第16話 たった数時間の恋人関係③
「でさ。恋人になるつったって、具体的に何するるんだよ?」
「そりゃあもう、恋愛のスペシャリストに教えて貰おうかと」
花音は両手を擦り合わせて「ありがたやありがたや」と僕を拝む。……おい、ノープランかよ。
「……手助けしたいのは山々だけど、多分僕と楓の話はあまり使えないと思うなぁ。花音がどんな話を書くか知らないけど、僕たちがやってることはカップル未満のことばっかだし」
「へぇ~。彼女を自宅に泊めた上に、ジャージを貸して同じソファで寝た人の発言とは思いませんなぁ」
怪訝そうな視線を僕に向ける。……そういえば花音は見ていたんだった。
「でも、キスしたことないし!」
「加々爪さんが太一のファーストキスを奪ったって学年で有名になっていたよ」
「………………むぅ」
「最近可愛い女の子ばっかりと遊んでいるし、モテモテだねー! やっぱ八つ裂きにされろ!」
「いや、僕が好きなのは楓だけだし! 加々爪は……その、僕の意思ではなかったとだけ言っておく」
「あっそ」
僕の弁解を彼女ばバッサリと切り捨てる。少し棘のある口調。……もしかして怒ってる?
「というか、太一は覚えていないんだね?」
「何が?」
「……太一のファーストキス。私となんだよ」
「――へ? マジ?」
「マジマジ」
「……………んん?」
花音の言葉が理解できず、顎に手を当ててうーんと唸る。過去を掘り起こそうとするが、いくら掘ってもキの文字すら見当たらない。花音と過ごした記憶の地層が深すぎる。
「……はぁ、やっぱり覚えていないか。バーカバーカ」
「ちなみに、いつ頃ですか?」
「幼稚園」
「絶対覚えてねぇわ。小学生低学年すら危ういのに」
その頃から花音と仲が良くていつも一緒にいたことはなんとなく覚えているけど、どんな事をしいていたなんてまるで覚えていない。というか、覚えている花音が凄いと思う。
……ほぅ。つまり花音の証言が正しければ、僕のファーストキスは幼稚園ということになるのか。めっちゃモテ男じゃん。
「……ふぅむ、むぅ」
「何その微妙な顔」
「いやさぁ。そのファーストキスって僕のでもあるし、花音のでもあるんだよな?」
「モチのロン」
「…………でさ、どっちがしよって言ったの?」
「太一だよ。結構無理矢理」
「…………マジ?」
「マジマジ」
「……そっかぁ…………」
説明されても違和感が凄い。恐らく花音の言葉に嘘はないと思うから、僕は昔無理矢理キスをしたのだろう。
…………うーん? お遊びだったのか、それとも本気だったのか。記憶が無いから結論が出ない。子供の頃の自分が別人格過ぎてヤバい。
「……なんつーか、ごめん」
「なんで謝るのよ」
「いや、記憶に無いけどファーストキスを奪ってさ。それも好きじゃない人に」
「………………それ、本気で言ってるの?」
空気が一変した。間違いなく偶然であるが、外で大合唱するアブラゼミの鳴き声がピタリと止み、この瞬間だけまるで時が止まったかのような静寂が訪れた。
花音と目が合う。彼女の瞳の中に、どす黒い炎がゆらゆらと燃え滾っていた。それなのに花音の顔は不気味なほど無表情で、そのちぐはぐさにあれだけ信頼を置いている花音に――恐怖を覚えた。
怒鳴り合いの喧嘩なら数えきれないほどあるが、今のような心の底で煮えたぎるような怒り方をする花音を初めて見た。
「ごめん」僕は無意識に謝った。彼女の地雷がどこだったなんて考えている暇はなかった。
「………………こっちもごめん」
二人が謝った所でこの話は終わりとなった。
* * * * *
「カップルが何をするか分からないなら、これしようよ!」
気まずい空気を蹴散らしたいのか、花音は無理に引き上げたテンションで話しかける。
スマホにある様々なアプリの中で、花音は右端を指さす。カップルとだけ書かれたアプリ。さっきスマホを弄って何かをしていた様子であったが、アプリをダウンロードしいていたのだろうか?
