第44話 空っぽの心に④





「一つ訂正したいのだけど、私は別に太一のことなんか全然好きじゃないから。太一が何度も告白してくるから、仕方がないから付き合ったに過ぎないから」

「………………」


「だからこのまま太一を無視して自然消滅するのも私としてはアリなんだけど、やっぱり付き合った以上は別れるにしても必要最低限の礼儀というものがあると思うの。もの凄く嫌々だけど、貴方の手伝いをしてもかもしれないわね」


「あーはいはい。ツンデレツンデレ」

「む……ちゃんと聞いてるの?」


 私が掌をひらひらと振って話を受け流していると、群青楓は不満そうに口を尖らせた。


 まだまだ本調子じゃないのか、喉は枯れてるし声はボソボソだけど――ちゃんと私の知っている彼女だった。


 これはこれでムカつくけど。


「ところで貴方は私から居場所を聞いてどうするつもりなの? そこでいることに望みをかけて馬鹿みたいに特攻でもするのかしら? ……だったら先に言っておくけど、止めた方がいいわよ」


「なんでよ」


「たかが女子高校生が助けに行ってなんになるの? ここは素直に警察に頼んだ方がいいに決まってるわ」


「相手もそのたかが女子高校生なんだけど?」正確には白鹿は学校に行ってないのでJKですらないかもしれないけど、そんな細かいのはどうでもいい。


「分かってないのはそっちよ。貴方が白鹿の何を知っているか知らないけど――アイツは、私をスタンガンで気絶させた上に拉致して数日に渡って拷問したのよ? ……あれはもう、人間の皮を被った頭のおかしい化け物よ」


「でも、白鹿一人ならいくらでもやりようがある」

「え?」


 群青楓は不思議そうに首を傾げた。


「一之瀬さんは? 白鹿の傍にいるのじゃないの?」

「……そっか。部屋で引きこもっていたから知らないんだね」


 私は肺に残っていた空気を吐き出して、ホコリっぽい部屋の空気を深く吸い込む。


 そして、一之瀬が今現在入院している事を明かした。ついでに、私が知っている現状を出来るだけ丁寧に説明した。


「………………そう」


 全ての説明を終えると、彼女は腕を組んでそっけない返事を返した。しかし内心はかなり動揺しているらしく、彼女の頬は引きつったまま小刻みに痙攣していた。


「……でも、じゃあなおさら、私達が助けに行く必要はないと思うのだけど? 警察も動いてくれたみたいだから、あとは私と貴方が交番に今の事を伝えに行くのが最善じゃないの? 違う?」


「太一が心配じゃないの?」


「心配だったら何? 無駄に命を懸けて警察の邪魔をしに行くのが正しいことなの? 貴方あの化け物をちゃんと分かってるの?」


「……………………」


「……私が泣き叫びながら拷問を受けている時、白鹿はずっと笑顔だったわ。人を傷つけるのに罪悪感なんて皆無。――その気になれば、私達を殺すなんて訳ないのよ?」


「そんな事は、分かってる」


「じゃあ何? 貴方、太一のために命をかけられるの?」


「……かけれないよ。死にたくないし。誰だって自分の命は可愛いでしょ? 群青楓だって」


「だったら、なんで――」


「助けたいから。太一を助けられて私たちも無傷で白鹿を捕まえる。それが一番の理想じゃないの? なんでそれを目指したら駄目なの?」


「………………貴方ってそんな熱血キャラだったの?」


 群青楓は目を見開いてまじまじと私を観察した。私の発言が不思議でならないようだ。


「そっちこそ、半年以上も付き合っているのに冷たいじゃないの? 大丈夫?」

「……わ、私は別に好きじゃ……」


 口をモゴモゴさせて呟くように薄っぺらい虚勢を張る。ははーん。動揺したなぁ?


「――もちろん、警察にもちゃんと伝えるよ。ただ、一刻も早くいかないと取返しのつかないことになる気がする。出来れば今日にでも行きたい」

「……なんで?」


「ねぇ。白鹿が太一を拉致したとしたら、白鹿の目的ってなんだと思う?」


「……太一の独占」


「うん、多分そうだと思う。じゃあ目的が達成したけど警察に目をつけられて長くは続かない。……そんな状況だったら、白鹿はどうすると思う?」








「………………白鹿が捕まる前に、太一を殺す?」

「――うん。私と同じ考えだ」


 かなりぶっ飛んだ発想だけど――もし私が白鹿の立場だと考えると、間違いなくこうするだろうという妙な確信があった。


 それはきっと――太一が好きであることは白鹿と共通しているからだろう。

 太一はそんな、常人じゃあり得ない狂気的な魅力を備えていた。


 太一の全てを独占したい。太一が他の人を愛すなど許せない。私を愛してくれないなら、いっそ太一を殺したい。


 ……口には絶対に出さないし絶対にしないけど、私もこの発想に共感することが出来た。


「だから――加々爪は一刻も早く助けに行きたい訳ね。納得したわ」

「分かってくれた? じゃあ今夜にでも――」

「ごめんなさい。それでも無理なの」


 群青楓には珍しく、申し訳なさそうに首を振った。


「理由は二つあるわ。一つは――ごめんなさい。協力したい気持ちはもちろんあるのだけど……やっぱ怖くてたまらないわ。今は貴方のおかげで少し落ち着いたけど……白鹿の前じゃ間違いなくパニックになる」


