黒
第26話 崩壊
夏祭りから一週間が経過した。いよいよ夏休みも終盤である。
キスを達成したことにより楓との仲が進展するかなと思いきや、特に何も変わらなかった事が非常に嘆かわしい。
……と言うか、この一週間で一度も楓と会っていない。一度遊びに誘ったのだけど、用事があったらしく普通に断られた。やはりあの日が奇跡的だけだったようだ。
じゃあこの一週間何をしていたかと言うと――
「先輩♪ 今日も構って頂きありがとうございました♪」
「おー。またなー」
僕は玄関でペコリと丁寧に頭を下げる白鹿に別れの挨拶をする。
「また明日ですね」
「え……」
「駄目、ですかね?」
潤んだ瞳で僕を見上げる。うっ……と僕は少し躊躇した後――その可愛さに負けて観念した。
「……まぁ、暇だったらな」
「ありがとうございます! 大好きです先輩!」
白鹿は満足げな笑顔を浮かべて、バサリと日傘を開けるとスキップで玄関から出る。そして数歩進むと白くて奇麗な髪を揺らして振り向いた。
「さようなら、です!」
ニカッと太陽のように笑いクルリとその場で一回転した後、白鹿は上機嫌のまま帰っていった。
僕は本当に明るくなったなぁと白鹿が見えなくなるまでぼんやりと眺めていた。
ここ一週間、僕と白鹿は毎日のように遊んでいる。未だに花音との関係を修正できていない僕は非常に暇であり、同じく暇を持て余しているらしい白鹿と遊ぶことになった。
が、まさかこんな毎日のように遊ぶことは想定していなかった。流れに身を任せていたら毎日白鹿が家に来るのが習慣になったのだ。
一人でいるより白鹿と一緒にいると間違いなく楽しいけど、これでいいのだろうかと少し心配になる。
僕には大切な彼女がいるので、疑われるような行動はできるだけ慎みたい。すげー今更な感じがするけど。とにかく彼女を心配させたくないのだ。
……でもなぁ。断れる気がしないんだよなぁ。なんか泣いてしまいそうで。
ああそれと。―――盗聴器の件は前よりも少し進展した。
僕の家に盗聴器を発見したのだ。
アマゾンで購入した盗聴発見器を駆使して、白鹿と家中を捜索すると――なんとテレビの裏にあるコンセントに盗聴器がぶっ刺さっていた。
まさか、本当にあるとは。白鹿の予想が的中していて愕然とする。
まだ完全に盗聴器を取り除いたとは言いきれないけど、恐らく盗聴器は一個だけじゃないかなと白鹿は推測した。
「いくら由利ちゃんが盗聴器を仕掛けるほど異常なストーカーでも、懐具合は他の学生と変わらないハズです。バイトしていたとしても、一個……多くても三個が限度かと思われます」
「なるほど」
「だから、その盗聴発見器でもう反応が無いのでしたら、安心して頂いてもいいと思います。……最も、盗聴器を外されたのに気付いて再び仕掛けに来るかもしれませんが」
「怖いこと言うなよ」
「ですが――もしやって来たとしたら絶好のチャンスです。既に盗聴器が仕掛けられていたという証拠は掴みましたので、後は不法侵入した映像を納められれば警察も動かざる負えないでしょう」
「天才かよ」
そういうことらしい。やはり持つべきは賢い後輩だなぁと思いました。まる。
* * * * *
「――とまぁ、そんな感じだ。毎日送り付けられて来た手紙もなくなったし、なんとかなりそうだ」
『……なんとか、ねぇ……』
僕が言うと、スマホから明らかに納得していない加々爪の声が聞こえてきた。
白鹿と遊んでから数時間後、加々爪から電話がかかって来たのだ。話の内容は最近のストーカーについて。前に一度相談したこともあり、かなり僕の身を案じていた。
僕は監視カメラを設置した事、映った人物が学校の後輩であった事、家に盗聴器を見つけた事と今後の対策について話した。出来るだけ心配かけまいと明るい口調で。
しかし加々爪は安心するどころか『うーん……』と何度も唸り声をあげていた。どの辺に引っかかる部分があったのだろうか?
