第14話 たった数時間の恋人関係
5
『おはようございます』
「……なんだこれ?」
自宅の郵便受けポストを開けると、挨拶が書かれた手紙が入っていた。
宛先も送り主の名前もない。ただ、筆ペンのようなもので書かれている事から、手書きであることは間違いないだろうけど。
「……ふむ」
首を傾げて悩むも、思い当たる人がいない。しいて限定するならば、僕の自宅を知っている人物であることであろうか。直接郵便受けに入れたみたいだし。
いや、そもそも宛先が無いのだから、無差別的に入れた可能性もある。十中八九悪戯だと思うけど、やけに丁寧な悪戯じゃないか。
……まぁ、あまり考える必要もないかと僕は紙を折って制服のポケットに入れて歩き出した。早く行かないと花音が文句を言う。
――今日は終業式。
僕たちは、明日から夏休みに突入するのだ。
* * * * *
タコパから、数日経った。
……それなのに、帰り際に言った加々爪の『白鹿凛子と一之瀬花音には関わるな』という言葉が、頭の中でずっと居座っていた。ふとした時に、奇麗な夜空と一緒に思い出す。
――結果を言うと、僕は彼女らを避けることはできなかった。
一度生まれた関係を断ち切ることに、躊躇した。でも常識的に考えたら、これが正しいと思う。今すぐ絶交しろと言われてハイそうですかと納得するのもおかしな話だし、そもそも加々爪の話も半信半疑だ。冗談はないにせよ、僕を騙そうとしているだけかもしれない。
それに、花音は僕と幼馴染だ。加々爪よりも確実に彼女のことを知っているし、彼女が周りに危害を与えるとは考え難い。
――だから、不安を抱えつつも現状維持。
これが僕の結論だった。
* * * * *
「あ~暇ー! なんか面白いことないのー?」
「マジでそれな」
長い校長の話を華麗に聞き流し、帰宅部の僕と花音は昼頃に学校を出た。
一度それぞれの家に帰宅し、一時間後に私服(というか寝間着)に着替えてやって来た花音を家に入れた。
で、特にやる事もなくてゴロゴロとしていた。怠惰の極みである。
この状況を客観駅に述べるならば『同級生の幼馴染が自宅で家でくつろいでいる』というそれなんてエロゲ? 状態なのであるが――流石に飽きた。
もう何百回以上も繰り返された光景であり、彼女は僕の中で――『家族』にカテゴライズしていた。というか、海外出張から帰ってこない両親よりも家族感を感じる。たまに両親が帰って来た時とかスゲー気をつかうもん。
花音の付き合いは驚くほど長い。幼稚園の頃には彼女と友達になっていたと思う。
それから――ずっと僕たちは一緒に年を重ねてきた。
昔仲が良かった人でも、環境の変化によりいつも一緒にいる相手が変わるなんてごく普通のことだけど、僕たちにはそれが全くなかった。
異性を意識し始める小学生時代も、付き合っていると茶化された中学生時代も、環境がガラリと変わった高校生も――僕たちはずっと一緒にいた。
多分、僕らの関係は異常なのだと思う。でも、僕たちはそれがごく普通のことで、気が付いたらこうなっていたとしか説明できない。
花音といると凄く楽なのだ。気を使わないし、ありのままの自分でいれる。価値観も驚くほど似ているため、衝突もあまりしないし。きっと双子の妹がいたらこんな感じなのだろうと思う。
きっと花音も同じ考えだろう。だから僕たちの関係は、何かが起きて一緒にいたのではなく――何もしなかったからこその関係。
まぁ、おかげで二人とも友達はかなり少ないのだが。
「なんかさぁ。せっかくの夏休みなんだから、夏休みっぽいことしようよー」
「例えば?」
「海! 花火! スイカ! そうめん! ……ええと、風鈴?」
「半分以上自宅でできるな。今日の晩御飯はそうめんで決定ってことで」
「うーん、夏休みって結構難しい……。部活に入ってない私や太一とか、ただのアホみたいに長い連休だし、ホントみんなどうしてるんだろうね?」
「さぁ……? 恋人と青春とかか?」
カーペットの上をゴロゴロと転がっていた花音がピタリと止まった。ジト目でこちらを見る。
「恋人ねぇ……。そーいえば太一は、群青さんと何かするの?」
「うーん……今は決まってないけど、花火ぐらいは行こうかなーって感じだな」
楓は完全なるインドア派である。運動はかなり苦手で、色白なため日焼けに弱い。昔一緒にテニスをしたことがあるのだが、次の日筋肉痛で丸々一日身動きができなかったとのこと。彼女の残念エピソードを笑ったら、近くに置いてあった教科書で殴られた。
というか、楓に限らず僕の周りにはインドア派が非常に多い。白鹿もメラニン色素の少なさであまり外には出れないし、花音も体育は得意だけど意外と外出はめんどくさがる。加々爪は知らん。
「じゃあさ、恋人っぽことをやってみようよ」
「……意味が分からん。なんで恋人じゃない花音としなきゃならんのだ」
唐突に訳の分からんことを口走るではない。暑さで頭でもやられたか? 僕が眉を皺を寄せると、彼女は僕の表情を見て「まぁまぁ」となだめた。
「実はね。今新しい作品でカップルの話を書いているんだけどね、なんというかリアリティが無いというか、書いててう~んって感じなの」
「あの五股して八つ裂きにされる奴か?」
「あーアレね。途中まで書いたけど、ボツにした。いちおう太一……じゃなくて、主人公が死ぬところまでは書いたけど、なんかイマイチ面白くないなーって」
「僕のモデルのキャラ、八つ裂きにされた上にボツになったの!?」容赦なさ過ぎて逆に笑えてくる。
「という訳で。次はバカップルモノなのです。是非ご協力を。恋人がいる太一と違って、私を愛してくれる人は誰もいないのです」
「……やけに引っかかる言い方だなオイ」
「ご協力頂けますか?」
「……まぁ、暇だしなぁ」
僕はしぶしぶ立ち上がった。
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