第13話 タコパ③
「あ、私ちょっとお花を摘みに。オホホ」
加々爪はワザとらしくお嬢様口調で言って、席から立った。
「太一君も来まして?」
「はよ行ってこい!」
スナップを利かせてしっしっと追い払う仕草をすると、加々爪は笑いながら部屋を出て行った。
「ふぅ――……」
たこ焼きも粗方食べ終わり、非凡なメンバーで行われたタコパはやっと落ち着いたようだ。なんだかドッと疲れた。このまま目を瞑ると眠ってしまいそうだ。
まぁでも、今回のMVPは加々爪だろう。褒めると調子乗りそうだから絶対口には出さないけど。
一緒にいると良くも悪くも盛り上がるし、多分彼女なりに配慮して周りを煽ったり話を転がしてくれたのだろう。異色なメンバーでも気まずくならなかったのは加々爪の功績が大きい……と思う。その代わりに何度か修羅場になったけど。
楽しかったとは素直に思える。でももう一度したいとは……思わないなぁと、ワサビの強烈な刺激を思い出して身を震わす僕であった。
「あ、食器洗っておくね」
「わ、私も……お手伝いします」
花音が食器を持って立ち上がると、慌てた様子で白鹿も机の食器を重ね始める。
しかし――
「仕方がないから、私が洗うわ。しぶしぶ」
楓が腕を組みながら低い声で言った。で、で、出た~!! 『しぶしぶ!』。これを使う時はぜってーしぶしぶじゃねぇし。むしろノリノリだし。
だが、楓検定を受けていない白鹿はもちろん、そこまで彼女に理解を深めていない花音はあまりの威圧感に怖気ついて「じゃ、じゃあお願いします……」とシュンとした顔で座った。楓はもうそろそろ自分が怖いことを自覚した方がいい。
「……………………」
楓は思惑通りにいかなくてご不満そうであった。楓は「おかしい……こんなハズでは……」って本気で思ってそうだから可愛い。
恐らく、楓は楓なりにこのタコパに呼んでくれたことを感謝しており、恩返しのつもりで食器洗いに立候補したのだろう。しかし持前のひねくれと言葉足らずのせいで、脅しみたいになってしまった。どこまでも不器用である。
「二人ともあんまり気にすんな。あれは、楓なりのありがとうだから。全然怒ってないって」
楓が食器洗いに夢中になっている時、僕は彼女に聞こえないように二人にこっそりと説明する。
「えぇ……伝わんないよ」
「うむ。それが楓だ」
「……理解できる気がしない……」
う~むと花音は小難しい顔をして唸る。頑張れ。僕は半年以上頑張った。まぁ、好きな人だから知りたいってだけなんだけどね。
「ところで白鹿、学校は慣れたか?」
「わ、私ですかッ!?」
いきなり話を振られて、驚きの声を上げる白鹿。目を泳がせてながら口をパクパクさて、数秒間じっくりと言葉を探して――
「…………えへへ」
結局見つからなかったのか、彼女は苦笑いを浮かべてはぐらかした。……うまくいっていないのだろうか。気になる。
……でも、そんな無理して笑う白鹿に問い詰めるのは気が引けた。花音も僕と同じ気持ちなのだろうか、微妙な表情を浮かべていた。
「まぁ何だ。なんでも言ってくれ。同じ学校の先輩として出来る限り助けになるから」
「私も私も! 白鹿ちゃんのためだったら、頑張っちゃうよ! ……でも勉強以外ね」
「太一先輩……一之瀬先輩……ありがとうございます。……すみません」
白鹿は嬉しさと申し訳なさが混ざったなんとも意味深な笑みを浮かべる。
今はまだ遠慮してるかもしれないけど、いつか本音で言い合える仲になればいいなと思う。
それから暫く食器を洗い終えた楓を含めた四人で、穏やかとは口が裂けても言えない雑談を交わしていると――リビングの扉が勢いよく開く。
えらい長いトイレだったなぁと加々爪の方を見ると――ジャージだった。
問題なのは、それが僕のジャージだということであった。
なんだろう。すごくデジャブを感じる。……――って、それ前に楓に貸して飾ってたジャージじゃん!!!!