「大丈夫、そこまでは求めてないから。ただ私は拉致された場所を教えて欲しいだけで――」


「二つ目の理由。……その場所が分からないの。気が付いたら廃墟のような場所で縛られていて、行きも帰りも私が気絶した時に運ばれたから、あそこがどこだったのか……」

「――――――――ッ!」


 これは想定外だ。群青楓が居場所を知っている前提で事を進めていたため、こうなるといよいよ私達に出来ることは何もなくなってしまう。


 ここにきて痛恨の足踏み。こうなったら近場の廃墟のような場所を手あたり次第に――



「――――ん? 廃墟って、この辺だとあそこしかなくね?」


 私はスマホのマップを起動させて、元々は高校だったけど廃校になって長い間放置されている廃墟近辺を表示して見せた。


「群青楓が拉致された場所てどこ?」

「……ここらへん」


 指を指した場所は、廃墟から歩いて五分程度の場所にあった。

 つまり、めっちゃ近い。


「……………………」

「……………………だと思ってたわ」


 嘘つけ。白鹿が車でも使ってなきゃ確定じゃんか。


「…………とにかく、一応場所は分かったのかな?」

「そ、そうね」

「………………」

「………………」


 なんだろう。先ほどまで引き締まっていた空気が一気に緩和されたんですけど。おかしいなぁ? 群青楓とかものすごく気まずそう。


 そういえば群青楓と二人で話すのは太一にフラれた時以来だなーって考えていると、目の前のボロボロの女が口を開いた。


「……本当に、行くの?」

「まーねぇ」

「…………………………私には全然関係ないからどうでもいいのだけど、行くときは私に連絡をよこしなさいよ。だからって何もする気はないけれど」


 唇が血が出るほど噛みしめて、彼女は今日一番の虚勢を張った。その言葉をひねり出すのに、一体どれだけの勇気を振り絞ったのだろうか。


「はいはい了解しました。多分深夜になると思うけど、突撃する時は群青楓に連絡するよ」

「……うん」


 群青楓はゆっくりと頷くと「あと」言葉を付け足す。


「貴方って何でフルネームで呼ぶの? 気持ち悪いだけど」

「ええー……」


 そこ? ってか今更?


「じゃあなんて呼んだらいいの?」

「太一の彼女」

「呼ぶわけねぇだろこの馬鹿!! もう一発ビンタされたいのか? ああん!?」

 なんだコイツ? やっぱ狂った頭はそう簡単には戻らないのかな?


「ごめんなさい。訂正するわ。……私、やっぱり太一と別れる気は無いわ。だって――」


 群青楓は、ここで今日初めて笑みを浮かべる。


「貴方が太一と付き合うのは、何か負けた感じがするから嫌」

「……………………へぇ」


 つまりこれは彼女なりの宣戦布告。相変わらず素直に言えない奴だけど、その太々しい態度に私はつい笑みを零した。


「知ってる? 私って群青楓のこと、大っ嫌いなんだよ?」

「あら、奇遇ね。気が合うわ」


 私らは友達じゃない。だからなれ合う必要はない。

 敵対ぐらいで丁度いいのだ。


「……でも、流石に今回の件は迷惑をかけたと自覚しているわ。だから借りにしてあげる。簡単な要求なら答えてあげるわ。しぶしぶ」


「へぇ。自覚あったんだぁ。――じゃ、太一と別れて」

「それ以外」


「ぶー。ワガママー。……だったらそうね」


 私は群青楓の何日も風呂に入っていないと思われる不潔な髪を見る。














「今すぐ風呂に入りなさい」

















「嫌ああああああああああああぁああ。み、水怖いぃぃぃぃぃいい!!」

「ほれほれ~~~。シャワーかけちゃうぞ~?」

「いいやだだあああああああああああ。無理無理無理無理!!!」

「くらえっ! シャンプー攻撃!!」

「ひぐううううううううう!」

「石鹸フラッシュ!!」

「もうやめてええええええええええ!!!!」








 すごく、楽しかった。


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