第15話 たった数時間の恋人関係②



「花音ちゃん、結婚しよう」


 幼稚園の砂場。私が泥団子をツルツルにしようと躍起になっている時、そんなことを言われた。


 いきなり声をかけられたことと、衝撃的内容にビックリして私は泥団子を落とす。ぐしゃりと真っ二つに割れる泥団子に私は落胆する。


「あ……ああ……」


 慌てて崩れた泥団子の欠片をくっつけようとするが、触れば触るほど泥団子はただの砂へと戻っていった。


 もうちょっとで、完成だったのに!

 カッとなって、私は声の主を睨みつける。


「ちょっと君のせいで団子が壊れたんだけど!?」

「ご、ごめんっ」


 申し訳なさそうに謝る声の主。私が睨んだからだろうか、彼の目は若干潤んでいた。


 暴力的で自己主張の強い男子が多い中――見るからに大人しそうな少年。彼とはよく一緒にいるけど、怒った姿はまだ一度として見たことはなかった。


 彼の名は――安達太一といった。


 男子はうるさいから嫌いな私だけど、太一だけは例外だった。太一も男子の癖にかけっこやチャンバラよりも、私ら女子に交じっておままごとをしたり、お絵描きをするのを好んだ。


 彼曰く「騒がしいのは嫌」だそうだ。全くの同意である。


 だから私は、太一のことを全然嫌いじゃなかったのだけど――まさか、泥団子を作っている時に結婚の約束をしてくるとは思わなかった。


「…………えぇと」

「ひゃ、ひゃいっ」


 ……つい勢いで怒ってしまったせいで、ものすごく気まずい。太一も今にでも泣きそうだし。


 さぁ、どうやって彼を宥めようかと悩んでいると――ふと、太一の掌の上にあるものに気付く。










 指輪だった。



 ……いや、正確には花の幹で編まれた指輪と言うべきか。三つ編みのような要領で円形に編み込まれた花の幹。指輪に咲く一輪の花がなんとも奇麗だ。


 これを、わざわざ私のために調べて、つくってくれたの――? 


 彼の一生懸命作っている姿を想像して、心臓が高鳴った。


 不思議だ。今まで仲の良い友達としか思ってなかったのに、泣きそうな顔で――でも、しっかりと私を見てくれる太一が凄く魅力的な人に見えた。


 ……私って単純だなぁ。


 でも、素直に頷くのはなんだか負けた気がした。泥団子を壊されたし、どうせだから――彼を思いっきり困らさせてやろう。


「結婚なんて嫌っ! 泥団子を壊す太一なんて嫌い!」

「……う、……うぅ…………ごめんなさい」


 歯を食いしばって泣くのを堪える太一だが、限界が近いらしくポタポタと数滴の涙が頬を伝って砂場を濡らす。


「それに知ってる? 大人にならないと結婚できないんだよ?」

「えっ!? そうなの!?」


 口をあんぐり開けて固まる太一。掌の上で大切に持っていた指輪がポロリと落ちる。


「それに、こんな指輪じゃ駄目。一億カラットの宝石が付いたダイヤじゃないと、私は満足しないわ」

「………………うぅ」



 ついにびぇええんと泣き出した太一に、私はふふふと笑って――砂場に落ちた指輪を拾って、薬指につけた。ガバガバでずり落ちそうだったけど、まぁ許してあげることにした。


「――でも、仕方が無いからこれでいいよ」

「…………へ?」

「仕方が無いから結婚してあげる。――おっきくなって、私が覚えていたらだけどね」

「あ、あ……ありがとうぅぅぅうううう。うぇえええええええ!!」

「分かったから泣かないでよ!」


 顔をぐしゅぐしゅにして号泣する太一の姿に気付いた先生が、彼を抱えてどこかへ行った。


「……ふふっ」


 私は、薬指についた指輪を見て――つい笑みがこぼれた。

 顔が熱い。これが――好きってことなのかな?














 ――高校生になっても夢にでるあの出来事。






 きっと太一は覚えていないと思うけど。






 私はずっとずっと、覚えているよ。









 あの指輪は――今も私の机に大切に保管されている。






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