第32話 月が奇麗だから消えて下さい②
目を覚ますと、満月が見えた。
「……………………」
痛む全身。ぼやける視界。どうやら私は仰向けになっているらしく、ボロボロの天井に開いた大きな穴からは満月が見えた。
断片的な記憶を紡ぐ。一之瀬からの連絡。林。情緒不安定な一之瀬。不意打ち。スタンガン。
――そして、白鹿凛子。
……そうか、私は気を失ったのか。
だとしたら、ここは何処だろう? 意識を失った人を運ぶのはかなりの重労働だ。女子高校生二人で運ぶとなればそこまで遠くには運べない筈――
起き上がろうとして、気付く。
体が動かない。
正確に言うならば、身体は正常に動くけれど、腕と足の関節部分に何らかの固定具でガッチリホールドされているためか、いくら力を込めてもがいても身動き一つ出来ない。
ガチャガチャと金属がぶつかる音が空しく反響するだけで、なんら成果も得られやしなかった。
せめてこの現在地だけでも把握して警察でにも連絡出来ればいいのだけど、両手両足さらには頭も何らかの固定具が使われており、横を向くことが出来ない。
……これは、いよいよ不味い事になった。
完全に、言い訳の余地もなく――私は拉致されたのだ。
それも衝動的なものではなく、用意されたスタンガンや私を拘束する固定具、拉致隔離するための部屋、そこまで運ぶ手段をあらかじめ用意した上で実行に移したのだ。そこらの誘拐犯よりもよっぽど手際が良いのではないか?
しかも、私を拉致したのは知人だった。……笑えない冗談である。
知人であれば、誘拐犯よりもマシではないか? ――いや、それはいささか楽観的過ぎる。
あの時の一之瀬は、明らかに異常であった。
まるで――何かが乗り移ったかのようだった。
私を拉致した時点で、目的は金品の要求とは考え難い。
となれば、考えられるのは『復讐』もしくは『交渉』だろうか。あるいは両方。
一之瀬と白鹿が結託して行った今回の行動。強行手段を取るに至る程の強くて二人が共通する動機と言えば――
それはもう、安達太一が関連しているとしか思えない。
……しかし、それ以外はあり得ないと思う一方で、たかが高校生の恋愛で拉致まで発展するかと疑問に思う。いくつかの仮説を積み上げてきたが、そもそも根底がおかしいのだ。
普通に考えてたら、こんなことはしない。
やってることは不気味までに冷静だけど、常識的には致命的なまでにズレている。
私は一体、どうなるのだろうか?
いくら知人であれど、最悪のケースは想定しなければならない。
つまり――私が殺される可能性。
「…………――ッ!」
足音。
心臓がバクンと大きく跳ねる。真夏だというのに体の震えが止まらない。
足音は、コツコツとあえて自分という存在を主張してるかのようにゆっくりかつ確かな足取りで、一歩一歩こちらへと歩み寄って来た。
そして――見下ろされる。
月光に照らされて微笑む――白鹿凛子に。
「何でこうなってるか、分かりますか? 群青先輩?」
会うのはタコパ以来だけど、少し見ぬ間に随分と雰囲気が変わった。
以前は他人との干渉を必要以上に怯え常におどおどしていたの対し、今の白鹿のどっしりとした佇まいや堂々とした口調とまるで別人だ。奴の顔からは余裕すら感じる。
「…………分からないわ。教えて頂戴。出来ればこの拘束を解いて欲しいのだけど?」
私はあえて彼女を煽る。今更媚びても仕方がないという判断だけど、本音を言えば腹立たしいコイツに嘘でも下手に出るのは私の無駄に高いプライドが許さなかった。
「ふふっ。そんな身動き一つとれない状況なのに、ずいぶんと余裕そうですね。尊敬します」
「………………」
見下ろす白鹿は、何がおかしいのか口元に手を当ててクスクスと笑う。もし拘束具が無ければ不愉快な奴の顔面に拳をぶち込んでいただろう。
話してみて改めて感じるのは――白鹿の良心の欠場である。この状況に、彼女は何ら罪悪感を感じていない。
「謝ってくれたら許してあげなくもないですよ? 群青さんの誠意次第で家に帰れますよ」
「…………ふざけないで。私は、お前に謝るようなことは一切していないわ」
「まぁ、そうですね」
意外にも、あっさりと認めた。そして白鹿はパンと手を叩くと、ニヘラッとだらしない笑みを浮かべて口を開く。
「そもそも、謝る謝らないはどうでもいいのです。群青さんの意思などどうでもいいのです――重要なのは、お願いを聞いてくれる事です」
「………………どうせ、太一と別れろとか、そんな所でしょう?」
私の言葉を聞いた白鹿は、口を開けて目を大きく見開いた。図星だったのだろう。
「凄いですね群青さん。なんでわかったのですか?」
「それ以外、私を拉致する理由はないと思ったからよ」
「ほーなるほど!」
コクコクと頷く白鹿。実に感情豊かで、それが腹立たしかった。
「はい。群青さんのおっしゃる通りです。群青先輩、太一先輩と別れてくれませんか?」
「……嫌と言ったら、どうなるのかしら?」
「拷問します」
女子高校生から滅多に聞けないお言葉が飛び出た。しかも、冗談ではなく本気で拷問するつもりなのだろう。
「具体的には、群青先輩に一生治らないような心の傷をつけます。太一先輩どころか、人に会うのも怖くて仕方がないぐらいの大きな大きな傷を」
――知っていますか? 人の心って、肉体よりもずっとずっと脆いですよ?
「……………………」
引きつる表情を抑え切れない。奴の躊躇いのない口調が決して冗談ではないと物語っていた。
――でも、困ったことがあるんですよ……。と白鹿は露骨にガッカリとした口調で言う。
「肉体的拷問は太一先輩に気付かれます。怪我とかがあると警察も動きますし、それだと都合が悪いです。私にも疑いの目がかかります。面倒です」
「だから先輩には二度と思い出したくない程の傷を、心だけに与えて壊さないといけない訳です。あくまで先輩は急に勝手に一人で病んで、別れて貰うというシナリオです」
――あれ? 少し表情が緩みましたね。もしかして、痛いのはこないのかと思って安心しちゃいました?
――もしかして出来ないと思っています?
背筋が凍る、冷酷な一言。
馬鹿馬鹿しいと思いつつも、自身たっぷりな白鹿の態度に『もしかしたら?』と勘ぐってしまう。
「でも私は、拷問に関しては素人ですので、過去の歴史に頼ることにします」
そう言うと、白鹿は私の視界から消えて近くにある何か袋のようなものを漁り始めた。
そして「じゃじゃーん!」上機嫌に立ち上がり――本のようなものを私に見せる。
世界の拷問。
本には大きな文字で書かれていた。
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