「む」
ホラ、楓も加々爪のジャージを見て不機嫌になってるし!
「え、なんで……僕のジャージ着てらっしゃるのですか加々爪さん」
「へ? そりゃもちろんお風呂入ったからだけど?」
「お風呂入ったんですか加々爪さん!?」自宅かよ。
「えーだって、これから太一君の家で泊まるのに、私服じゃシワになるじゃん? だから勝手に借りたね。後で洗わずに返してあげるから許してね♪」
加々爪は、くねくねと体をくねらせながら衝撃的発言をする。――ピクリと、周りが反応する気配がした。
「えー……と、加々爪さん泊まるなら、私も……」「わ、私もっ……」「………………」
なんかノリ気な皆様には悪いですが、僕は両手でバッテンを作り、息を思いっきり吸って気合いっぱいで言い放つ!
「今日は解散ッッッ!!」
* * * * *
最近は日が落ちるのが遅くなったけど、それでも女の子を一人で帰らせるのは気が引けたので、僕は家族に迎えに来れないだろうかと尋ねた。場合によっては僕が付き添うつもりであった。
「わ、私は……お母さんが迎えに来てくれる、みたいですっ」電話を切ると白鹿は言った。
……さて、他はどうしようか。白鹿は迎えに来てくれるらしいが、他は厳しいらしい。加々爪はすげー嘘っぽいけど。
楓の家と花音の家はここから逆方向だからなぁ。
「あ、それなら私、群青さんを送っていくよ」
「それじゃあ花音が帰る時に危ないだろ」
「ふっふっふ。私はこれがあるから大丈夫!」
そう花音は言い、得意げにポケットから防犯ブザーを取り出す。
「小学生かよ」
「防犯ブザーを甘く見て貰ったら困るよ。最新型のはホント凄いんだからね!」
「具体的には?」
「この紐を引っ張ると、音と一緒に太一の携帯に連絡が行く優れもの! まっ、普通だったら警察とか親に行くように設定するものだんだけどね」
「だったら、今すぐ設定を変えなさい」
「はーい」
「……何だ、妙に素直だな」
「だって――太一ってば、すぐに無理しちゃうでしょ? そーいうのは、禁止だもんね」
僕が尋ねると、花音はペロッと舌を出して笑う。僕もつられて笑った。
「じゃあ僕は、加々爪を送っていくよ」
僕は未だに「やーだー! 泊ーまーるーのー!」と駄々をこねる加々爪を肩を押して強引にリビングから追い出す。
楓と花音の家はそれほど遠くないし、加々爪の家も歩いて行ける距離だったのでまぁ大丈夫だろう。
* * * * *
「いやー今日は楽しかったねー!」
「……色々と大変だったけどなぁ」
僕と加々爪は夜道を歩きながら言葉を交わす。昼の蒸し暑さとは打って変わって、心地よい風が肌を撫でる。夜空は名前の知らぬ星々が煌めいていた。
「……と言うかそのジャージ、着て帰るのか?」
「うん♪ 戦利品!」
「…………さいですか」
そんな満面の笑みでピースサインをされたら、怒るに怒れないじゃないか。
「ねぇねぇ。太一君はあの中で誰が本命なの?」
「本命って。そんなの楓に決まってるじゃないか」
「ええ、じゃあ他の人はキープなの? 私みたいに!」
「あのー。加々爪さんは一度振りましたよね?」記憶を抹消しないで頂きたい。
「……楓以外は、全員友達だよ。断言する」
僕がそう言うと加々爪はほんの一瞬だけ辛そうな表情を浮かべたが、すぐにいつもの悪戯好きの加々爪に戻る。
「まー、今はそれで許してあげるね♪ 最終的には私のモノになればいいだけだからっ!」
加々爪は人差し指と中指を立てて銃の形にすると「バキュン!」と僕の心臓めがけて撃った。
……悔しいけど「えへへ」と笑う加々爪が凄く可愛かった。撃たれたからか、心臓の音がやけにうるさい。
