第43話 空っぽの心に③
「――――――ッ!?」
私の張り手で吹き飛ばされた群青楓は、床に尻餅をついて驚愕の表情を浮かべる。何が起こったのか理解できないのか、彼女は痛む頬を押さえてその場で硬直していた。
私は怒りに身を任せ再び群青楓に接近して胸元を掴んで壁に打ち付ける。鈍い衝撃音が部屋で反響し、うめき声をあげる。彼女は身をよじって私の手から逃れようとするが、まともに食事をとっていないだろう体では力が出ないらしく、その抵抗は微々たるものであった。
「ふざけんなッ!! ふざけんなふざけんなムカつくムカつく!!! あんたの恋はその程度だったのかよ!! ふざけんなよ!!」
「――ひっ」
群青楓が涙を流して怯えるが、そんなものは知らない。
それほど、私にとって彼女の発言は許せなかった。
「あんたが何をされてそうなったか知らないよ! 知りたいとも思わないけど、他人に脅されただけで折れるのかよ! 薄っぺらい恋だな!」
自分が酷く身勝手な発言だという事は自覚している。
でも、群青楓があっさりと捨て去ったその恋は、私がこれからどれだけ頑張っても手に入らない――私にとって世界で一番の宝物なのだ。
「選ばれたあんたがどれだけ幸せなのか、自覚しているの? 恋に恋して、でも結局フラれて、本気で恋しても相手にしてもらえない私の気持ち、理解できる?」
「…………………………!」
「ねぇ。私を、馬鹿にしてるの? ――ふざけんなッ!!!! 例え今好きじゃなくても、好きなった男のことを関係ないっていってんじゃねぇよ!!!」
分かっている。
これはただの八つ当たりで、私は群青楓に嫉妬しているだけなのだ。
ただ傍にいれるという事が、たまらなく羨ましかった。
そして、同時に。
私が二人の間に入ることは――きっとできないんだろうなぁって薄々気付いていた。
なんとなく。心のどこかで。
太一にフラれてからも諦めるつもりなかったけど、ふとした瞬間に垣間見れる、絆やら愛やら色々な感情が入り混じった恋人だけの空間を作り出した時は、何度この恋を捨ててやろうと思ったか。
それでも捨てることが出来ない諦めが悪い私。往生際が悪いにもほどがある。
あと――本気で好きになって気付いたのだけど、
愛って辛いことばっかりだ。
私は愛の素晴らしさをまだ知らない。
……だけど、この辛さもまた愛の一部なのだ。
この胸の痛みは、私のものだ。
私は、愛の全てを知りたい。
愛の苦しみも――愛の素晴らしさも。
だから、私は絶対に太一を諦めない。
ずっと好きで居続ける。
何年も、何十年でも。
いつか太一が私の事を見てくれるまでずっとずっと。
だって、
初めて本気で好きになった人だから。
「あんたは知らないけど、太一は本気であんたの事が好きなんだよ!! あんたが泣いてると、太一が困るんだよ!! あんたが関係ないと切り捨てた太一が、今どんな辛い思いを知ってるか知ってるの!?」
私は太一が好きだから。太一の笑顔が好きだから。
でも、太一の笑顔を見るためには――群青楓が幸せにならなければならないのだ。
「太一には――――――――あんたが必要なんだよッ!!!!!!! 別れるとしても、中途半端に逃げるんじゃねぇよ!!!!!!!」
「……………………!!」
大きく目を見開いた。ポカンと間抜けな表情を浮かべていた群青楓が、口を閉じてキュッと不満そうなへの文字になる。
彼女の震えが、止まっていた。
「…………………………」
群青楓は目を閉じて、深い呼吸を繰り返す。私は手を放して彼女をしばらく見届けることにした。
そして、
一分は経っただろうか――群青楓の目が開いた。
懐かしさを覚える性格の悪そうな三白眼。
不満そうな顔。
根拠のない自信に満ち溢れた太々しい態度。
「勘違いしないで」
群青楓が言う。
「私が手伝うのは――太一を振るためだから」
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