第23話 天国と地獄



 白鹿とバトミントンをしてから一週間が経っただろうか。夏休みも中盤にさしかかり、放置していた宿題の山をそろそろ消化しないとなぁと考える僕であったが、


 ピコンとスマホが鳴る。僕は取るべきか少し躊躇した。


 ここ最近、僕はある能力のことで頭を悩ましていた。そもそも能力を所持している確証すらないのだが、もしあったとしたら僕は存在するだけで周りに迷惑をかけてしまうため、かなり困っていた。


 能力は恐らく――人を強制的に惚れされる能力。発動条件や効果の程は全くの不明。


 それに気づいてからは、極力異性と関わらないこと意識した。既に加々爪との遊びを三回断ったし。


 ……だが、白鹿だけは僕のせいと言っても過言ではない脅迫文の件があるので、この一週間で何回か一緒に過ごした。夜帰るのが怖いと白鹿が言ったので、一度だけ家に泊めた。


 既に楓に知られたら撲殺案件なのだけど、どうも白鹿には罪悪感がありキッパリと断ることが出来ない。


 しかも白鹿は心を開いてからは露骨に甘えてくるのだが、それが無茶苦茶可愛い。なんでもしたくなっちゃう。ゲームの時は別人だけど。それはそれで可愛い。


 それにまだ白鹿の家には脅迫文が毎日のように送られているらしい。そんな状態で白鹿を放置するのは僕にはできなかった。恐怖で怯える彼女を――僕は守らなければならないと使命感を感じる。


 しかし妙なことに、僕の郵便受けに毎日のように送られてきた挨拶の手紙は、ある日を境に突然来なくなった。いや来なかった方がありがたいのだが――


 問題は、何故突然止めたのかと言うことだ。これ以上白鹿を脅すようなら、毎日早朝に来る由利ちゃんに問い詰めようと白鹿と相談した矢先にこれである。


 いくら何でも、タイミングが良すぎる。まるで――僕らの話を聞いていたかのような引き際の良さであった。 


「この家に盗聴器が仕込まれている可能性があります」――そう言ったのは白鹿だった。珍しくハッキリとした口調だった。


「まさかぁ。流石にそこまで―――」

「……あり得ない話ではありませんよ。むしろ毎日手紙を送るほど先輩に執着した人が、たかが盗聴器を設置する程度、してない方がおかしいと思います」

「でも、盗聴器なんてどこに? 家の中には入れないし」

「そうですか? 安達先輩はほとんど一人暮らしなので、学校に行っていた間とか仕込む時間はいくらでもあると思いますよ? ……あと先輩、もしかして家の鍵を無くした時用に、家のどこかに合鍵を隠したりしてませんか?」


「………………」図星だった。

「アウトですね」


 それから怖くなった僕たちは、家の掃除を兼ねて徹底的に盗聴器を探したが――結局何も収穫はなかった。盗聴されているかもしれないという不安だけが胸に残った。


 まだ悩みの種はある。花音のことだ。


 去年の夏は一か月の半分以上を花音と過ごしていたが、今年は最後に遊んだ後、僕らは一度も出会っていない。


 連絡は何度か送るけど、未だ既読すらつかない。これほど長い間出会っていないのは初めてかもしれない。


 このまま二人の関係が自然消滅だけは避けたかった。だって花音は僕にとって一番の友人だし、とても大切な存在だ。


 ……むぅ。どうすればいいのだろうか。連絡が返ってきたら本当にありがたいのだけどなぁ。謝ればいいって問題でもないしなぁ。






 ――そんな訳で、僕は色々と大変なのだ。ゴロゴロしてるけど、頭の中は凄く頑張っているのだ。アイス食ながらだけど。


 だから、よっぽどなことが無い限り遊ぼうと誘われても行く気は無い。そんな事を考えながら僕はスマホを持ち上げて送られてきたメッセージを見る。









『一日どんな命令も従ってくれる権利、今日使うわ。夜七時、増田駅で集合。断ったらどんな手段を使っても貴方を不幸にさせてあげるわ』――楓からだった。

「………………」




 コレ、断れる人いんの? 


 そういえば花音と一緒に土下座した時に『一日どんな命令も従う犬になる』って約束で許してもらえたっけ?


