第8話 愛奪いの加々爪②



「ねぇお母さんー。どーして私の名前って『愛』なのー?」



 私は台所で料理を作っている大好きなお母さんの背後に抱き着いた。


「こら、危ないでしょー」と優し気な口調でお母さんは言う。そして優しく私の手を引きはがし、頭を撫でてくれた「えへへー」

「ねーねーなんで『愛』なのー? なんでなんでー」


 名前の由来が知りたくなったのは、単純に『自分の名前の理由』をクラスで発表するという宿題が出たからだった。


 それまで自分の名前の意味なんて、考えたこともなかった。ただ、愛という名前はお友達にすぐ覚えられるので別に嫌いではなかった。苗字の加々爪はなんか怖そうであんまり好きじゃないけど。


「愛ちゃん、それはねー。『みんな愛される素敵な女の子になりますように』ってお母さんとお父さんが願いを込めてつけたのよー」

「愛ー?」

「そう、愛」


 ふふふ。とお母さんは笑顔で説明するが、私はいまいちピンとこなかった。

 私は首を傾げて、言う。


「愛ってなにー?」

「愛っていうのはね。誰かを大切にしたいなーって思うことよ。愛ちゃんは、お父さんお母さんのことが好き?」

「うん、大好き!」

「うう、それが『愛』よ」

「おー」


 納得して私はパチパチと拍手をする。しかし、すぐに新たな疑問が浮かぶ。


「じゃあ、けんと君とまひろちゃん達も、愛なのかなー?」


 けんと君とまひろちゃんは、私と同じクラスの男の子と女の子だ。最近二人はいつも一緒にいるし、ベタベタと肌が触れ合うほどの至近距離でお喋りをしていたりした。


 それに、二人っきりの教室でチューをしていた。


 ……チューしたいと思うのが愛? ……うーん? 私は別にお父さんとチューはしたくない。けんと君も好きだけど、チューは別にしたくない。


 しっくりこない。何か、愛には別のもっともっと素敵なことが隠れているような気がする。


「私もお父さんとお母さんみたいに、愛できるかなー?」

「うん、きっとできるよ。愛ちゃんなら絶対、素敵な人に出会えるわ」

「えへへー」


 お母さんはそれから「今はまだ分からないかも知れないけどね」と言葉を付け足した。


 へー。そうかぁー。なるほど!

 大きくなれば、愛が分かるのか!


 そう思うと、無性にワクワクしてきた。もしかしたら、お母さんの説明でピンとこなかった部分もスッキリ解決するかもしれない。


 自分の名前の隠された意味が、分かるかもしれない!






 



 ―――子供の頃、よく分からなかった愛という言葉。

 結局、高校生になっても意味が分からないままであった。

 愛って、一体なんだろう――。






 * * * * *





 私は誰よりも愛を知っていると有象無象は思ってるだろうけど、私ほど愛の理解できていない人はいないだろう。


 愛ってなんだろう? 恋ってなんだろう? 人を好きになるってどういうことだろう?


 私――加々爪愛は知りたいのだ。ぶっちゃけそれが知れれば他はどうでもいい。多少人間関係が悪くなっても私にとっては些細な問題でしかない。


 どうせ高校を卒業したら合わない奴らだ。言わせたいだけ言わせておけ。どうせ吠えることしかできない雑魚なんだからさ。


 しかし愛は違う。一秒も早く知りたい。恋に焦がれたい。愛に溺れたい。好きすぎて盲目になりたい。馬鹿みたいに愛に振り回されたい。感情を制御できなくなりたい。


 だって私達が生まれた理由なんて――誰かを愛すために決まっているのだから。それを知らないなんて、生きてて何の価値があるのだろうか?


 しかし、こんなに愛に飢えているのに――いや、愛をこれほどまでに望んでいるからこそ、どこか本質から離れているような嫌な感じがする。いくら泳いでも、体を休めるような島は見つからない。


 私は愛を知るために、手始めに学年で一番人気者である男子に心の銃口を向けた。ロックオンである。


 彼は外見は整っていて、勉強も常に上位にいた。運動神経も良かったし、明るく誰にでも優しかった。


 一応彼女がいたらしいけど、そんなこと関係ない。だって本当に二人が愛し合っているのならば、私程度の存在が横槍を入れても問題はないでしょ? そんな簡単に崩れるなら、それはただのおままごとだ。


 私は行動に移した。持てるワザの全てをぶつけた。幸い、両親から優れた外見を貰い受けていたので、多少強引な手でも彼に通用した。


 客観的に見て私は誰よりも美しかった。自分の実力を正確に把握しているから、相手がどういうことを望んでいるのかが手に取るように分かった。


 ――が、戦いはあっけなく終わった。一番の人気の彼氏は彼女を振って私に告白してきたのだ。――つまり、私が勝利したのだ。


 彼は私を特別扱いしてくれた。どんな我儘も聞いてくれた。胸やけするほど愛の言葉を囁いてくれた。


 しかし――そこには愛がなかった。いや、彼の心にはあったのかもしれないが、私の想像していたキラキラしているのに、近づくだけで狂ってしまいそうな禍々しさは秘めていなかった。外装だけ立派に取り繕っただけのハリボテだと思った。


 日に日に冷めている心。もう一番人気の彼を異性と認識することすら難しくなった。もしかしたら、私の知りたい愛は存在していないかもしれない。


 相手が悪かっただけかもしれない――何度か他の男と付き合ったりしてみたが私の望む答えはくれなかった。恋愛ごっこ。他のカップルを模写しただけの、オリジナルの欠片もない退屈で仕方がないもの。


 ……もうそろそろ、愛に期待するのは止めにしよう。

 そうだ。これで最後にしよう。


 私は心の中でそう決心し――最近何故か魅力的に見える安達太一に話しかけたのであった――。

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