第9話 愛奪いの加々爪③


「……へ?」


 私が「付き合って」と言うと、安達太一君は分かりやすく狼狽えた。が、すぐに落ち着きを取り戻したらしく、苦々しい表情を浮かべて何か言葉を探している様子であった。


 さては、断る気だな? 

 させるか。


「ちょっとこっち来て!」

「ちょっ、まっ」


 私は教室に入ろうとしていた太一君の手をギュっと握って、今は使われていない一組の隣にある空き教室へと強引に連れていく。


 ありがたいことに太一君は無理矢理振り払うことはせず、素直についてくれた。――優しいのか、甘いのか。どちらにせよ、こちらの都合がいい。


 さてさて、作戦開始だ。


「どぞどぞ、入って下さい」


 私は太一君に先に空き教室に入らせると、後から入った私は電気をつけるついでにドアの鍵をかける。ここの空き教室は廊下の一番端に存在するため、放課後にもなるとほとんど人が寄り付かない。


「……あのさ、告白してくれた所悪いんだけどさ」

「うんうん、何ー?」

「……ごめん。僕には付き合っている人がいるから、加々爪さんとは付き合えない」

「うん、いいよー」

「……え?」


 私はあっけらかんと言うと、太一君は本日二度目の狼狽え。私の意図が分からないらしく、不思議そうに首を傾げている。


 さぁさぁ、攻撃だ!


「私も別に今日、太一君には付き合って貰おうなんて思ってないよ。図々し過ぎるよね。でも、私が君のことを好きな本当だし、断られたことは凄くショックだけど。えへへ」

「………………ごめん」


 私はショックを隠して無理して笑う風の笑みを浮かべると、太一君は申し訳なさそうに視線をおとした。


 男という生き物は、告白を断ると罪悪感を感じるらしい。よく分からない感情だけど、相手にはどんどん負い目を感じてもらおう。これが後々にボディーブローのごとくジワジワと相手の動きを縛るのだ。


 基本的に付き合っている男子を相手にする時は、馬鹿正直に真正面から告白するのはあまりよろしくない。単発ではなく、時間をかけて相手の心を腐らせていくのだ。


 まずは私が貴方を好きだという意思を伝え、相手に考える余裕を作る。そして、今の彼女と私のスペックを冷静に分析してもらう。そこまでくれば、あとは落ちたものだ。


 だって私より男心が分かって、可愛い女子は他に存在しないのだから。

 気持ちは伝えたし、このまま帰ってもいいのだけど――でも、どうせだからもう少し毒を盛ってやることにしよう。


「確か、太一君の彼女って三組の群青楓さんだよね? 可愛くてかっこよくて、本当に素敵な女の子だよね。同じ女子として、凄く憧れる! 告白したのって、太一君の方なの?」

「うん。四回目の告白でやっと楓が折れてくれてさ」


 彼女の話題を振った途端、急に得意げに語り始めた。ばーか。


 男はどうやら付き合っている彼女を己のステータスの一部と考えているらしく、可愛い彼女がいるイコール自分に魅力があるという馬鹿丸出しの発想をしているらしい。まぁ、それは女子もあまり変わらないんだけどね。つまりみんな馬鹿。


 結局の所、付き合うとはお互いのメリットが合致しただけのどこまでも打算的な関係なのだ。もちろんそこには愛はない。


「太一君は、群青楓さんのどこが好きなの?」

「うーん、色々あるけど……やっぱ可愛い所だな」

「へー! 一目惚れだったの?」

「ま、まぁ」


 太一君は少し照れながら頬を掻いた。


「じゃあさ、もう付き合って長いんでしょ? もうエッチした?」

「ブホォッ!?」


 思いっきり噴き出す太一君。変な所に入ったらしく、ゴホゴホと涙を流しながらむせ返る。


「あれ? その様子じゃまだしてないの?」

「……ご想像にお任せします」

「キスは?」

「………………」


 太一君は額からダラダラと汗を流してサッと視線を外した。……え、マジ? 付き合ってそこそこ長いのに、そんなに関係が進展していないの?


 私は心の中でほくそ笑む。

 隙――みっけ♪


「じゃあさ、練習でしてみる? ――キス」


 ずいっと私は距離を詰める。それと同じぐらい太一君も離れるが、私はまたさらに近づいていく。――あっという間に太一君は壁際まで追い詰めた。



 これで、彼は逃げられない。


「いや、それは付き合ってからじゃ駄目だというか! 加々爪さんは別にいいの?」

「だって私、太一君のこと好きだもん。キスをしたいに決まってるじゃん。それに、付き合ってないとキスは駄目なの? なんでなんで?」

「……それは、楓を裏切ることになるから」

「キスなんてしても、私か太一君が言わなきゃ誰も分かんないじゃん。私は嫌われているから何を言っても信用してくれないし、太一君もキスしても群青楓には言わないでしょ?」

「………………」

「それに、キスなんて間接キスの延長だって。日本はそういうのシビアすぎるんだよ。別に好きじゃなくていいから、キスしてみよ?」

「……いい、いやっ。流石にそれは駄目というか――」

「キスが嫌なんだったら、別のことをしてもいいんだよ。例えば――」


 私はネクタイを緩めて、カッターシャツのボタンをプツプツと第三まで開ける。勝負下着が露になり、太一君の視線はその一点に注がれる。


「私は、太一君とエッチしたいな♪ 駄目、かな……?」


 何故人の寄り付かない場所を選んだのか――

 そんなの、人前ではできないことをするために決まっている。


「――――――ッ!!」

 太一君は完全にパニックを起こし、口をあんぐり開けて壁際で硬直していた。私はここぞとばかりに彼と距離を詰めて、触れ合いそうなギリギリの距離で歩みを止める。


 最後は、彼の意志で触って頂くために。


「私が彼女になったら、なんでもしていいよ。いつでもエッチしていいし、どんな我儘も聞いてあげる。ねぇ、本当にどっちと付き合った方がいいか考えてみてよ――」


 夢もない話だけど、男を落とすにはこういった色仕掛けが一番なのだ。男子高校生なんて股間が脳みたいなもんだから、まだ初めてを知らぬ童貞さんには凄まじく魅力的な提案だったに違いない。


 ほらほらと、私は胸を強調される挑発的なポーズをしながら左右にゆらゆらと揺れる。太一君は顔を真っ赤にさせて、胸の動きに釘付けになる。


 ――確かな手応えを感じた。もう太一君はまともな判断はできない。



 さぁ、とどめを刺そうではないか。私は太一君の耳もとで猫なで声で囁く。



「ねぇ。私と群青楓、どっちのが魅力的?」




































「え? 普通に楓だけど」







「え?」と私

「え?」と太一君。




 さっきまであれほど狼狽えていた太一君が、急に素に戻って言った。






 ……えぇ。



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