ」

 私――白鹿凛子は愉快で愉快で仕方が無かった。


 あれほどまでに強くだった楓が、今では私に怯え体を震わせているからだ。

 瞳の奥には、絶望というドロドロとしたものが渦巻いており、私が少しでも動くものならばビクッ! と体を強張らせて泣きじゃくりながらこちらの様子を窺っていた。


 私は楓の心をへし折ることに成功したのだ。奇しくもタコパの時とは立場が逆転しているのがとても面白かった。


 でも、まだまだ足りない。


 もっと徹底的に心の一生消えることもない傷をつけて、拷問されたなどと絶対に口走らないように死ぬ一歩手前まで追い詰めなければ。


 さぁて、明日はどんな拷問をしましょうか。


「先輩、スマホのパスワードを解除してこちらに渡して下さい」


 楓はビクリと反応した。恐怖に顔を歪ませ、彼女は震える手でポケットに手を突っ込み――パスワードを解除したスマホをこちらに渡した。


 抵抗する気など微塵もないらしい。楓は私の顔色を窺い、機嫌を損ねていないか不安げに見つめていた。数時間前の楓とはまるで別人のようであった。


「ありがとうございます、先輩♪」


 私は楓のスマホを手に取ると、ラインを起動。太一にはしばらく遊べないと、両親には二泊三日で旅行に出ると連絡を送った。両親の方はやや強引だけど、太一の名前を出したり具体的な話を出して信憑性を上げた。


 まさか、両親も娘が拷問を受けていて、その犯人が連絡を送っているなんて露程も考えまい。


「ふふふふふふふふふふふふふふ」


 純粋に人を拷問するのは楽しい。人の優位に立つというのはこれほど快感なものだとは思わなかった。


 他人の視線ばっか気にしてやりたいことも出来ず怯える日々だった私が、人の心を支配できるなんて。抑えられていた欲望を開放するのがこれほど甘美なものだったとは。


 人間とは等しく平等なハズなのに、この歪な空間では飼うもの飼われるものという絶対的な格差が生まれていた。自分よりも格下が存在するという事実だけで、私は歓喜に身を震わせた。


 それに――人の苦しむ様は、見ていて気持ちがいい。特に罪悪感を感じないのは、私が異常なのかな?


 いいえ。愛です。

 愛の力なのです。


「では先輩、おやすみなさい♪」


 私はそう言い残し、楓をベットに縛り付けたまま部屋を後にする。部屋を出て右折し、私は雑草が割れ目から生えている老朽化が進んだ廊下を歩き――先ほどと同じ構造の部屋に入る。


 部屋の中央では、椅子に縛り付けられている一之瀬花音がいた。


「調子どうですか? ……ああ、聞こえないか」


 一之瀬の全身、縄のようなもので椅子と一緒にぐるぐる巻きにされており、耳にはヘッドホン、目には妙に立体的なゴーグルのようなものがつけられていた。



 だれですか、こんな酷いことをしたのは?

 まぁ、私なんですけどね。



 楓と同じく全身の自由を奪っているのだけど、目的が違った。楓は心をへし折るための拷問で、一之瀬は拷問というよりは実験に近かった。


 そう。これは一之瀬の何気ない発言から思いついた、ほんの些細な実験なのだ。

 夏祭りで泣き崩れる一之瀬を慰めて以来、彼女は私をとても信頼してくれた。どんな質問も答えてくれたし、楓を拉致するという人間性を疑うような行いにも手を貸してくれた。


 一之瀬を手駒にしたのは、太一先輩の情報を得るのに都合が良いと思ったからだ。夏祭りで出会ったのは偶然だったけど、結果的には彼女は中々役立ったので、いい拾い物であった。


 それに――彼女は、恋心に翻弄されて完全に自分を見失っていた。


 嘘でもいいから、彼女は慰めの言葉を欲していた。それほどまでに心が衰弱していた。



 ……いや、少し違うかな。

 そう、あれは。

 ――完全に、心が壊れていた。

 それこそ、修正不可な程に。



 私が手を加えるまでもなく一之瀬花音の精神は致命的なまでにおかしかったし、彼女の残るほんのわずかな良心がギリギリ犯罪に手を染めるのを抑えている状態であった。


 こちらの方が私としては都合が良かったのだけど、何故こんな状態になったのだろう? という疑問が生まれた。


 客観的に見れば、たかが学生の恋愛だ。本人は血反吐を吐くような思いだろうが、そこまで太一に執着する理由とは何だろうか? その答えは、私にも当てはまる気がした。


 私が一之瀬に問うと、彼女は意外な言葉を口にした。


「太一は、交通事故に会ってから急にモテるようになった」



 意味が分からないと首を傾げる私であったが、詳しく聞くとなるほど――太一は、意識を失っている間に神様と自称する人物にあったらしい。


 神様からモテる能力を貰った――馬鹿馬鹿しい話だけど、確かに辻褄があう。考える余地はありそうだと私は思った。


 それに――私のこの狂いそうになる程の恋心にもこれで説明がつく。一之瀬は自分の狂い具合に自覚が無いけど、私はまだ自分を客観的に見れる冷静さは持ち合わせていた。


 では、もし彼がモテる能力を持っていたとしたら、その発動条件は何だろうか?

 重要なのは、一之瀬のように恋以外はどうでもいいと思うほどの視野が狭い人がいるのと同時に、楓のように特に大きな変化が無い人がいることである。


 等しく平等に発動するのならば、接点が一之瀬の次に多い楓が次に狂うハズあった。


 考えて、私は二つの仮説を立てた。



『報われない恋の想いに比例して、恋心が暴走する』あるいは、

『太一を見る頻度に比例して、恋心が暴走する』である。あるいはそのどちらも。



 ……まぁ、ここまで考察しておいて何だけど、いくら考えた所で何かが変わるという事はない。



 例え私のこの思いが神様に与えられた偽物の感情だとしても、この思いを止める術はないし止めたいとも思わない。むしろ、生きる活力が生まれて神様には感謝をしたいぐらいだ。


 ――だからいま一之瀬にやっている実験は、上手くいけばいいなぁ程度でしかない。


 私は後者の『見る頻度に比例して、恋心が暴走する』が本当かどうかを試してみることにした。


 彼女のつけているヘッドホンには、私が盗聴した太一の声が延々と流し続けており、彼女のつけているゴーグルには私のスマホが中に入っていた。画面には音声と同じように太一を盗撮した映像を同じく延々と流し続けている。


 たったそれだけであったけど――どうやら効果はあったようだ。


「――はは。――あはははは」


 一之瀬は、全身の自由を奪われているのに笑っていた。夏祭りの時の今にも死にそうな絶望した顔と一変し、実に楽しげな笑みを浮かべていた。



 彼女は実に幸せそうだった。ならそれでいいじゃないか。


 彼女はもう十分利用させてもらった。



 ありがとうございます。








 あ、もういらないです。













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