第35話 月が奇麗だから消えて下さい⑤
私は思い返していた。
私の中の幸せな思い出を。
「群青さん。実は君の事が好きななんだけど、どうだろうか?」
放課後を知らせるチャイムが鳴り、私が自宅に直帰するべく机から立ち上がると――すぐ傍に、安達太一という特に接点もない男子高校生が立っていた。
で、訳の分からないことを口走った。
「………………………………」
コイツ、一体何を言っているのだろうか?
まるで今日の宿題は何か? と問うような気軽なノリで告白してきたぞ。馬鹿にしているのか?
どうだろうか? じゃねぇよ。聞くなよ。知らねぇよ。
……え? 本当に告白だよね? 私の聞き間違いじゃなくて。
というか、聞き間違いであってくれとすら思う。
告白なんて初めてだけど、特に嬉しいと思えなかった。
だって客観的に見ると、私を好きに所なんてないもの。趣味が悪いのでは? と逆にコイツを心配してしまう。
コイツが何を思って告白してきたか知らないけど、恐らく罰ゲームで告白してきたのだろう。
……むぅ。そう思うとイラついて来た。コイツの心に深く傷をつけてやろうと思った。
だから私がした選択は――
「…………………………」
目つきが悪いと家族内で定評がある目で強く睨みつけて、私はコイツの横を素通りした。
無視をした。
……のだけど、私が睨むとコイツはちょっと嬉しそうにしていて、余計に腹が立った。
* * * * *
告白を無視したのだけど、そこから奴はしつこかった。
クラスで腫れ物扱いの私に、しつこく毎日絡んできた。毎朝の挨拶はもちろん、昼休みはどれだけ断っても「お昼ごはんを一緒に食べよう!」と毎日寄って来やがるし、放課後は「一緒に帰ろう!」と提案してくる。私が断るとしょぼんと去っていくのに、次の日になると元気になってまた挨拶をしてきやがる。
告白した安達という奴は、どうやらダイヤモンドよりも強固なメンタルを備えているらしい。誠に厄介なものに目をつけられてしまった。
しかし、不思議と安達を嫌いになれない自分がいた。最も、そのことを彼に伝えると調子に乗りそうなので死んでも言わないけど。
理由として考えられるのは、安達は罰ゲームとかじゃなくて、信じがたいことだけど本気で私の事が好きらしい。……まぁ、そのせいで強く拒絶できてないんだけど。
そしてもう一つが、私の嫌がることはしない点だろうか。妙に勘が鋭いというか、普段からグイグイくる癖に踏み込んで欲しくない領域をちゃんと把握していた。もしくは事前に「聞いていいか?」と尋ねて来た。
……そこまで女心が分かるなら、なおさら私なのだろうか?
謎でしかない。
そんな日々がしばらく続き、放課後。
いつものように放課後になると私は一目散に帰宅しようとするのだけど――
「……………………」
外は土砂降りの雨。天気予報では晴れだったのに……。
当然ながら、傘は持ってきていない。どうしようか? 幸い学校から自宅はそこまで遠くない。だけど、どれだけ素早く走ったところで全身びしょ濡れになることは避けられないだろう。
……仕方がない。通り雨だと信じて少し待つとしよう。と、私は図書室で時間を潰そうと踵を返すと――
目の前に、ニコニコと微笑む安達がいた。「げっ」思わず私は顔を引きつらせる。
「提案なんだけど、相合傘と言うのはどうだろうか?」
「………………嫌よ」
私は拒絶する。コイツと仲良く傘を共有するぐらいなら、ずぶ濡れになった方がマシだとすら思う。
別にコイツの事はそこまで嫌いじゃないけど、好きという訳でもない。
付き合うつもりは、毛頭ない。
「じゃあこの雨でどうするつもりなんだ? 今の天気予報を確認したら、しばらく降り続けるらしいぞ?」
「…………あっそ。じゃあ、ずぶ濡れになりながら帰るわ。貴方はその用意した傘で帰るといいわ」
私は彼をあしらうと、玄関から足を踏み出した。大粒の雨が全身をあっと言う間に濡らす。
――冷たい! 全身の肌が逆立つ。一瞬にして体から体温が奪われる。
今日は雪こそは振っていないけど、真冬の雨は恐ろしく冷たかった。むしろ、雪の方がありがたかったのにと心の中で愚痴を漏らす。
あのクソ天気予報士――と私は会ったこともない人に文句を垂らしていると、
「風邪を引くぞ? 僕の傘あげるから、使いなよ」
並走しながら心配そうにしている安達が話しかけてきた。
「結構よ」
「まぁまぁ。そう言わずに。困った時はお互い様じゃないか」
「別に私は困ってないわ。濡れているのは私の意思。邪魔しないで。それに、傘を渡したら貴方が困るじゃないの。何がお互い様よ」
「頑固だなぁ」
「ふん」
「まぁ、そんな所が可愛いだけどさぁ」
安達は意味不明な発言を口走ると、突然意味不明な行動を始めた。
なんと、持っていた傘を閉じたのだ。
「うう。寒っ」
当然ながら、大粒の雨によって安達は制服をみるみるウチに水分を含んで変色していく。彼のふんわりとした髪がべったりと肌に張り付いて、なんだか間抜けな姿になった。
「何してるの? 馬鹿なの? 馬鹿でしょ。馬鹿だよね。この馬鹿」
本心から出た言葉だった。
「馬鹿なのは認めよう。まぁアレだ。僕も今雨に打たれたい気分な訳だ。邪魔しないでくれ」
そういって、安達がしてやったり顔でニヤリと笑った。ずぶ濡れで。
……前々から思っていたけど、やっぱり馬鹿だコイツ。しかも救いようもない方の。
「あ、今笑った」
「えっ!?」
どうやら私は無意識に笑ってしまっていたらしい。慌ててそっぽ向いて深呼吸を繰り返す。
「笑った顔初めてみたけど、めっちゃ可愛いな」
「……うるさい。笑ってなんかないから」
……それから、私が帰るまで他愛の無い話をした。
次の日は、風邪で学校を休んだ。
安達も同じく風邪で学校を休んだらしい。
* * * * *
「太一……助けてよぉ…………」
私は空に見える満月にひたすら願う。か細い声で、ボロボロと涙を流しながら。
両手両足を固定され、私はもう願うことしか出来ないのだ。
叫ぶどころか、声を出すことも苦しかった。喉と胃と腹部が絶え間なく激痛が走っていて、眠ることすら出来ない。
「げほっげほっ!」
咳をするだけで、まるで喉にナイフを突き刺されたような激痛が走り、私は痛みに全身を震わせる。咳をした後は、口の中が血の味がした。もうこの分じゃ、助けを求めて叫ぶことも出来ないだろう。
唯一自由だった口を奪われたので、私はひたすら願う。願うことしか自由を許されていないから。
そして、願うと同じぐらい私は太一に謝る。
「太一……ごめんね……」
別れるって言ってごめんなさい。
この程度の愛でごめんなさい。
太一のことは好きだけど。
もう、一緒にいれないかもしれない。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
許してくれなくていいから。
もう私なんて構わくていいから。
別れてもいいから。
太一には、私なんか忘れて幸せになって欲しい。
私はもう大丈夫だから。
私は、十分すぎる程幸せを貰ったから。
大丈夫。
大丈夫だから。
私は幸せな記憶があるから。
本当に、
本当に、
ごめんなさい。
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