第21話 夏と夜と光るラケット③
「………………」
僕は顎に手を当てて悩む。
もし――僕の予想が当たっているのならば、早急に対策を打たなければならない。知らなかったとはいえ、人の心を捻じ曲げてしまうなんて許される訳がない。
このままでは僕と関わる全ての異性に迷惑がかかる。まだ仮説の域を出てはいないが、取返しのつかなくなってからでは遅いのだ。
実際、少しずつではあるが脅迫文という実害も出てきている。たった数か月これなのだから、将来的にはもっと大きなトラブルが発生する可能性は十分にあった。
――でも、どうやって。もう一度トラックにでもぶつかりに行くか?
情報がとにかく少なすぎる。解決するアテなどある訳がない。
悔しいが、原因の解決はひとまず保留である。それよりも現状の改善する一手を考えなければ。
……パッと浮かんだのは異性との接点を減らすことであろうか? この人を恋させる能力がどの条件で発動するかは検討もつかないが、流石に知らぬ相手に恋するということはないだろう。
あとは――……うーむ。思いつかねぇ。早くも手詰まり感。これだけ考えたのに『とにかく女子と関わるな!』で終わるなんてなんとも世知辛い。なんだよそれ。世界のほぼ半分と関わるなってか? 無理ゲーじゃねぇか。
くっそぉ……もし神様に会えたならぶん殴ってやると拳を固めて怒りで震えていたら――白鹿が心配そうな表情を浮かべてこちらの様子を伺っていた。
「あの……だ、大丈夫ですか? お茶でも飲みますか?」
白鹿はいつの間にか空になっていたコップにお茶を注いで僕の身を案じていた。いつの間にか二人の立場が逆転していてつい笑みが零れた。
……異性と関わらないと決めたのならば、白鹿と距離を置くべきなのだけど、本当にそれが最善なのだろうか? 尋ねてみよう。
「あのさ、あくまで仮説だけど。由利ちゃんとやらが僕が原因で怒っているのなら、一度距離を取ってみるのはどうだろうか? もしかしたら由利ちゃんの怒りが収まるかもしれない――」
「駄目です!!」
普段の白鹿からは考えられない声量で否定し、悲しげな顔をして首をブンブンと振る。逃げられないためか、僕の裾をキュッと握る。
「で、でも。関わりが無ければ白鹿が恨まれないのなら――」
「恨まれても、怒られもいいので私に構って下さい。安達先輩と一緒にいられないなんて……考えられませんっ!」
「うっ……」
潤んだ瞳で懇願する白鹿。ズキューンと胸にハートの形をした矢が突き刺さる。保護欲をくすぐられる彼女の切実なお願いは犯罪的な可愛さであった。
「それに、かえって距離をとった方が危険だと私は思います。私の両親は共働きなので、昼間は家にいない日が多いです。もし、由利ちゃんが突然襲ってきたらどうするんですか? 安達先輩は私を守ってくれないですか? 構ってくれないですか? いっそ私が安達先輩の家に住んだ方が絶対に安全です。あ、そうですそうしましょう今日からしましょう」
「まてまてまてまて! なんで最終的に同棲する流れになっているんだ!」
流石にそれは撲殺されるから! 僕が楓に!