「――ああ、でも。私以外はそう思ってないみたいだから、気を付けて」
「……どういう意味?」
「そのまんまの意味。このままだと――本当に取返しのつかないことになるよ」
いつものあっけらかんとした口調とは違い、真面目なトーンで僕に忠告する加々爪。
……だが、説明されてもさっぱり意味が分からない。もっと分かるように説明してくれと言おうとしたが、加々爪が言葉を繋げたので僕は口を閉じた。
「いい? ぶっちゃけ私は太一君の周りがどうなっても別にどうでもいいし、むしろ滅茶苦茶になった方が私が勝利する確率が高くなるから本当は言いたくないんだけど――ほっといたらヤバそうだから親切心で忠告しておくけど」
加々爪は早口で説明すると―――周りをキョロキョロと警戒した様子で見渡し、僕の耳元で囁いた。
「白鹿凛子と一之瀬花音にはこれ以上関わらない方がいい」
「…………なんで?」
思いもよらない名前があがり、声が裏返る。
「……今日、色々と太一君を弄ったでしょ? ワサビ入りのたこ焼きを入れたり他にも色々と」
「……まぁな」
「その時――ほんの一瞬、多分私しか気づいていなかったけど――明らかに敵意の視線が向けられて……ううん、あれはもう敵意なんて次元じゃなくて――」
――――殺意。
加々爪は、震える声でそう言った。
* * * * *
夜道。私は一之瀬花音と一緒に歩く。
彼女とは話す話題も理由もないため、私は無言を貫く。一之瀬なんてどうでもいい存在である。……いや、違う。
本当は、私のようなひねくれ者でも投げ出すことなくいてくれて、非常に感謝をしている。同時に申し訳ないとも思う。
――せめて、感謝の言葉を言えればいいなと私は思う。先ほどから何度もイメトレしているのだけど、頭の中ですら上手くいっていないのが笑える。どこまで自分は不器用なのだ。
太一と出会う前は、自分は一人でも生きていけるし必要ないと思っていた。あの頃は大切なものが少なかったから、自分が無敵に見えた。
……しかし、太一が教えてくれた。私はただ殻に籠っていただけだということを。
外に出してくれて、初めて気づけた。――無敵だと思っていた殻が、あんなにも脆くて薄いものだと。
まだ今は上手くいかないけどいつか本音で喋れるようになって、
一之瀬さんと仲良くできたらいいなと思う。
「…………群青さん。一つ聞きたいだけど」
唐突に、一之瀬は呟いた。少し驚くが、私はいつもの口調で答える。
「なに?」
「太一のことは、好きなんですか?」
「…………は?」
いきなり――何を言い出すのかと思った。
一之瀬は、私と太一が付き合っているのは当然知っているだろう。だったら、何故こんな質問をするのだろう?
普通に考えて、好きじゃない人と付き合うなんてあり得ないのだから、聞くこと自体がおかしい。
――と、なれば。これはもしや、かの有名な友達との間しか交わされない伝説の『冗談』という奴なのか……!
まさか、知らぬ内に一之瀬とここまで仲が進展していたとは……私は嬉しさで震えた。
だったら、私も冗談で返すことにしよう。私はニヤリと笑い、軽い口調で言った。
「ふん。好きな訳がないでしょ。あんな間抜けな男。むしろ嫌いだわ」
「へーそっかぁ!」
どうやら成功したようだ。一之瀬はパァと花を咲いたような満面な笑みを浮かべたことに、私は確かな手応えを感じた。
* * * * *
僕は家に帰宅し、ふとゴミ箱を見ると――
くの字に折れた、箸が捨ててあった。
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