第46話 あえての自殺②




 二階から四番目の教室のドアを開けると、椅子に座った太一がいた。

 少なくとも拷問された様子はなく、私――群青楓はホッと胸を撫で下ろした。


「太一……」


 時間で言えば最後に太一と会ってから一日程度しか経過していないのだが、彼の顔を見ると途端に強烈な懐かしいさと愛おしさが込み上げて来る。

 今すぐ太一に抱き着いて泣きじゃくりたい衝動をグッと堪え、早歩きで太一の元へと向かうが――



 様子がおかしい。


「………………」



 足音に気付いた太一は顔を上げて私の姿を捉えるのだが、どうでもいいとばかりに再び頭を下げた。一瞬だけ目を見開いただけで、助けに来たというのに気持ち悪いぐらいにリアクションがない。


 近くまで歩み寄って気付く――太一は別に椅子に縛られている訳ではない事に。とても拉致とは思えない自由さ。太一がその気になれば簡単に逃げれるのではないかとすら思う。


「太一。帰るわよ」


 聞きたい事は山ほどあるが、まず第一は安全な場所まで脱出することである。その後からゆっくりと聞いていけばいい。



 だが、太一は予想外の言葉を口にした。



「……僕はここに残る」

「………………は? どういう事?」



 後頭部をガツンと殴られたような衝撃。



「僕は、死ぬためにここに来た。悪いがもう帰ってくれ。……一人じゃ死ぬ勇気がないんだ。せっかく白鹿が殺してくれるのだから、悪いが邪魔しないでくれ」

「意味が分からないわ。なんで太一が死ななきゃ駄目なの。なんで、なんで。言ってる意味が分かんないよ」



「――それしか、方法がないんだ」



 淡々と、すべてを諦めたかのような覇気のない声で太一は語る。頭を垂らしてうなだれているため、今太一がどんな表情をしているかすら分からない。



「……分かんない。分かんない分かんない分かんないから、ちゃんと説明してよ!」


「――説明したら、納得してくれるか?」



 太一の顔が持ち上がった。――何かに耐えているような、見てるこっちも苦しくなるような辛表情を浮かべていた。

 






 * * * * *






「――――てな訳だ」


 僕は覚悟を決めて、今までの出来事、死のうと思った経緯などを出来るだけ丁寧に説明した。途中から教室に入って来た加々爪にも楓と同じように語った。



「………………」

「………………」



 説明を聞き終わった二人は、なんとも言えない表情をしていた。僕の言葉が本当なのか冗談なのか判断しかねているのだろうか。



 二人の困惑っぷりも当然である。今までの出来事の説明の中に『神様からモテモテになるチート能力を貰った』も含まれており、真面目に説明すればするほど胡散臭くなる始末。本当かもしれないと疑っているだけまだましである。それほど突拍子もない話であることは自覚している。



 だが、きちんと説明したおかげで、ただ人生に絶望して死のうとしているのではないと言うことは理解して貰えたようだ。



 そう――僕が死のうとしているのは、ちゃんとした理由があるのだ。



「…………えっと。つまり、こういうことだよね……」



 恐る恐るといった様子の加々爪が尋ねる。



「太一は、その、モテる能力を神様とやらに返すために死のうとしているって事?」


「そうだ」


「でも――ここで死んでも神様に会える保証はないだよね?」

「…………おう」



 結局の所、そこが問題なのだ。


 能力を返すためにはもう一度神様に会う必要があるのだが、そのためにはもう一度死と生の狭間の――あの真っ白な空間にたどり着かなければならない。



 これは、賭けなのだ。


 加々爪や楓が心配そうにしているのも分かる。僕だって、もし帰ってこれないのでは? という不安が頭から拭い去れない。



 だから白鹿に手助けをしてもらおうとしたのだが、どうやら由利ちゃんは救急車を呼び気絶した白鹿を病院まで送らせたらしい。話の途中でひょこっドアから顔を出した由利ちゃんが説明してくれた。