「楓が命令するんだったら、仕方がないなぁ!」



 僕は上機嫌で呟くと、アイスを一気に口に含み鼻歌を歌いながら立ち上がった。 







 * * * * *





 やったやった! 楓とデートだ!


 しかも楓から誘って来た! やや強引な誘いだったが、捻くれているのはいつものことだから大して気にならない。僕はそんな楓が好きなのだ。


 楓が集合場所に指定した増田駅とは最寄り駅から二十分程度電車に乗ると着く、これと言って特徴が無い駅である。


 駅前には老朽化が進むスーパーやいつ営業しているか謎な八百屋、いつも半額で売っているたこ焼き屋と中々癖のある店が並んでいる。言わずもがどれも玄人向けの店なため、学生の人気は皆無である。


 普段ならこんな駅に集合と言われたら「何するんだよ」とツッコミを入れたくなるのだけど――今日だけは違った。


『増田夏祭り』――そう、今日は増田駅の付近で夏祭りが開催されているのだ。僕の住む県では間違いなく一番大規模な夏祭りで、この県で住んでいる人でこの夏祭りを知らない人はいないと思う。


 他県から来る人も多いらしく、毎年とんでもなく盛り上がりを見せていた。今年も例年と同じように、地方テレビでは夏祭りの様子を生中継が見れるだろう。


 皆のお目当ては――およそ一万発にも及ぶ打ち上げ花火である。特にラスト十分前で行われる、複数の箇所から同時に打ち上げられる怒涛の連続花火は見ものである。しかし、打ち上げ花火を最後まで見てしまうと帰りの電車には乗れないと思った方がいいだろう。


 確か打ち上げ花火は八時から始まるハズである。一時間前に集合して祭りを満喫した後に、花火を眺める魂胆であろうか。


 ……ところで一つ疑問なんだけど、皆は彼女に遊びに誘われた時どのぐらいの早く来るのだろうか? 是非全国アンケートを取ってほしい案件である。


 ちなみに僕は――二時間前に増田駅に着いた。まだ外は明るい。おい、馬鹿かよ僕。初デートでもそこまで早くこねぇよと心でツッコミを入れる。


 なんというか、気が付いたら入浴を済まし服を着替え最寄り駅へと向かっていた。我に返った時にはもう増田駅。どれだけ浮かれていたんだよ。自分の暴走具合につい耳が熱くなる。


 ……まぁ、遅刻するよりはマシだろう。夏祭り自体はもう始まっていると思うから、時間はいくらでも潰せるだろう――……ん?







 見覚えのある後ろ姿が視界に入った。





 その人は腰ほどある艶やかな黒髪を揺らし、何やらブツブツと呟きながら同じ道を行ったり来たりしていた。その人は考え事に夢中でしばらくその場で眺めていた僕を気付きもしない。


 その人は浴衣姿だった。凛とした顔立ちとスレンダーな足を持ち合わせるその人にはとても似合っていた。


 誰が見ても美人と認めてしまうその顔立ちにその奇行さに相まって、駅ではかなり注目されていた。






 うん。間違いなく楓だ。




 遠くでその人に釘付けになっている男どもが「おい、話しかけてこいよ」「無理だって! なんか威圧感すげぇし」「だよな、なんかナンパしたら殺されそう」「……たしかに」「何人か殺ってる目」おい男ども! 怖いからやめとこで満場一致するんじゃねぇよ! 間違ってねぇけど!



 確かに、普段から目つきが悪いのに定評がある彼女だったけど、今日は眉間に皺を寄せて悩み事をしているためいつもより殺し屋感が増している。と楓に言ったら殺されそう。やっぱ殺し屋じゃねぇか!



 ふん。みんな分かってないなぁ。あの三白眼も彼女の魅力の一部なんじゃないか――と腕を組みながら彼女を眺めていると、






「――……は?」



 ようやく僕の存在に気付いたのか、楓はこれでもかと目を丸くして固まった。


「うっす」


 軽く手を挙げて僕は楓に歩み寄る。彼女は面白いぐらいに瞳をグルグル回していた。開いた口がまだ塞がっていない。



「まぁ、深呼吸でもしなよ」

「…………――はぁ――……すぅ……――」




 楓は素直に深呼吸をすると、乾いた唇を素早く舐めると早口で言った。




「違うから」





 ……ちなみに、楓の「違うから」とこれっぽっちも違わない。





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