第28話 崩壊③
まるで見計らったかのようなタイミングでインターホンが鳴るものだから、かなり大げさに驚いてしまった。
ふぅと息を吐いて、僕は落ちたスマホを拾う。どうやら通話が切れていなかったらしく『大丈夫? ねぇどうなったの!?』加々爪の心配そうな声がスマホから聞こえてきた。
「平気。インターホンが鳴ったから驚いて落としただけだ」
『……良かったぁ』
加々爪の安心した声を聞いて、僕は今度こそ別れの挨拶をすると通話を切った。
そして、玄関へと歩き出す。足取りが重い。
どうせアマゾンで買ったものが届いたとかそんなんだろう――自分に言い聞かせる。
でも念のために、普段使わないチェーンロックを使って玄関ドアを少しだけ開けて見ると――
目が隠れるぐらい長い前髪。肩ぐらいの長さの黒髪。
身長は低く、幼っぽい顔立ち。高校生低学年あるいは中学生。
黒縁眼鏡。前髪から除く瞳は黒く、動揺しているのかせわしなく動いていた。
大人しいそうな雰囲気の彼女。彼女は玄関前で呼吸を荒くして立っていた。運動でもしていたのか全身びっしょりと汗をかいており、シャツが濡れて変色していた。
僕は彼女を知っていた。
防犯カメラに映っていた、毎朝手紙を入れていた――由利ちゃん。
そんな由利ちゃんが、必死の形相で僕にお願いする。
「お願いします……私の姉を止めて下さいッ!!」
* * * * *
困った。
ストーカーと思われる人物にお願いされるなんて人生で初めてのことだったため、どうすればいいか全く分からない。
そもそも家に入れていいのだろうか? 駄目だよなぁ。
でも放置することも出来ないし……。
葛藤の末「ちょっと待ってて」とストーカ―を玄関前で待たせると、僕はリビングに戻り加々爪に電話した。
彼女ならこの異常事態にも最善の方法を示してくれると思っての救援要請だった。
事情を説明すると、
『十五分待ってて。すぐに向かうから』
そう言い残すと加々爪は電話を切った。……どうやら駆けつけてくれるようだ。いいのかこれで?
僕はリビングをグルグルと歩きながら考える。
……警察に通報すべきだろうか? ……いや、まだ早い気がする。
頑なに接触を避けていたのに、何故今になって? 由利ちゃんの必死の形相も気になる。
姉を助ける? なんのことだ?
……とにかく、由利ちゃんに聞きたいことが多すぎる。
そして十五分後。自転車を全力で漕いだせいで汗だくになった加々爪が自宅に到着した。
* * * * *
「流石に家にストーカーを入れるのは論外。近くのファミレスに行くよ」
と、至極真っ当な意見を頂戴したので、僕と加々爪と由利ちゃんの三人は歩いて五分程度のファミレスへと足を運んだ。なんという謎メンツ。
僕はグラスに注いだ水を一気に飲み干すと、話を切り出した。
「……その、その由利ちゃん……で、名前はあってるんだよね?」
「はい」
「由利ちゃんは、本題に入る前に色々と聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「……分かりました」
由利ちゃんは覚悟を決めたのか、口元をキュッと引き締めて真剣な眼差しで僕を見た。
「ええと、その由利ちゃんが毎朝僕の家に手紙を入れていたんだよね?」
「――――ッ!」
由利ちゃんは明らかに動揺を示したが、恐る恐るといった表情でゆっくりと頷いた。
「なんで?」
「……お姉ちゃんに言われて……」
「お姉ちゃん?」
僕の隣に座る加々爪が不思議そうに首を傾げる。
「じゃあその姉に言われて、仕方がなくストーカーしてましたって言いたいの? もしかして馬鹿にしてる?」
「と、とんでもないですっ! ……でもっ。本当なんです!」
「………………」
加々爪はチラリと僕を目を向ける。発言の真偽について僕の意見を聞きたいのだろう。
甘いかもしれないけど、僕は由利ちゃんの言葉を信じることにした。
そうしないと、話が前に進まない。
「じゃあ、なんで途中で手紙を送るのやめたんだ?」
「それは……お姉ちゃんが……もういいって……」
「白鹿さんに脅迫の手紙を送ったのは?」
「白鹿……さん?」
「…………知らないのか?」
どういうことだ?
……もしかして、僕に手紙を送った人物と白鹿に送った人物は別人なのか?
そんな事を考えていると、由利ちゃんから衝撃的な言葉が飛び出した。
「白鹿なら知っていますが……その。どっちかなぁって思いましまして」
「……どっち?」
「ええ、私かお姉ちゃんのどっちかなぁって」
「「――――ッ!!」」
僕と加々爪は顔を見合わせて、固まる。加々爪に至っては青ざめていた。
これ以上は聞きたくなかった。
だって、僕と加々爪が想定していた事よりも遥かに悪い事実だったから。
「……もしかして、由利ちゃんの苗字って……」
「白鹿です。白鹿由利です。白鹿凛子は私の双子の姉です」
「…………うそ……」
加々爪が絶句する。彼女は震える手でグラスに手を伸ばすが、上手く掴めずコテンとグラスを倒してしまう。
僕は零れる水を茫然と眺めていた。
……確かに、言われてみれば由利ちゃんは白鹿と雰囲気と顔立ちが似ていた。
由利ちゃんの肌や髪は白くないけど、白鹿のメラニン色素を正常にしてハキハキとした口調にすると、由利ちゃんのようになるのではとすら思える程度にはそっくりであった。
……それにしても、彼女――白鹿由利の発言は、今までの白鹿の印象を根本から覆すものだった。
由利ちゃんの言葉が全て真実だとすると、
手紙を送ることを指示したのが――白鹿凛子ということになる。
それどころか、脅迫文が届けたられたというもの、盗聴器を仕掛けられたというのも――全て自作自演だというのか?
「……え、待って。白鹿由利ってもしかして――ウチの後輩?」
加々爪は自分のスマホを持って、素早く操作して一年生の名簿を表示する。――あった。加々爪のスマホを覗きみると、確かに一年生に『白鹿由利』という名前の人物がいた。その間に由利ちゃんはファミレスに置いてある紙ナプキンで零れたテーブルを奇麗にしてくれていた。
「はい。加々爪さん……ですよね? ……び、美人で有名のっ」
美人の後にちょっと間があったのは、加々爪の悪名の方を知っていて言葉を選んだからだろう。
「……もしかして、白鹿凛子に制服を貸したことがあるか?」
「……は、はい。一度だけ、貸して欲しいと言われたので。……あの、すみませんが本題に入ってもいいですか?」
「お、おう」
白鹿の制服の謎が判明した所で、僕は由利ちゃんに会話の主導権を譲った。
「あの……加々爪さんにもお願いしたいのですが――」
一呼吸開けて、口を開く。
「白鹿凛子――私のお姉ちゃんを止めて下さい」
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