第39話 好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好③
そこから先の記憶は酷く断片的なものであった。
花音が橋から飛び降りたのを見た僕は、手すりに足をかけて間髪入れずに同じく飛び込もうとしたのだが――偶然通り過ぎようとした男性が力ずくで止めてくれた。男性は何か叫んでいたような気がするが、残念ながら覚えていない。
それから数分して、警察がやって来た。誰かが通報したのだろうか。僕はパトカーに乗り、近くの交番まで連行された。
「友人が川に飛び込んだので、助けて下さい」僕は何度も何度も口にしてしたのは覚えている。
それから警察に大量の質問を浴びせられた。僕はその質問に淡々と答えた。出来るだけ感情は消して話すことを務めた。少しでも感傷に浸ると、今まで抱えて来た負の感情が一気に押し寄せそうで。とても怖かった。
今日一日のあり得ない情報量に脳と心が追い付いていない。思い出したくもない出来事が多すぎる。警察に質問を受けている間も、ずっと上の空だった。
僕が限界に近い事を警察が察したのかどうかは不明だけど、意外に早く解放された。警察に自宅まで送って貰い、僕は部屋の電気をつけてソファにぶっ倒れる。
ピコンとスマホが鳴った。もう身じろぎ一つすら苦痛であったが、僕は悲鳴を上げる心と体をねじ伏せポケットに手を突っ込む。
『一之瀬花音。今病院で入院してるから。意識はまだ回復してないけど、命に別状はないらしいよ』
――加々爪からだった。
「…………………………よかった」
そう呟き、ゆっくりと息を吐く。全身の緊張が解ける感覚。乾燥した唇をなめた。血の味がした。
吐き気が治まり、同時に抗えない疲労感がどっと全身に伸し掛かる。
そこからの記憶がない。
* * * * *
…………味噌汁の匂い?
鼻をくすぐる味噌の香りに反応して、意識が徐々に覚醒する。
「……………………」
強烈な睡魔に抗うことが出来ず、夢と現実の世界を反復横跳びすること数十分。僕は重い体を持ち上げた。
「――――ぶへっ!」
と同時に落下。……そういえば昨日はソファで寝たっけなぁ。体に潰された腕をさすりながら寝ぼけ眼のまま立ち上がる。
「………………ん?」
ぼやける目を擦る。――台所に、誰かいる。僕はゆっくりとした足取りで台所へと向かう。
「~~♪ ~~♪」
台所にいる『彼女』は、鼻歌交じりでフライパンに油を注いでいた。かなり上機嫌らしく、リズムに合わせて腰を振りながら器用にも片手で生卵をフライパンの上で割る。じゅわああとすきっ腹に刺さる音が鳴る。
フライパンの隣には既に出来上がったと思われる味噌汁があり、鍋から湯気が立ち上っていた。
突如、足音に気付いた彼女が振り返る。
日焼けを知らぬ白い肌の彼女は――白髪を揺らして赤目で僕を捉えた。そして、
白鹿凛子はにこりと微笑んだ。
「おはようございますっ! 先輩♪ 太一先輩の朝ご飯は和食。……ですよね?」
まるで何も知らない無邪気な少女のように、可愛く首を傾げた。
* * * * *
テーブルに朝食を並べ「いただきます」とまるで自宅にいるような遠慮のなさで居座り続ける白鹿に、僕は質問を投げかけた。
「花音が入院している」と。
未だ現状が把握していない中で、何とかひねり出した質問であった。単刀直入に白鹿の行った行為について真偽を確かめたかったが、それを尋ねると『何故僕がそれを知っているのか?』と言う疑問を白鹿に浮かばせてしまうことになる。
そうなると、僕だけではなく白鹿由利や加々爪の身まで危険が及ぶかもしれない。そう思い、僕は小手調べに自分が知っててもおかしくない情報をぶつけた。これで少しでも彼女が動揺すればと願ったのだが――
「一之瀬先輩が橋から飛び込んだですよね? 知ってますよ。――まさか、ちょっとした好奇心で実験しただけなのに、ここまで頭がおかしくなるとは思いませんでしたね」
あっけらかんと。まるで今日の天気の話をするような気軽さで、白鹿は自分の犯した罪を口に出した。
「…………は?」
「ちなみに群青先輩も、私が傷物にしました。あ、その時の動画撮ったんですけど見ます? 先輩の泣きっぷりには百年の恋も冷めること間違いなしですよ」
「…………………………」
あまりにあっさりと白状するもんだから、逆にこっちが面を食らってしまった。よっぽど間抜けな顔をしていたのか、白鹿は僕の顔を見て不敵な笑みを浮かべている。
……コイツ、今の状況分かっているのか? 僕が強引に白鹿を掴み、警察に突き出すことだってできるんだぞ? そうなれば今までの罪が暴かれ、まともな人生は歩めなく――
「優しいですね。太一先輩。群青先輩と一之瀬先輩を滅茶苦茶にした犯人なのに、私の事を気遣ってくれるんですか? そういう所大好きですよ」
というか、太一先輩の全てが大好きです。
僕の思考を読んだ白鹿は、頬を赤く染めて体をくねらせて実に嬉しそうに悶えていた。表情だけを見ていたらごく普通の可愛い女子なのだが、彼女は狂っているとしか表現できない程の狂気的な行動力と残虐さを胸の中に潜ませているのだ。
――しかし、今目の前にいるのは数か月前から仲良くなった僕の大切な友人でもあるのだ。
彼女がそんなことをするハズ無いと信じたい。
双子の妹から白鹿を止めてと頼まれ、本人も犯行を認めた今でも僕はそう思ってしまう。どうしようもなく甘いのは自覚しているが、何かの間違いであるという幻想を抱かざるには負えない。
だからと言って、彼女を許す気はないが。
「さぁさぁ。そんなつまらないお話よりも、今日何して遊ぶか話し合いましょうよ? 私、室内プールに行ってみたいです!」
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