君があり得ないくらい好き好き好き好き好き好き好き好き。

阿賀岡あすか

第1話 異世界転生を断ったら、チート能力を授かりました

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「ねぇ! あれを見て!」

 隣で歩く幼馴染の一之瀬いちのせ 花音かのんは突如道路を指さした。

 視線を道路に向けると、そこではなんと右車線のど真ん中で座り込んでいる子供が! 


 どうやら転んで膝を擦りむいてしまったらしく、子供はひぐひぐと泣きそうな顔で痛みに耐えていた。様子を見るに、道路を横断しようとして転んだってところだろう。



「ちょっと行ってくる!」

「た、太一ッ!?」


 僕は学生鞄を道に放り投げると全速力で転んでいる子供の元へと向かう。子供の存在に気付いた人がいたが、僕が一番近くて早く駆けつけられると思っての全力疾走。


「君ッ! 大丈夫!? 危ないから早くこっちにおいで!」

「ひっぐ……痛い……痛いよ」


 ダメだ、大声で呼びかけるが痛みのせいで気付いてもらえない。どうやら自力で道路から出ることは無理そうだ。ならば!


 僕は道路に入り、子供の両脇を持って持ち上げようとする。重ッ! 僕が人を持ち上げるのが慣れていないということもあるが、子供の上半身を持ち上げるだけで精一杯だ。


 クソッ! こんなことになら運動部にでも入って筋肉でもつけるべきだった! 自分の細い腕を今日ばかりは憎くて仕方がない!


「太一! トラック!!」

 こちらに駆け寄りながら花音が大声で叫ぶ。見ると車線の先にトラックが迫ってきた。子供が転んでいるのに、速度を落とす様子もないどころか、コイツ! 居眠りでもしているのか、額がハンドルにくっついてちゃんと前を見てねぇ!


「くっそぉぉぉぉぉ!」


 こうなったら最後の手段だ! 僕は子供を火事場の馬鹿力で持ち上げ、ハンマー投げの要領でぐるぐると回転する。そして、そのまま子供をブン投げた!


 子供はふわりと空中を舞い――地面に落下する寸前で花音がスライディングキャッチする。花音の膝はボロボロになったが、子供は無事そうだ。


「ふぅ……良かった」ほっと胸を撫で下ろす。


「そんなの言ってる暇あるかいッ!! 早く道路を出なさい!!」



 ――あ。


 安心してたら忘れてた。


 顔を向けると、ただの殺戮兵器となり下がったトラックが目の前にあった。


 そして、



 僕は死んだ。


 * * * * *


「あ~。死んでしもうたか」


 どこからか、気怠さと落落胆が入り混じった声が聞こえた。


 僕は目を開ける。見渡す限りの白世界。雪とかで白くなっているのではなく、白いペンキをこの空間にぶちまけたような真っ白な空間が見渡す限り広がっていた。


 なんだか不思議な感覚だ。なんだか雲の中に入ってしまったかのようであった。現実感がない。


 僕は白い床から立ち上がって呟く。


「まるで異世界転生小説の冒頭みたいだなぁ。ま、そんな訳ないか! あっはっは…………んん?」


 そういえば、僕の記憶が正しければ……。

 僕はついさっき――トラックに轢かれたことを思い出す。


 目を開けた場所が病院とかなら分かる。でも――僕は制服のボタンを外して自分の体を見る。


 やはり、おかしい。

 なんで僕、トラックに轢かれて無傷なんだ?


 あの事故を奇跡的に回避できたとしても、無傷は絶対にあり得ない。だって、トラック轢かれた感じたこともない激痛を未だ僕は覚えているのだ。身を引き裂かれる感覚を。骨が割りばしのように簡単に折れる感覚を。



「じゃあ、夢なのかなぁ……」

 変な夢を見ているという可能性は……なかなか苦しいが、納得できなくはない。あるいは、黒い影を使える不死身になったか。


 うーむ。いくら悩んでも解決しそうにないな。とりあえず、ベタにほっぺたでもつねってみようかな――




「ふぅむ。落ち着いたかの」


 先ほど聞いた声。僕は顔を上げると、先ほどまで何も無かった空間に一人の老人が佇んでいた。


「…………んん?」

 腰はくの字に曲がっているせいか、僕よりかなり小柄に見える老人だが、只者じゃない雰囲気はすぐに感じ取った。サンタクロースみたいな長さの髭で。とんでもない仙人オーラ。


「確か安達太一といったか。まことに言いにくいのじゃが、おぬしは先ほどの事後で死んでしもうた」


「は、はぁ……」いきなり死んだと言われても実感がまるで沸かない。だって、会話できてるし。僕めっちゃ元気だし。


「ってことは、ここは死後の世界ということですか?」

「うむ。話が早くて助かる」

 と老人が深くうなずく。


「正確に言うと死後おの世界じゃのうて、あの世とこの世を繋ぐ架け橋みたいな所じゃ。本来ならば魂が直接あの世に輸送されるのじゃが、ちと問題が起きて、おぬしをここで呼び出すことにしたのじゃ」


