第40話 好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好④


「お前は……何を言っているんだ……!」

「あ、怒りました? 怒った先輩もなんだか可愛くて素敵ですね」

「………………!」


 白鹿の全く悪びれない発言に、困惑で固まっていた思考がやっと動き始めた。ふつふつと腹の奥から怒りが湧いてくる。


 体を左右に揺らしながら、でも僕から絶対に視線を外さない彼女。隙を見て彼女の身柄を確保出来たらいいのだが……。


 怒りを必死に押し殺し冷静になって考えると、楓すらも屈服させるあの白鹿が何の準備もしないまま僕の家に無断侵入するものなのか? そもそも何故僕に会いに来たのか? 不可解な行動が多い。最も白鹿の全てが常識の枠外なので、この考え自体的外れなのかもしれないが。


 ……いや、もしかして白鹿はもう自首するつもりなのではないだろうか?

 そうであって欲しいと淡い想像を抱きながら、僕は問う。


「白鹿。なんで犯行を自白したんだ? ……悪いが、僕はお前を庇うつもりはないぞ?」


 何故ここまで徹底的に本性を隠し続けていた白鹿が急に自白し始めたのか。少なくとも白鹿由利の発言が無ければ、今もまだ白鹿凛子が黒幕だと断定することはなかったハズ。


「ふふふ……」


 白鹿は赤い瞳をギラギラと光らせながら、クスクスと僕を煽るような笑みを浮かべる。初めて図書館で会った時や、夜にバトミントンで遊んだ時とはまるで別人。



「まるで『何かに取り憑かれる』ようでした」

 ――由利の発言が頭の中で過る。なるほど確かに、実際に目にするとこれ以上にない的確な表現だと思った。




「だってぇ。知っていたんですよねぇ? 私が何をしたのか?」


 ペロリと舌なめずりをした白鹿は、僕が熟睡したソファにあった――スマホを指さした。


「ふふふ先輩。パスワードを誕生日にするのはあまり関心しませんね」

「――――ッ!!」




 さぁと血の気が引く。どこまで僕は甘いんだ。



「昨日、加々爪先輩と会ってたんですよね?」

「…………う」


 そういえば昨日楓と会った後、加々爪に『話し合いをしよう』と言った趣旨のメッセージを送っていた。その時に簡潔に楓の状態と、白鹿について触れていたと思う。白鹿由利について触れていなかったのは不幸中の幸いだろうか。


「群青先輩が私の事を言ったんでしょうかね? まさかこうもあっさりとバレていたなんてちょっとびっくりしました。――まあ、今となってはどうでもいいんですけどね」

「どうでもいい……?」

「はい。どうでもいいです。一之瀬先輩は入院していますし、群青先輩は二度と治らない傷をつけてあげました。加々爪先輩も潰せたらさらに良しだったんですけど、警察が動き出したので仕方が無いですね。素人ながら中々上手くできたのではないでしょうか?」

「……………………」



「流石に警察の目を欺けるとは私も思っていませんよ。私はすぐに捕まるでしょう。――だから、それまででいいですので、私に構ってくれませんか?」




 私だけを見て、私だけに耳を傾けて、私だけの――先輩になって頂けませんか?

 瞳をウルウルとさせる白鹿は、上目遣いで尋ねる。肩を震わせる彼女は――どこまでも胡散臭かった。



「ふざけるな。楓に酷い目に合わしたお前に、何故僕がそこまでしなければならない。被害者ヅラするんじゃねぇよ」

「ま、そうですよね」



 当然と言わんばかり白鹿は同意した。やはり演技だったらしく、すぐに涙を引っ込めた彼女はニヤニヤと癪にさわる笑みを再び浮かべる。



「あはっ。そんな怒らないで下さいよ。怒った太一先輩も素敵ですけど♪」

「……………………」

「ときに先輩、これからどうするつもりですか?」

「は?」

「彼女と友人がこうなってしまったのは確かに私のせいですけど――原因を作ったのは紛れもなく太一先輩じゃないんですか?」

「…………え?」



 予想外の言葉に、つい面食らう。硬直する僕を見て彼女はくくくと喉を鳴らすと、僕の神経を逆なでするような口調で言い放った。



「先輩って、人を惚れさせる力があるんですよね?」

「――――――ッ!!」



 僕の顔を見て図星と受け取ったらしい。「やっぱりだぁ」と白鹿は顔を綻ばせる。



「ふふっ。親切な一之瀬先輩から教えて貰いました。不思議ですねぇ。やっぱり神様っているんですねぇ。先輩、神様ってどんな姿でした? やっぱり髭を生やしたおじいちゃん?」

「……お前には関係ないだろ」、

「関係ありますよ。先輩も分かっているんじゃないんですか?」

「………………」



「私は狂っています。愛に狂っています。太一先輩に狂っています。私の頭の中には常に太一先輩が微笑んでいます。先輩に分かりますか? 毎晩のように太一先輩の夢を見る私の気持ちを。夢から覚めて、先輩が付き合っているという事実を思い出して涙する毎日を」



 彼女はほんの一瞬苦しげに顔を歪ませた。先ほどの媚びた感じとは異なり、苦しさと虚しさが入り混じった複雑かつ切実な声色だった。



「きっとそれでも行動を起こした私が悪いのでしょう。ですが、先輩は責任を全て私に押し付けてこれからも何食わぬ顔で生きていくつもりですか? できますか? 狂っているのは私ですけど、一之瀬先輩と私を狂わせたのは貴方ですよ?」

「――――――――」

「一之瀬先輩を致命的にまで狂わせたのは私ですが、私が手を加える前から彼女は狂っていました。……それも全部、先輩が悪いんじゃないんですか?」

「…………………ぐ」



 白鹿の重い言葉が胸に突き刺さる。思い出されるのは花音が橋から飛び降りる前の姿。……確かにあの時の花音は会話が困難な程に狂っていた。



 狂わせたのか。僕が。

 花音を。白鹿を。僕が出会う異性全てを。



「先輩の能力はどうやら『見る頻度に比例して、恋心が暴走する』みたいです。私は一之瀬先輩に先輩の動画を見せ続けただけですが、まさかたったそれだけでこうも激変するとは思いませんでした」

「…………そんな」



「先輩は歩く麻薬なんですよ。存在するだけで無自覚に異性を狂わしてしまう、とても危険な存在です。……先輩。いいんですか? これからも先輩が生きている限り、たくさんの女性を狂わせてしまうですよ? それに耐えながら生活が出来ますか?」



 僕は――何も答えられなかった。図星だったからだ。

 もし僕が白鹿の言う通り生きる麻薬ならば、存在するだけで罪ではないのか?

 例え法で裁けなくても、僕はその罪悪感を抱えて生きていける行けるのだろうか?



 それに、

 能力で得た愛は、果たして本物の愛なのだろうか?

 夏祭り。楓は僕の事を好きと言ってくれた。

 だけど、それすらも。



 ――僕が能力で狂わせた『偽りの愛』だったのではないのか?

 ……証拠はない。

 だけど、否定することも同じく出来なかった。



「…………僕は、どうしたらいい?」


 思わず、彼女に縋ってしまった。

 僕の完全に敗北した瞬間だった。



「――――簡単ですよ」



 白鹿は今日一番の笑顔を浮かべて椅子から立ち上がり顔を近づけると、僕の二の腕を白い指が撫でる。


 彼女はどこまでも狂っていて。物事を冷静に分析できる頭を持っていて。――背筋が凍るほど美しかった。




















「私が、先輩を殺してあげます」


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