「そ……そうですね。すみません」
僕の指摘に我に返ったのか、急にシュンと大人しくなる白鹿。テンションの浮き沈みが激しいなおい。
「じゃあ……とりあえず今のままで」
「は、はい! お世話になります♪」
――結局、意思の弱い僕は白鹿との縁を切る事が出来ず、もはや恒例である現状維持を選択した。
* * * * *
とにかく由利ちゃんをことが知れただけでも今日はかなりの収穫だった。脅迫文については、やはり同級生ということもあって警察に通報するのはもう少し待つというのは白鹿の結論だった。彼女がそう決めた以上、僕の同意するしかない。
「大丈夫です。由利ちゃんは皆に優しいと有名ですので」と白鹿はかなり苦しい言い分を言った。なんだよ優しいで有名ってフワフワした表現。つーかそもそも優しい奴が脅迫文を書くかよ。
……なんだか、真面目で暗い話ばっかしていたので二人の気分がかなり落ち込んでいた。何か、気分転換ができるものを……。
「そうだ白鹿。暇だしゲームがあるんだけど、やろうぜ!」
僕はテレビに繋がったままの据え置きゲーム機を指さす。これぞ友達が少ない人間の三種の神器であり、花音と遊ぶパーティゲームからゾンビを拳銃で撃ち殺すグロ成分多めのゲームまで様々なジャンルのゲームを所持していた。スマホで気軽にできるアプリゲームも嫌いではないが、僕個人としては大きな画面と奇麗なグラフィックでゲームを堪能したい。
「いいですね!」
白鹿が生き生きとした笑顔を見せた。良かったゲームは嫌いではないようだ。
とてとてと白鹿はテレビの元へと駆け寄り、テレビの下に並べえあるゲームソフトにまじまじと見る。興味津々といった様子だ。
「私がこの中から選んでいいですか?」
「おーなんでもいいぞー」
「えへへ。実は前に家のお邪魔させて貰った時から、気になってたんですよ」
「へぇ。白鹿って意外とゲームするんだ」
「はい! 皆が友達と一緒に遊んでいる時間、私は読書とゲームに費やしました!」
「頼むからそんな笑顔で悲しいことを言わないでくれ!」泣けてくるだろ!
「えー……っと……あ! これがいいです!」
白鹿は一本のゲームソフトの取って人懐っこい笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってくるが――
「……へ、へぇ。意外なチョイス」
白鹿が選んだのは、ゴリゴリの格闘ゲームであった。このソフトは世界大会が開かれるぐらいに有名なソフトなのだが、いかんせん素人には敷居が高い。
格闘ゲームはとりあえずたたかうを押したらいいRPGと勝手が違い、プレイヤーの技量や熟練度がモロに出るジャンルだ。友達とわいわい楽しむ分には問題ないけど、強くなるためにはコンボの研究などゲームの癖にひたすら地味な特訓をしなければならない。
……うーむ。どうしようか……。僕、それ結構やりこんでるんだよなぁ。手加減はもちろんするけど、ボコボコにして気まずい空気にならないか心配だ。
「じゃ、ディスク入れますね♪」
僕が悩んでいる間に、やけに上機嫌な白鹿はディスクを入れてコントローラーを握る。背中で分かる。めっちゃウキウキしてる。
……まぁこうなったら仕方が無いか。と僕は白鹿の隣に座りもう一つのコントローラーを拾い上げる。
対戦が始まった。僕はムキムキのプロレス男で、白鹿はカンフーを使う小柄な女性だ。身長差はおよそ二倍。
「よし、いくぞ」
僕はデカい図体から考えられないようなダッシュで距離を詰めて、投げ技のコマンドを押す。かなりおおざっぱで対応されやすい攻撃であるが、素人に回避するのは至難の技――。
「は? なにそれ? やる気あんの?
」
今までキャピキャピと声を弾ませていた白鹿からは考えられないようなドスの利いた声。
次の瞬間、僕のキャラが空中を舞った。――白鹿は投げ技するのでは無く、冷静にカウンターをぶち込んだのだ。
それから、流れるようにコンボを繋いでいく。雨のような足蹴りに晒されて僕の分身は何度も呻き、ガリガリとHPは削られ壁際まで追い込まれる。
「え? え?」
僕はひたすら困惑していた。必死の抵抗も空しく、すべての攻撃がガードや回避でいなされる。なのに白鹿の攻撃はガードの隙間を狙ったりワザとテンポをずらされてそれはまぁ馬鹿みたいに当たる。結果、僕は何一つ決定打を与えられず一方的にボコボコにされた。
この動きの無駄のなさ。自分のキャラどころか相手のキャラのリーチや技すらも完璧に把握した戦い方……。
間違いなく、僕より強い。
「よわっ」
白鹿は僕を見て鼻で笑う。僕は恐怖で震えた。
……時々、ゲームになると人格が変わる人がいるけど、実際に隣の人が豹変すると……うん。なんというか……ねぇ。
めっちゃ怖いよね。
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