第19話 夏と夜と光るラケット
6
もしかすると、僕は大切な友人を失ったかもしれない。
花音と最後に遊んだ日から数日経ったけど、彼女に送ったメッセージは既読すらついていない。
今までも面倒で既読無視をしたり数日間放置していたことはあったが、やはり連絡を帰ってこないのは不安になる。気まずい別れをしたから余計に思う。
出来ることなら花音の家に押しかけたい所であったが、それが逆効果になるかもしれないから悩む。
僕たちの関係はそんなヤワなもんじゃないと思いたいが……。
とりあえず、今はもう少し様子を見ることにした。現状維持。
――ああ、それと。
僕の郵便受けポストに『おはようございます』と書かれた紙を入れる悪戯は今も続いていた。
それも、律儀に毎日。継続は力と言うが、こんなことを継続されても僕が困るだけだ。
これっぽっちも意図が分からないけど、ここまで継続的に悪戯をされると少し恐怖を感じた。
思い切って加々爪に電話で相談すると「今すぐ防犯カメラをつけろ」と正論が飛んできた。ありがたい。
なので僕は両親にお願いして仕送りをしてもらい、玄関前に防犯カメラを設置したのだが……。
少し、困ったことになった。
いや別に防犯カメラに映らないのに紙が入っているとか推理小説的展開ではなく、バッチリ僕の家の郵便受けに入れた犯人の姿を捉えたのだけど――
その人物に、全く面識がないのだ。
少なくとも同じ学年ではない。性別は女性で、内巻きセミロングに黒縁眼鏡をつけている。そんな彼女は毎日早朝の五時ぐらいに僕の家をすれ違うついでみたいに紙を入れる。
防犯カメラを使ったのは良かったが謎が謎を呼んでしまった。この程度では警察も相手してくれないと思うし、彼女が来るまで張り込みをするのは……ううむ。
結局これも現状維持。
……今年は現状維持の夏になりそうだなぁ。
* * * * *
家でダラダラしていたら、ピンポーンと玄関チャイムが鳴った。
駆け足で玄関ドアを開けると、外には日傘をさした白鹿がいた。
「……あ、あの、いきなりですが、お邪魔してもいいですか?」
いつものように申し訳なさそうに、オドオドとした口調で白鹿は言った。自分の両手をキュッと繋いでもじもじする白鹿はなんとも可愛らしかった。
「あー全然いいよ。どうせ暇だったし」
断る理由もないので、僕はあっさりと白鹿を家に招き入れる。……多分、こういう軽いノリが僕の悪い癖なんだろうなぁとぼんやりと思う。
「適当なお菓子とお茶を持ってくるからそこで待ってて」
「は、はいっ!」
白鹿をリビングのソファに座らせると、僕はキッチンへ向かい冷蔵庫に入ったお茶と割れせんべいを手にもって戻る。
「せんべいでだけど良い?」
「は、はい! 大好きです! ありがとうございます」白鹿はにっこりと笑って感謝の言葉を述べた。うむ、人間が出来ている。
暫くの間他愛の無い話をせんべいを食べながらしていると、ふぅと白鹿は一息吐いておもむろに口を開けた。
「――あの、実は相談したいことがあるのですが、よろしいですか?」
「うん。全然いいけど」
「よかったぁ。……あのですね。太一さん――これを見てくれませんか?」
白鹿はそう言うと、ズボンのポケットから四つ折りされた紙を取り出した。
僕はそれを受け取って開けると――
『お前を絶対に許さない』
――と、筆ペンのようなもので書かれていた。
宛先は無く、コンビニで売ってそうなA4の紙に書いて折りたたんだだけの手紙。
この筆跡――かなり物騒であるが、僕は知っていた。
ほぼ間違いなく――黒髪セミロング黒縁眼鏡の女性が書いて送ったのだろう。
「この手紙、どこにあった!?」
僕は前かがみになって白鹿に尋ねる。
「今日、私の家の郵便受けに入ってました」
「…………」
僕の時と全く同じだ。まさか、同じような状況に困っている人がこんな身近にいたとは。
しかし、あまりに内容が過激すぎる。こんにちはなんて生ぬるいもんじゃなく、白鹿の手紙には明白な怒りが込められてあった。
「……わ、私。怖くて……。でも、両親にはこれ以上心配させたくないから……つい、先輩を頼ってしまいました。すみません。いきなりこんなこと相談しても迷惑ですよねっ」
恐怖に震えながらも、僕に心配かけないとぎこちなく笑う白鹿。眼鏡越しで、目と目が合う。――以前と違い、彼女は目線を反らすことはなかった。
「いや、そんなことはない。だって他人事じゃないから」
友達だからほっとけないのと、僕も同じ加害者に被害にあってるからという二重の意味を込めて僕はハッキリと言う。
「実は、数日前から僕も同じような被害にあってる」
「え……!? そうなんですか」白鹿は目を丸くする。
実際に見せた方が早いと判断し、僕は立ち上がってクシャクシャになった宛先不明の紙をゴミ箱から拾い上げて白鹿に渡す。
「――ッ!? 本当ですね……! 筆跡も似ていますし……でも」
白鹿は白くて奇麗な髪を弄りながら思案顔になる。僕と白鹿の共通点を探っているのだろう。
僕も考えたけど――白鹿とそこまでの共通点はないように思えた。せいぜい学校が同じなのと、時々二人で遊んだりタコパをしたりするぐらいだろうか。
それに、防犯カメラに映った女性を僕は知らない。……おいおい、また謎が謎を呼んだぞ。本当に解決に進んでいるのかよ。
「ああそうだ。一応犯人らしき人物が映ってるカメラ動画があるけど、見てくれないか?」
もしかしたら白鹿なら誰か知ってるかもしれないと思い僕はスマホを取り出す。最近の防犯カメラはハイテクで、防犯カメラの録画がスマホで見ることが出来る。
スマホを横に向け、僕は白鹿の隣に座り防犯カメラの動画を早送りして、女性が郵便受けポストに入れる瞬間を見せる。
すると――「あッ!」と白鹿は驚きの声を上げた。青ざめて震える彼女は何か知っている様子であった。
「もしかして、知っている人?」
「はい……」
コクリと頷く。そして、震える指先で監視カメラに映る女性を指さした。
「この人――私と同じ学年にいます」
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