「何か問題でもあるか?」
『いやぁ。問題って訳じゃないんだけど……というか、問題が無さすぎて逆に気持ち悪いというか……うーん』
「どういうことだ?」
『一言で言うと、女の勘』
「なんじゃそりゃ」
『なんというか、気持ち悪いんだよねー。うん。気持ち悪い。ストーカーの粘着的な部分があっさりし過ぎているというか……うん。とにかく気持ち悪い!」
「………………」
気持ち悪いと何度も連呼する加々爪。かなりアバウトな表現であったが――不思議と何を伝えようとしているか分かった。共感できたのは、きっと僕も同じ違和感を感じ取っていたからだろう。
『その由利ちゃん? だっけ? その子の目的が全く見えてこない。ストーカーするほど太一君が好きなのに、関係を進展させる気が全くないだよね。ハリボテ感が凄い』
「ハリボテ……?」
『太一君。何で由利ちゃんは太一君をストーキングすると思う?』
「え、ええ?」
突然の問いに僕は戸惑う。
「……そりゃ、好きだからじゃないか?」自分で言っててすげぇ恥ずかしいだけど。
『うん、じゃあ太一君はストーカーの立場から考えて欲しいだけど……。相手の事が好きで好きで、全てを知りたくて仕方がない太一君は――わざわざ警戒されると分かっていて手紙なんか送る?』
「……送らないな」
だって、警戒されると色々と不都合が起きるから。現に手紙が送られてこなかったら、家の中にあった盗聴器の存在も気付かぬままであったに違いない。
『となるとストーカーの目的は『相手を知りたい』じゃなくて『相手に存在を知って欲しい』あるいは『相手に不安になって欲しい』だけど――どちらもなんか浅いといか……』
「つまり?」
『『相手に存在を知ってほしい』場合だったら、手紙に自分に関係する事を書きそうだし、そもそも接触してこないのが変だし『相手に不安になって欲しい』だったら、手紙の内容はもっと過激になると思うんだよね』
「……………………」
加々爪の言いたいことは分かる。
でも、だとすると。
由利ちゃんの目的がますます分からない。
『まぁ、私の考えすぎかもしれないけどね。ストーカーなんだし、常識に当てはめたら駄目かもね』
僕の不安を察してか、加々爪はあっけらかんと笑った。
「……あのさ、よく分からない事がもう一つあるんだけど、何で由利ちゃんは白鹿に脅迫文を送ったか分かるか?」
『うーん……。確かにそれも謎だよねー。群青楓に送るならまだしも、白鹿ちゃんにだもんねー。何か接点があったとか?』
「話したことは無いらしいが、同じ学年という接点が一応ある。それで白鹿なんだが、由利ちゃんは僕に手紙を送らなくなったのに、何故か未だに白鹿の家には手紙が――」
『え、ちょっと待って。もう一回言って』
唐突に、
加々爪は僕の話を止めた。
「……だから由利ちゃんは僕に手紙を送らなくなった――」
『そこじゃなくて、その前』
「同じ学年という接点があるってとこか?」
『うん。そこ』
しばし沈黙が流れた。スマホ越しでは分かりにくいが、何か考え事をしているようだ。
沈黙に耐えきれず、僕は口を開いた。
「加々爪。どこが引っかかるんだ?」
『……ええと、私としては引っかかるどころの騒ぎじゃないけど、あんまり太一君は普通に話すから私がおかしいのかと思っちゃったよ』
「……ん?」
『ねぇ。太一君。本当に本当に、今の言葉におかしな点が無いと思ってるだよね? おふざけとかじゃなくて』
「……まぁ」
『…………あのね。太一君。落ち着いて聞いて欲しいだけど―――』
加々爪は、ゆっくりと語る。
『白鹿凛子は、私らの学校にいないよ?』
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