第47話 死と生と狭間にて


「まったくおぬしら……やってくれたのぅ」


 随分前に聞いた、老人の声。


 目を開けると――見覚えのある、どこまでも真っ白い空間で僕は立っていた。

 ぐるりと辺り一面を見渡すと、髭を伸ばした――仙人のような姿をした神様が眉間に皺を寄せて立っていた。



「なによ……これ」


 僕の隣で同じように白い空間で目を開けた楓は、驚いた表情で呟いた。僕の話を信じてくれたけど、実際に目にするとかなりの衝撃らしい。


 間違いない。僕は――以前ここに来たことがある。そしてこの神様も見覚えがあった。


 ――つまり、僕たちは賭けに勝ったのだ。


「まさか二人して自殺するとわなぁ……これはワシも想像できんかったわい。実に面倒じゃ。隠ぺいするワシに身にもなって欲しいのう」



 神様はそう言って深いため息。その気だるげな表情からは、落胆の二文字が伺えた。



「……ねぇ。貴方がその神様なのかしら?」


「あーそうじゃ。無駄に自殺した小娘。おぬしのツンデレはそこそこ面白かったが、デレがちょっと少なかったのぅ。精進せよ」



「…………貴方、ずっと見てたの?」



「もちろんじゃ。神様というのは実に退屈でな。暇つぶしがてら、太一に能力を与えて遊んでおった。……魅了の能力がこれほど強力なのは予想外じゃったが」



「………………」


「まぁ、たまにはヤンデレものも悪くないのぅ」


 楓は黙った。よく見ると、手が血管が浮き出るほど強く握られていた。怒りを必死にこらえているのだろう。


 僕も楓と同じように、内心怒り狂っていた。


 どこか他人事のような神様の態度。まるでゲームをプレイしているようなノリ。露骨に面倒そうな態度。……すべて鼻についた。


 神様にとって、僕たちはゲームキャラのようなものなのだろう。僕らが怒り狂おうが、人生が台無しになろうがなんとも思わないらしい。



 ふざけるな。



 神様の道楽で踊らされる僕らの気持ちを考えろ。

 すべて、神様を楽しませるだけの道楽だったのか。

 僕の葛藤も。

 加々爪の決心も。

 花音の心の痛みも。

 白鹿の想いも。

 楓の――愛も。



 今まで頑張ったこと全てが、無意味だったというのか。

 そんなの――許せるわけがない。




「…………すみません神様。僕の能力を消して、何もかも元通りにしてくれませんか?」



 しかし、いくら神様をぶっ飛ばしたい衝動に駆られても、僕たちは下手に出るしかない。



 相手は人生を簡単にぶち壊せるほどの力を持つ遥か格上の存在だから我慢する他ないのだ。 


 僕らの崩壊した人生を元に戻せるのは――神様の他にいないから。



 だが、



「それは無理じゃな」



 神様の一言に、僕らの希望はあっさりと打ち砕かれた。



「何故……ですか?」



「そんなの面倒に決まっておるからじゃ。人の感情なんて不確かなものを調整するとなると、非常に細やかな調整が必要なんじゃ。何故神様のワシがそんなことをしなければならない?」



「……………………」



「そんな事をするよりも、もっと簡単な方法がある。能力を回収しておぬしらの数か月の記憶を全部消せばいいのじゃ。そうすれば、ワシの隠ぺいを知っている者は誰もおらんくなる」



 神様は自信満々に頷く。……確かに、僕らの記憶を消せば辛かった出来事をなかったことに出来るかもしれない。



 だけど――この数か月の楽しかった記憶も失わなければならないというのか。

 みんなでタコパ事も、楓と夏祭りの出来事もすらも――失ってしまうというのか。



 めんどくさいだけで。



「――――ふざけないでッ!!!!!!」



 突然の叫び声と同時に――弾かれる神様の顔。

 楓が神様に見事な平手打ちをかましたのだ。



「太一の人生を滅茶苦茶にしておいたんだから、最後まで責任を取りなさいよ! 神様なんでしょ? 子供でも出来るような事が何でできないの?」



「……小娘。別にお前の存在を抹消してもいいのじゃぞ?」



 目の色が変わった神様が楓を睨むつける。しかし楓も引き下がる気はないらしく、胸を張って「やってみなさいよ」と挑発する。



「待って下さい! お願いです神様! 僕はどうなってもいいですから、楓だけは――」



「ふん。謝っても遅いわい!」



 僕の懇願も空しく、顔を真っ赤にさせた神様の杖が光り、



「神の怒りじゃ!」



 大きく上に掲げられた杖が強く輝き――



















 突然輝きを失った。



「ふぁ?」



 神様が不思議そうに首を傾げた。どうやら突然消えたのは神様も予想外だったらしく、状況を把握できていない僕らよりも驚いていた。



「何故じゃ! 何故力が使えん!? 人間ごときに止めれる訳が――」








「私が、封印しました」










 後方から女性の声。振り向くと――そこには翼の生えた金髪の女性が立っていた。



「え、え、え、エネドラ様……!」



 神様は天使のような女性を見ると、突然怯え始めた。曲がった腰をさらに曲げて丸くなり、上目遣いで媚びた視線を女性に向ける。



 ……どうやらエネドラと呼ばれた彼女は、神様よりも格上の存在らしい。



「太一様。楓様。――まずは今までのご迷惑を深くお詫びします。大変申し訳ございませんでした」



 そう言ってエネドラはゆっくりと僕らに歩み寄って――深く深く頭を下げた。




「え、エネドラ様ッ!? 人間ごときに頭を下げるなど――」



「お黙りなさい。……貴方、この方たちになにをしたのか分かっているのですか? これだけの不祥事を起こして、まだ神を名乗れると思っているのですか?」



 柔らかい物腰から一変、強い口調で神様を黙らすエネドラ。「ひぃっ!?」ガタガタと体を震わす神様。



「ど、どうかお許し下さい! 人間どもはちゃんと元通りにいたしますので、どうかご慈悲を!」



「駄目です。――金輪際、私は貴方を信頼することはありません。歪められた運命は、私が責任をもって修復いたします」


「え、エネドラ様ッ!?」



 ついに立ってられなくなった神様は、地面にへたり込み途方に暮れた表情で僕たちを見ていた。……悪いが、同情できるほど僕は優しくない。



「気付くのが遅れて、申し訳ございませんでした」



 こちらに視線を向けたエネドラは、何度も何度も僕らに頭を下げた。神様よりも格上の存在に頭を下げられるなんて、きっとこれからの人生で二度とないことだろう。



「あの……それで、僕たちは元に戻れるのですか?」



「はい。当然でございます」



 エネドラは断言した。




「――太一」

「――楓」



 その瞬間、僕と楓は見合わせて、



「よかったぁ……よかったよぉ……」





 楓の呟きと涙につられて、僕の目からもとめどなく涙があふれ始めた。

 今までの努力が報われたような気がして――本当に嬉しかった。







 ――それから、二人して抱き合って、まるで子供みたいにわんわんと泣きじゃくった。











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