「いいね! やってみよう!」
出来るだけ花音にテンションを合わせて僕は大きく頷いた。気まずい空気を蹴散らしたいのは僕も同じであった。
花音の指がアプリをタップする。『カップル人生ゲーム~好きな人との仲をもっと深めちゃお!~』というタイトルが画面いっぱいに出る。カップル前提なんですけど。既に適正を満たしていないんですが。
「これは、どういうゲームなんだ?」
「えーと……私もよく分からないけど、とりあえずカップル用人生ゲームらしい」
「……まぁ、とりあえずやってみるか」
「そだね」
僕と花音は頷きスタートボタンを押す。すると入力する項目が現れ、僕と花音は名前と性別を入力する。
普通の人生ゲームだと人の代わりになるピンを車にぶっさして、お互いが出た数字分だけ進み、お金をたくさん集めた人が勝利。最初は職業マスが多くて、家は買っておいた方が良く、フリーターはゲームでも現実でも厳しい――こんな感じだろう。
しかし、このカップル人生ゲームは初っ端から違った。
ピンが車にぶっ刺さってるのは同じなのだが、運転席の青ピンには僕の名前が、助手席の赤ピンには花音の名前が書かれていた。
「同じ車に乗ってるですけど!」
まさかの協力プレイ。既に結婚マスを超えているとは恐れ入った。
「………………」
「………………太一の番みたいだよ」
「お、おうっ」
なんだろう。凄くムズムズする。さっきファーストキスかどうかなんて話をしていただろうか、妙に花音を異性として意識してしまう。
なんだか花音との距離感がつかめない。照れくさくて仕方がないけど、一度やると言って引いてしまうのは僕が怖気づいたみたいでなんか嫌だ。花音が止めようと言ったら速攻止めるけど。
予想だけど、花音も僕と同じく意地を張っているのではないだろうか。さっきから全然目が合わないし。
「――よし」
意を決して、僕はルーレットを止める。――三。二人乗った車が自動的に三マス進む。
『合計で十五マス進むまで彼女を膝枕する』と書かれたマスに止まった。
「うぉい!!」
このマスで全てを察した。
コレ、遊び半分でやっちゃ駄目な奴だ! カップル専用だけあって、初っ端から飛ばしてらっしゃる!
同じ車の時点でおかしいと思ったけど、このゲームは勝つのが目的じゃなくてゴールにつく過程を楽しむゲームじゃねぇか!
「…………じゃ、やっていい?」
「べ、別にいいけど……花音はいいのか?」
「こんなの大したことないよ。何度も泊まった仲じゃん」
「まぁ、そうだけどさ……」
花音の顔は全然大丈夫じゃなさそうなんですが……。耳まで真っ赤にさせた花音は、落ち着きがなくソワソワしていた。明らかに無理をしているが、僕は何も言い出せなかった。
「ゲームの指令だもんね。仕方がないよね。……うん……しょ」
花音は自分にブツブツと言い聞かせ――僕の膝の頭を乗せる。当然ながら、生まれて初めての出来事である。
彼女のサラサラとした髪と、火照った肌の熱さがズボン越しに伝わる。……くっそぉ! 相手は幼馴染だと分かってるのだけど、すっごくドキドキする!
まだいつものノリで馬鹿やりながらだったら変に意識しないでやれたかもしれないけど、今日はなんか色々とおかしい。
「太一の膝……ひんやりとして気持ちいい」
「そ、それはそれはどうも」
「んじゃ……次は私だね」
花音はタップしてルーレットを止める。――六。まずまず進んだ。……ええと、マスにはなんて――
『彼氏の好きな所を三つ言う』
「へええッ!?」
花音が僕の膝から飛び上がって驚く。トレードマークのサイドテールがギュルギュルと円を描いて回転する。
「す、好きな所……かぁ。……どうだろ? ちょっと考えさせて」
花音は両手の指を頭に当てて、一休さんの真似事をする。ポクポクポクと数秒経つと目をカッと見開いて手をおろす。
「『私が勉強で悩んでいる時、絶対に見捨てない優しさが好き』『料理を私好みに合わせてくれる気づかいが好き』『あと……顔が私の好み』」
「…………あ、ありがと」
「う、うん」
僕は心で叫んだ。
――――ビックリするぐらいガチな奴じゃねぇか!
冗談っぽくても良かったんじゃないのか? つーか最後のなんだ!? 初めて聞いたぞ!?
「……次は太一の番だよ」
花音から感じる『私が言ったのに、逃げるのは許さないぞ』みたいな視線。リタイヤなどする気は更々なさそうだ。だってちゃんとルールに守ってまた膝に頭乗せてるし!
……何が恐ろしいって、まだこのゲームが序盤だということである。
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