第41話 空っぽの心に
次の日。午後1時。
「たーいーちーくーんー?」
一之瀬花音の入院する病院に見舞いに行った後、直接自転車で太一の家に向かい、ドアをノックしつつ呼びかけるが――返事は返ってこず。
私――加々爪愛は首を傾げる。
インターホンを鳴らしても出なかったから、まさかと思ったけど……。試しにドアを引いてみるがガチャガチャと音を鳴らすだけ開く気配はない。僅かな望みにかけて裏口のドアを引いてみるが――駄目だった!
「うーむ。コレ詰みじゃないの?」
太一からの連絡は返ってこないし、これ以上太一と会う方法がない。
というかそもそも、太一はこの狂気が渦巻くこの緊急事態に、一体どこで油を売ってやがるんだよ。
……なんとなく嫌な予感がする。勘だけど。
もしかしたらまだ寝てるだけなのかもしれない。あるいは今一之瀬花音の病院に行っているのかもしれない。はたまた、考えをまとめるために散歩に出かけているのかもしれない。
「ああっ! めんどくさいなぁ!」
こと恋愛においてはどこまでも追及し、相手が折れるまでの粘り強い根気を見せる私であったが、それ以外の事は割と大雑把でかなりノリと衝動で動く人間であった。
太一の事は好きだからほっとけないけど、ここでいつ会えるか分からない人を待てる程、私の忍耐力は高くはない。
だから私は、ある人物に会いに行くことにした。
* * * * *
「…………………………」
荒れ果てた部屋の隅で丸くなる、まるで死人のような無表情を貫く――群青楓はドアを開けた私を虚ろな目で見上げると、すぐに興味を失ったのか視線を戻して指を弄り始めた。ガン無視であった。
「――やっほ。元気そうね。ちょっと痩せて可愛くなったんじゃないの?」
「…………………………」
皮肉を言ってみたが、彼女からは何の反応もない。やはりガン無視。無関心ほどつまらないものはない。
私はチッと舌打ちをすると、群青楓の気持ちなど知ったこっちゃねぇと言わんばかりに大股で部屋に入り、ドアを勢いよく閉めた。
まるで部屋の中心で台風に発生したのかと疑いたくなるような滅茶苦茶になった部屋とか、何日も風呂に入っていないのか汚れが溜まってカピカピになっている髪とか、色々と思うことはあるけど……。
群青楓を見て思ったのは「覇気がなくなったな」だった。
まるで抜け殻だ。以前の触れたらこちらの指が傷つきそうな、刺々しくも存在感があった彼女とは何もかも別人であった。今は触れたら壊れてしまいそうな、儚げで余りに弱々しい姿。
……まっ! 私としては彼女に折れて貰った方がありがたいんだけどね! 太一君と別れてくれたらなお良し!
――なのに、彼女の姿を見て無性にイライラするのはなんでだろう?
「ねぇ群青さん。アンタって太一の家の合鍵持ってるよね? 貸してくれない?」
「…………………………」
「聞いてる?」
「………………そこ」
群青楓の手が、ゆっくりと持ち上がった。爪が割れて赤く染まる指がテレビ台を指す。……確かに、小物の山に埋もれた鍵が一部分だけ顔を覗かせていた。
「ありがと、借りるね」
私はそう言うと、特に躊躇なく鍵を手にして、クルリと彼女に背を向けてドアに向かって歩き出す。
今の群青楓に、慰めの言葉は返って彼女の心を傷つけるような気がした。それに私と彼女は言わば恋敵である。緩いなれ合いなどする必要がない。嘲笑ってやるぐらいで丁度いいのだ。
そもそも、私は群青楓の事はハッキリ言って嫌いである。だから太一を心配することはあれど、彼女を心配することなどある訳がない。
愛に関係ないものは、どうでもいい。
「………………げる」
「何か言った?」
振り向くと、同じ姿勢のまま消え入りそうな声で呟いた。
「…………その、鍵……あげる」
「………………ああ、そう」
私はそれだけ言い残すと、入った時よりも力強くドアを閉めた。
「―――――ああムカつくムカつくムカつく」
両手に拳を作り、ぶつける所を失った怒りを腹に抱えながら荒々しく階段を下る。
何故、こんなにもムカつくかはわからないけど。
あの抜け殻のような彼女を、無性に張り倒したい気分だった。
* * * * *
一時間後。なんと自分でも驚くことに――私は再び群青楓の部屋に来ていた。
それも、彼女の胸倉をつかんで。
私は怒鳴る。
「太一が消えた。――あんたも手伝いなさい!」
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