「は、はぁ……。ところで、あなたは?」

「おっと、説明するのが遅れたのう。ワシは主に死亡した人の魂を管理しておる、おぬしらの言う神様みたいなもんじゃ」 


「…………そ、そうですか」理解が追いつかないが、一応納得したフリをした。

「じゃあ、さっき言った問題っていったい何なんですか?」

「そうれがのう……」神様は顎に手を当てて、長い髭を撫でた。


「おぬしは本来、あそこで死ぬべきではなかったのじゃ。寿命を全うしとらん。おぬしが運命を捻じ曲げたと言えば聞こえはいいのじゃが、わしら神様サイドからすればなかなか面倒な案件なのじゃ」

「面倒ですか?」


「そうじゃ、もしこのことが他の神様に知られたら、ワシは泣きたくなるほど始末書を書かねばならん。もういやじゃ……現場を知らぬ後輩に嫌味を言われるのは……!」

「………………」


 そう言って、神様は小さな体をガタガタと震わせる。なんだこのリアリティある話は。神様も楽じゃないなぁとなんだか悲しい気持ちになった。


「というわけで、おぬしには……その、なんじゃ。死んでなかったことにしたいのじゃが……駄目かのう?」

「はぁ、生き返るなら全然構わないですけど……でもそれって、隠ぺいなんじゃ――」


「おおそうか! 非常に助かる! どれ早速転生の手続きをしようではないか! どこがいいのじゃ? 剣と魔法が飛び交うファンタジー世界か? ひとつなぎの大秘宝を求める大海賊時代か? 激闘忍者大戦の世界か? なんでもいいぞ!」


「いや……転生とか別にいいので、元の体に戻してくれたら十分なんですが……」

 都合の悪い死は駄目で、都合に合わせた転生は大丈夫らしい。よくわからないが、ずいぶんとアバウトだな神様界。


「ほぅ! なんとな。最近の若者は欲がないのう。うむ。なら仕方がない。代わりにチート能力でも授け――」

「いえ、本当に大丈夫なので。普通に蘇生して下さい!」

「むぅ……」


 僕がそう言うと、何故か神様は不満そうに顎を撫でた。……何か都合が悪いのか?


 ……なんか、悪い予感が的中してしまった。まさか異世界転生小説みたいな展開が本当に起きるとは。驚きというか、神様がこんな雑なのに少しガッカリだ。


 人生に絶望した人なら、この展開は願ったり叶ったりかもしれないけど、僕は普通に今の人生に満足しているし、純粋に家族や友人や幼馴染や彼女と生き別れるのは嫌だ。僕が死んで悲しんでいる姿なんて想像もしたくない。


「仕方がないのう。では転生やチート能力を得るのではなく、蘇生を希望とならば、その願い叶えてやるかのう」


 露骨にやる気を失った神様は、持っていた杖を僕に向ける――と、突然それは強い光を放つ。

「じゃあのう。もう運命を捻じ曲げるじゃないぞ」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 光り輝く杖から、光線のようなものが飛び出し僕の体に直撃する。すると、杖の代わりに僕自身が光り輝き始めた。


 光はどんどん強くなって――

「神様、最後に教えて教えて下さい! なんで色々と教えてくれたのですか? 僕が死んだ瞬間にすぐ蘇生したら別に良かったんじゃあ」


「ふん、そんなもの。実写版異世界転生物語を見たかっただけに決まっておるじゃろ」

「ええー……」


 あまりに雑な返答に怒る気にすらならない。

 とりあえず、上司にこっぴどく怒られろ。


 * * * * *


「ふぅ……いきおったか」

 神様は少年が消えたを確認して、杖をトンと地面に突いた。


「これで少年はこの世で普通に蘇生されるはずじゃ……ふ、ふふふふふふふふふふ――」


 肩を震わせる。しかし決して悲しいからでははく、むしろその逆。これから起きるドッタンバッタンの大騒ぎを想像すると、自然と笑みがこぼれる。


「ふぉっふぉっふぉ! 分かっておる。分かっておるぞ少年よ。本当はチート能力を欲しくて仕方がないが、恥ずかしいから必死で我慢しておったのだろ? 分かっとる分かっとる。神様はなんでもお見通しじゃ」


 チート能力を欲しくない人間などいる訳がない。きっと少年はこの世に戻ってから神様の有難さに涙を流して喜ぶだろう。


「ふぉっふぉっふぉ! 楽しみじゃな!」

 少年には――関わる異性の好感度を爆上げさせるチート能力を与えた。これでラノベの主人公みたいなモテモテ男になるだろう。


 名付けて『俺の人生がハーレム過ぎてヤバいですけどwwww』じゃ!

「よいチートライフを。ふぉふぉふぉ」

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