第5話 異変
2
何かがおかしい……。
得体の知らない違和感を感じたのは、退院してから二週間後だった。
「あの、安達先輩って好きな人いるんですか?」
ネクタイの柄が僕らと違う下級生がそう尋ねてきた。顔を真っ赤にさせながらもじもじ。さっきから目が全然合わない。
名前は知らないけど、おそらく数日前に、僕の目の前で鞄の中身を廊下にぶちまけた人だ。接点と言えばそれだけの気がするけど……。
――なのに何故、僕は体育館裏という有名な告白スポットに呼び出されたのだろう……。
女心はあんまり分からないけど、先ほどの質問で僕の予想は確信へと変わった。どうやら自己評価が異常に低いハーレム系小説主人公にはなれないらしい。
一年前の僕なら彼女の気持ちに真面目に考えたかもしれないけど、
「ごめん……実は彼女がいるんだ」
僕は頭を下げて震える下級生に正直に話した。
「……そ、……なんで……すね。あはは」
彼女はこの世の終わりのような悲痛に顔を歪めて、乾いた笑みを浮かべる。落ち込む姿に胸がズキンと痛んだが、彼女の気持ちには答えられないのだから、僕に優しくする権利などあるはずもなかった。
「という訳だから、ごめん」
最後にもう一度頭を下げて、僕は逃げるように体育館裏から逃げ出した。去る際に、彼女の悲痛な泣き声が耳に入ってきて、また胸が痛んだ。
* * * * *
「また告白されたの? モテモテじゃん!」
「告白をされたって訳じゃないけど……」
放課後、いつものように一之瀬花音と一緒に下校する。
「全く、太一のどこを気に入ったのやら。目と鼻と口がついていたら誰でもよかったんじゃない?」
「はいはいそーですねー」
「退院してから、急に告白されるの増えたよね。今週で何回目なの?」
「三回……だな。全員一回か二回喋ったことあるぐらいの子。……何故だろうな」
「さぁ? トラックに轢かれて顔が整ったとかとか?」
「ほぅ。イケメンになったのか、僕。花音はどー思う?」
「あー無理ですごめんなさい。生理的に無理な顔してます。半径五メートル以内に近づかないで下さい」
「予想していた三十倍ひでぇ!」
楓でもこんなただ人の心を傷つけるだけの暴言いわねぇぞ! ……いやごめん。楓に聞いても同じ答えが返ってきそうだわ。
「あ、もしかして前太一が言ってた神様に出会ったおかげで何か、潜在能力的なものが覚醒したとかだったら面白くね?」
「……う~ん、ないかな」
花音のキラキラと目を輝かせた目がちょっと鬱陶しかったので、ぴょこぴょこと上下運動をしていたサイドテールを軽く掴む「いだだだだだだ」
「どう? いい線いってたこのお話? 賞とれそう?」
「うん! 一次予選落選!」
「いやわっかんないよ? 主人公の安達太一は、トラックに轢かれてから人を恋に落とす能力『魅了(チャーム)』に目覚めてしまう。しかし、本人は自分の力をコントロールできていなくて……ホラ、ちょっと面白そう!」
「で、オチはどうなるんだ?」
「五股してるのバレて全員で八つ裂きにされる」
「お願いだから僕の名前は使うなよ!」自分のモデルがこんな悲惨な死に方とか可哀そうすぎる!
――と、隣で歩く花音が急に真面目な顔になり「ふむふむ」と顎を撫でながら唸る。
「……丁度今書いている小説が終わりそうだから、次の作品はホントにそれ書こうかな? ――おお! なんかビビッ! ときた! ネタの神様が下りて来たよ太一!」
「そりゃよかったねー」
サイドテールがビビビ! とどっかの電波を受信したのか真上に向かって逆立つ。妖怪アンテナかよ。
あと簡単に解説すると、花音は日頃から小説を書いているらしい。彼女自身は「もちろん趣味だってば」と言うが、何度か小説大賞に応募している辺り彼女の本気具合が伺われる。
作品は見たことないから、書籍化されるのを楽しみにしておこうと思う。
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