12.君の可能性を見せて

「ツインイーグル、とかいう名前でしたっけ?」


 完全にこれまでの流れを無視して敵に話しかけるアイク。

 あの、まず俺の足の看護を。というか俺に剣を。


「何だ、お前は? 武器も持たずに」

「分かった! きっと格闘家だよ!」

「ぶはっ! あんな弱そうなのに?」


 双頭で笑いあう敵。それも全く意に介さずに、彼は真顔で続けた。


「哲学者、アイクシュテット。君達を、今から倒します」

「お前が? おいおい、俺達をあんまりナメてもらっちゃ困るなあ」


 その言葉に、アイクは小さく首を振って、後ろを指差した。


「僕じゃない。このヒルギーシュがやる」



 …………は? 俺?



「へええ。大した稲妻も打てないヤツがどんな風に倒してくれるのか、期待できるねえ」

 顔が綻んで仕方ない様子のツインイーグル。


「ヒルギーシュ、雷を」

「いや、でもアイツには――」

「いいから」


 何だよ、何企んでるんだよ。


「だーーっ、分かった! いくぞ!」


 気力で手を伸ばして、もう一度魔法を唱える。洞窟の天井が稲光に照らされ始めた、その瞬間。



 アイクがその光めがけて、手を翳す。緑色の強い閃光が瞬いた。



現実態エネルゲイア




 バチバチバチッ! ドガガガガガガガガッ!


 爆音とともに、太い雷が何十本も集中して、ツインイーグルに落ちた。


「ギャアアアアアアア!」

 苦しそうに叫び、ほぼ動けなくなる敵。



「あ、え……? 俺の雷が……なんでこんなに強く……」


「かけたものを『こうなる可能性がある』という物に変化させる哲学魔法です。小さい雷は、魔法のレベルによってもっと大きく強くなる可能性があった」

 俺の前まで来たアイクが、説明を始めた。


質料ヒュレー、つまり素材の中に、形相エイドス、つまり形の変化の可能性があるんです。それが可能態デュナミス。そして、その可能性が実現したものが現実態エネルゲイア


 雷の素材の中に、「更に大きな雷」になる可能性があった、ってことか。


「く、くそ……急に魔法を進化させるなんて……」

 首をフラフラと動かしながら、息も絶え絶えの敵。



「さて、仕上げといきましょう。ヒルギーシュ、魔法で炎、出せますか?」

「ああ、出せるけど……」

 すぐに呪文を詠唱し、掌の上に小さな火の玉を作った。


「ツインイーグル。さっきの魔法は、生物相手にもかかる。そして、君達の前に炎がある。これがどんな可能性を高めるか、分かるかい?」


 暫く黙っていた敵と、炎を見せている俺。ほぼ同時に、その意味に気付く。


「おい、まさか……っ! やめろ、やめ――」



現実態エネルゲイア



「グガッ――――――」


 敵の全身を包む、緑色の閃光。それが止んだときには、ツインイーグルは完全な丸焼け状態になっていた。



「アイクさん!」

「アイ君!」

 イセクタの体を支えながら、レイと一緒にアイクのもとに歩く。


「ありがとうございます!」

「アイ君の魔法はやっぱりすごい!」

 2人の賞賛が悔しいけど、今回は俺も助けられたからな。


「ありがとな、お前のおかげで勝てたよ」

「いえ、ヒルギーシュ。僕はただ哲学の探求が好きなだけです。テオーリアですね」

「なんだそりゃ?」


 首を傾げる俺に「前提として」と言いながら白い前髪を右に払った。


「全てのものには固有の機能があります。そして、一番幸福な状態とは、その機能が十分に使われているときですね。例えば鳥なら、固有の機能である羽を使って飛んでいる状態。じゃあ人間の固有の機能って何でしょうか? イセクタ・ユンデ」

「えっと……孤独を感じられること、ですかね、ヒルさん……」

「どうしたんだよ急に!」

 時折大人びた感じになるの怖いんですけど!


「そうですね、人間の固有の機能は『理性』ですね」

「何事もなかったかのように!」

 勝手に話が進んでいく!


「人間が一番幸福なのは、理性で真理や本質を見極めるときだと僕は思っています。この探求をテオーリアと言うのです」

 なるほどね、アイクの中では固有の機能が使えていて幸せってことか。



「さて、レイ。クエストも片付いたし、いったん本島の方に戻って俺とイセクタは治療しないとだな」

「ヒル君、それなんだけど……羽毛これじゃダメじゃない?」


 彼女が指したのは丸焼けのツインイーグル。

 今回のクエストは、ツインイーグルの羽毛。


「どわああああ! そうじゃん! 焼けちゃってるじゃん!」

 羽毛どうするんだよ!



「アイク、こいつ戻せないのか!」

「あのですね、ヒルギーシュ。変化したものを元に戻すなんて、魔法じゃないんですから」

「変化させたのも魔法だろうが!」

 その「何言ってるんだ」っていう目をやめろ!



「ヒルさん、とりあえず戻って治療しましょう」

「はああ……仕方ないか。みんな、船着場に行くぞ」

 4人で来た道を引き返す。その途中、肩を落とした。



 クエストが達成できなかったからじゃない。攻撃の要の魔法剣士として、力を発揮できなかったからだ。


 アイクがいなかったら危なかった。クソッ、今回の俺は役立たずだ……。



 気がつくと、横にレイがいた。

 少し微笑んでいるような表情で、綺麗な顔がより際立つ。


「ヒル君の固有の機能はさ」

「え?」


「剣と魔法と、それに仲間思いなところだと思う。イセクタちゃんを守って攻撃よけようとしたの、カッコよかったよ」


 そして、見蕩れるようなウィンク。


「そ、そうかなあ、そうかなあ! よおしっ、次のクエストも頑張らないとな! ほら、走るぞアイク!」

「僕は運動は苦手です」


 後ろで、レイがクスクスと笑ってる声が聞こえた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

■メモ:テオーリア

 さて、さまざまな物の観察により、哲学を深めていったアリストテレスですが、彼は観察を続けるなかで、そのものの持つ「固有の機能」を理解します。鳥であれば羽、鍋であれば耐火の材質などが固有の機能にあたるでしょう。


 そして、その機能が十分に使われているときに、そのものは一番幸福であると彼は考えました。鍋であれば、例えば切った食材を入れて保管することも出来ますが、火にかけて炒めたり煮たりしているときが一番幸福ということです。



 それでは、人間においての固有の機能とは何でしょうか。この問いに関するアリストテレスの答えは、物事の道理を判断する力、つまり「理性」でした。人間が一番幸福である状態は、理性を働かせて何かを探求し、永遠に不変の真理や事物の本質を見極めるときである、ということです。


 この、理性による真理や物事の探求はテオーリア(theōria)と呼ばれ、今のセオリー(theory)の語源となっています。


 さて、古代の哲学者はここまでです。

 次からは、近世以降の哲学を見ていきましょう。

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