第29話 崩壊④




「お姉ちゃんは昔っからアルビノを気にして、引きこもりがちでした。小学校までは頑張って通っていたのですが、中学からはずっと不登校で……」


 白鹿由利は、自分の双子の姉である白鹿凛子の過去を語り始めた。きっと白鹿は僕らに過去を知ってほしくないだろう。


 でも、それを語らないとどうしようもないほどに切羽詰まった状況なのだろう事は、由利ちゃんの表情を見ると痛いほどよく理解できた。


「でも私は、お姉ちゃんが大好きでした。人の痛みをちゃんと知っている、優しい人でした。学校に通ってる私なんかよりずっと賢くて、とても尊敬できるお姉ちゃんでした……」


 由利ちゃんはまるで痛みに耐えるように顔を歪める。


「――お姉ちゃんに変化が起きたと思ったのは、普段図書館で本を借りる時にしか外出しないお姉ちゃんが、突然制服を貸してと言った時です。驚きました。お姉ちゃんが変わろうとしてるのが伝わってきて、嬉しくて私は何も聞かずに制服を貸しました。……後になって知りましたが、お姉ちゃんは先輩たちを騙そうとしてしていたんですね……」

「……確かに嘘はついたかもしれないけど、別に悪意とかじゃないからそこまで酷いことじゃ――」

「ううん。太一君は甘すぎ。優しいとかじゃなくて、もうこれは甘いだけだよ。ある意味悪意よりもタチが悪い」


 加々爪が僕の発言を容赦なくぶった切る。勢い余って僕の人格にまで鋭い切り傷が入る。


「太一君。聞くけど、初めて会った日に通ってる学校の名前は言った?」

「……確か、言ってないな。連絡先を交換しただけだ」

「だったら、明らかにおかしいよね。白鹿ちゃんはたった二日間で太一君の連絡先だけで学校を調べ上げたんだよ? 由利ちゃんという偶然があったとしても――これは異常だよ」

「………………」

「ハッキリ言うけど――気持ち悪い。……まぁ、私が言うのもなんだけどね」


 考えが甘い。……確かにそうかもしれない。


 嘘をついた白鹿は当然悪いのだけど、嘘を暴けなかった僕にも罪はある。


「……でもっ。少なくともその頃まではいい方向に進んでいました! 外出用の私服を調べて買いに行ったり、化粧を練習したり。性格も前よりも明るくなって、よく笑うようになりました。……それと、よく私に恋愛相談をして来るようになりました。お姉ちゃんはいつも、安達先輩にどうしたら構って貰えるかなぁと悩んでいましたね……」


『その頃からですかね。お姉ちゃんの外出が多くなったのは……』と由利ちゃんは言葉を付け足した。


「親は積極的に外出するお姉ちゃんの事を喜んでいましたが、私はなんとなく嫌な予感がしました。急に変わりすぎている。……いいえ、あれは変わるなんて生易しいものじゃないですね。まるで『何かに取り憑かれる』ようでした」








 ――そして、ついにお姉ちゃんは私に脅迫しました。






「………………」

「………………」


 ――カラン。グラスの氷が鳴った。僕たちは由利ちゃんの言葉に底知れぬ恐怖を感じていた。


「夜中に私をたたき起こして……喉元にカッターを……当てて……ある紙を毎朝指定した家に届けろと……。目を見てすぐに本気だと分かりました。あの優しかったお姉ちゃんが……何で……」


 驚された瞬間を思い出したのか、由利ちゃんは顔を青くして体を震わせた。


「……だから、お願いします。お姉ちゃんを止めて下さい。私一人の力ではどうしようもないんです。――私と一緒にお姉ちゃんを止めてくれませんか? ……このままでは、取返しのつかないことになる気がしてならないのです」


 まるで縋るように由利ちゃんは懇願した。

 やはり――僕の目には嘘をついている風には見えない。


「……どうする加々爪?」

「どうするも何も、つまりは白鹿ちゃんの悪事を暴けばいいの? ……殺されるリスクを負って」


 ――太一君。タコパの時に言ったよね? 殺意を感じたって。


「双子の妹が言うのなら間違いないね。――あの子、既に人を殺す程度のことは覚悟している。由利ちゃんも、私たちに言ったことがバレたらただじゃ済まないこと、分かってる?」


 コクリ。由利ちゃんはゆっくりと頷いた。既にその覚悟を背負って僕らにお願いしに来たのだろう。文字通り命がけで、姉を止める気なのだ。


 その覚悟に、僕はどう答える――?


「……突然のお願いで申し訳ないのですが、今日ここで答えを教えて頂けませんか? 、それまでにお願いします」












「………………は? いまなんて言った? 白鹿は、今旅行中って言ったか?」






 今までの悩みが一気に吹き飛んで、心臓がドクンと大きく跳ねた。

 だって、白鹿とは――昨日も今日も一緒に遊んだぞ?



「はい。お姉ちゃんは大きな荷物を持って一週間ほど友達と宿泊旅行に行くと言って出ていきました。……もしかして、知らなかったのですか?」

「……………………」


 白鹿は僕と毎日遊んでいたのに、家には帰っていなかったらしい。――何故?

 白鹿の裏の顔。殺意。多い外出。まるで取り憑かれたよう。僕の神様から貰ったと思われる――人に好かれる能力。





 もし、例えばの話だが。


 僕の能力に、人を狂わせるほど好意を増幅させられるなら。

 考えろ。もし白鹿が自分をコントール出来ない程に恋に狂っているとすれば――どうする?



 そして――






 楓と丁度一週間会ってないという事実。

 花音とそれ以上あってないという事実。





「――――――ッ!!」 





 頭の中で、何かが繋がった。

 それはとても残酷な仮説で。







 気付いた瞬間、僕は楓に電話をかけていた。



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