「では、私はお姉ちゃんと一緒に救急車に乗りますので」と言うと、由利ちゃんは廃墟を後にした。



「どうしても、その能力を捨てなきゃ駄目なのかしら?」楓は言った。

「……どうしてもだ。僕のせいで花音と白鹿はおかしくなった。二人も僕と関わると同じようになってしまうかもしれない。……そんなのは耐えられない。僕は、他人に迷惑をかけてまで生きようとは思えない」

「でも、だって――」



「今更何を言われようと、自分が死ぬことは絶対に撤回しない。白鹿が殺してくれないのなら、自殺するつもりだ。……悪い、もう決めたことなんだ」



「――――っく……!」



 楓は何か言いたげに口を開くが、唇を噛んで押し黙った。加々爪の顔を窺うが、楓と同じく特に反論はないらしい。



「……すまん。悪いがもう二人には帰ってくれないか? 助けに来てくれたのは嬉しいけど、流石に自殺した姿は見て欲しくない」

「…………本当に、帰ってこれるのかしら? 根拠は?」



 浅い息を吐いて、楓は尋ねてきた。



「百パーセントではないけど、神様に会える確率は案外そこまで低くないと思う。神様曰く、僕はまだ死ぬ運命ではなく、死んでしまったら色々と都合が悪いらしい。だから神様はトラックに轢かれて死んだ僕を蘇生してくれた」



 自分の能力を自覚してからずっと考えていた。都合が悪いとはどういうことだろうか。運命とは一体なんなのだろうか。



「――思うに、今この状況になったのも元を辿れば神様の能力のせいだ。つまり、神様が運命を捻じ曲げたってことになる。能力が無ければ僕はもちろん死ぬ気なんて起きてなかっただろうし、まだまだ僕は死ぬ運命ではないと思う」



 少なくとも、トラックで轢かれるよりはややこしい事態になっているだろう。

 もちろんこんなのは根拠でもなんでもなく、ただの憶測である。

 でも、その僅かな望みに賭けるしかないのだ。



「だから、自殺する」

「……………………分かったわ」



 もう引き留められないと判断したのか、楓はググッと背伸びをして体を伸ばし、非常に晴れ晴れしい笑顔を向ける。



 それは、こんな状況でも思わず見とれてしまうほど魅力的で、














「私も、死ぬわ」











「は?」

「は?」




 僕と加々爪は、同時に素っ頓狂な声を上げた。



「……な、なんで楓も死ぬんだよ。これは僕の問題で――」

「あら? そうかしら? 運命がねじ曲がっているのは私も同じだと思うけど? ――ねぇ。死んでも帰ってこれるんでしょ? だったら、別に一人でも二人いいじゃない」



「で、でも! 帰ってこれない可能性だって――」

「私と付き合っといて逃げるなんて許さないわ」



 近寄り、楓はしなやかな指で僕の顎を持ち上げる。

 真っすぐと僕を見つめる楓。疑心が不安はこれっこっちも表情から伺えない。いつもの……いや、いつも以上にサディスティックな笑みを浮かべる楓さん。



「いや、別に楓が死ぬ必要は――」

「もちろんあるわ」



 即答だった。













「もし太一が帰ってこれなくなったら――私がいない寂しさで死んでしまうでしょ?」











「……ぶっ! っははははっ! なんだよそれっ!」



 しばし間が空いて、楓のどや顔につられて僕は噴き出した。





 そうだ――楓はこういう奴だ。

 天邪鬼で、自信満々に見えて臆病で、見栄っ張りで――

 僕の好きなった女性。




 こうなってしまったら楓はとんでもなく頑固だ。僕が何度駄目だと言っても話を聞かないだろう。




 噴き出した時点で、僕の負けなのだ。









 * * * * *














 廃墟での出来事から数日後。

 僕と楓は仲良く手を繋いで――練炭自殺をした。




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