第48話 エピローグ


 まるで夢のような出来事から数週間後。



 僕と楓は、屋上のベンチでお昼を食べていた。



「暑いわ。なんで屋上で食べようとしたのよ。頭がおかしいんじゃないのかしら?」


「……まぁ、屋上に行こうと言ったのは楓さんですけどね」


 恐ろしく長く感じた夏休みは終わり、いつもの気怠い日常が再稼働した。

 僕は楓の手作り弁当の中から卵焼きを箸で掴んで口に入れた。


 同時に噴き出す。


「ゲホッ! ゲホッ!! なんで卵焼きの中にワサビ入っているだよ!!」

「そんなの……太一が食べると思ったからに決まってるじゃないの」

「それ理由になってねぇから!!」



 急いで購買で買ったジュースでワサビをかき消す。……おのれ楓。タコパの時もそうだが、何かと食べ物に仕込む癖があるな。今度から注意して食べよう。



 そう決死し、僕はハンバーグを割って――ワサビがぎっしり詰まっていたので食べるのを止めます。おい。なんだこの悪意を具現化したような弁当は。



「せっかく作ってあげたのだから、食べなさいよ」



 そう言って、クスクスと実に楽し気な笑みを浮かべる楓。……ずるい。こんな顔をされたら怒るに怒れないではないか。



 僕と楓の関係は――相変わらずだった。夏祭りにファーストキスを乗り越えたものだから、もう少し発展するのを期待したけどワサビを盛られる日々ですお疲れ様です。



 変わった点と言えば、毎日お昼ご飯を一緒に食べたり――楓の気まぐれでお弁当を作ってくれることだろうか。ラインも淡々としているし、毎日一緒に帰る訳でも頻繁に遊ぶ訳でもない。恋人っぽいことはあまり出来ていない。



 でも、僕らの関係はこれでいいのだと思う。強く束縛し合わない絶妙な関係が、僕らにとって心地いい。



 ……嘘ですやっぱイチャイチャしたいです。ちょーキスしてぇ!



「――ところで、白鹿とは関わったりしているの?」


「まぁなー。初めて会った時から思っているけど、別にアイツは悪い奴じゃないし」



 エネドラさんによって修正された世界は、僕らにとって実に都合よく書き換えられていた。



 能力でねじ曲がった狂気的な愛だけを消したので白鹿と遊んだ日々はまだ記憶に残っており、友人関係は未だ継続している。時々本を貸し合ったりゲームをしたりと楽しくしている。



 ただ、帳尻を合わせるために、楓を拷問したことなどの能力によって引き起こされた白鹿の愛の暴走は、うまい具合に記憶をエネドラが差し替えてくれた。白鹿が自分で行った行為に罪悪感を感じないための処置である。



 実際に会ってみて確信したが、やはり白鹿は悪くない。悪いのは全て望まぬ能力を与えた神様だ。



 その他にも、能力の関係している出来事は細かく世界ごと書き換えられていた。主に花音と白鹿の心のケアのために。もちろん花音は今も馬鹿みたいに元気だし、入院したのはご飯を食べすぎて腹を壊したことになっている。



 真実を知っているのは、僕と楓と加々爪の三人だけである。楓と加々爪に記憶をどうするか一度聞いたが、二人とも迷うことなく『残す』を選択した。


「もし記憶を弄られて太一大好き人間にされたら、また自殺したくなるから」



 とツン成分多めの楓さんはおっしゃりました。一時期かなり不安定だったけど、僕の知らない間に完全復活していた。あと学校でよく加々爪と口喧嘩というじゃれ合いをしているのを見かけるようになった。非常に良い傾向だろう。



 あとはー。ああそうだ。神様だ。


 神様はどうやら今までの悪い行いがバレて、無事天罰を食らったらしい。……具体的な罰はエネドラさんがはぐらかして教えてくれなかった。……多分、聞かない方がいいだろう。


 そんな訳で、随分と神様の手が加えられた強引な世界だけど、皆が幸せになるための修正だ。このぐらいは大目に見て欲しい。


「ねぇ。太一」

「んー?」

「枕が欲しいわ」

「……あーはいはい」


 彼女の上目遣いで意図を察し、僕は太ももをポンポンと叩く。少し警戒しつつも――楓は叩いた場所に頭を乗せる。サラサラの髪が太ももを撫でてくすぐったい。


「………………ねぇ」

「なーにー?」


 楓は目を瞑りながら、僕に話しかける。


「……私を好きになってくれて、ありがとう」

「…………………………」


 驚いた。楓の口から――こんな素直な言葉が聞けるとは。

 今回のように楓が甘えてくる事態まれなのに、天邪鬼の彼女がありがとうなんて言うとは……明日は槍が降るな。



「何黙ってるのよ」

「いや……ちょっと嬉しすぎて」

「本当に嬉しい?」

「ヤバい。ちょー嬉しい」

「嬉しいを言葉で表しなさい」

「やほぉぉおおおおおおお!!!!」

「うるさい」

「…………すんません」




 屋上なんて暑いだけの場所など、バカップル以外誰も寄り付かない。

 つまり、僕らしかいない。


「……ねぇ」

「はいはいーなーにー?」

「……今度の休日、太一の家に遊びに行っていい?」

「もちろん。なんだったら泊まってもいいよ」

「却下。……そうじゃなくって、もし集まれたらみんなでまたタコパしましょ」

「……白鹿も呼んでいいか?」

「うん。……今度こそ、仲良くなりたい」

「……分かった」




「………………なぁ」

「なにかしら?」

「楓って、僕のこと好きか?」


 冗談半分、本気半分。



 稀にしか現れないデレた楓に、ふと聞きたくなった。


「馬鹿じゃないの」


 目を開いた楓は、頬を朱色に染めて腹を抱えて笑った。






「――――好きよ」







 楓の指が持ち上がり――そっと、僕の唇に触れる。















「あり得ないぐらいに、ね」

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君があり得ないくらい好き好き好き好き好き好き好き好き。 阿賀岡あすか @asuka112

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