4.一番大事なものだけでいいの
「ったく、レイがいなかったら今頃焦げたままだぜ」
回復魔法でどうにか治してもらい、更に先へ進む。くそう、前髪がちょっと燃えちまった。
「まあヒルギーシュ、そうボヤかないでください。誰が悪いわけでもありません」
「少しは責任感じませんか!」
俺が突撃するの止めてくれても良かったじゃん!
「いやあ、でも羨ましいなあ! イデアの魔法があれば、アイクさん炎も氷も雷も怖くないってことですよね?」
イセクタが憧れの目でアイクを見つめる。
そう、俺もそう思う。あの魔法さえあれば、敵の魔法など怖くない。体当たりのような物理攻撃には効かないまでも、相手にとっては十分怖い存在だ。
哲学者、アイクシュテット。ひょっとしてコイツ、最強なんじゃないか……?
「イセクタ・ユンデ、それは少し違います。哲学魔法は僕の思想や思考を魔法化するものなので、しばらくして『イデアの考え方っておかしいかも?』となったら、もう使えないですね」
「えっ! じゃあ全部使い続けられるわけじゃないんですか」
「そうですね。そういう意味では、ヒルギーシュやレイグラーフのように色々な種類を使い分けられる方が便利だと思います」
なるほど、思想や思考が変わったら使える魔法も変わるってことか。
「さて、ヒル君、そろそろ寝る場所を探さないとね」
白いドレスを太陽のオレンジに染めて、先を歩いていたレイが振り返る。
「ああ、そうだな」
すっかり夕方。太陽は上空から暗がりを引っ張りつつ、沈み始めていた。
「もう少し行くと、モンスターの少ないエリアになって簡易宿泊所があるはずだ。そこまで急ぐぞ」
「待ってください、ヒルギーシュ。今はまだ行けません」
ゆっくりと首を横に振るアイク。柔らかそうな白い髪が一緒に揺れる。
「どした? この場所に何かあるのか?」
「人間や物体の本質について、良い考えが浮かびそうなので、ちょっとこの場で考えさせて下さい」
「……へ? いや、それは宿泊所で――」
「違うんです。今、ちょうど何かが分かりかけてるこのタイミングで探求したいんです。貴方、熱いものを食べようと思ってるのにしばらく経って冷めてしまってもいいんですか?」
…………メチャクチャ面倒くせえヤツだな。
「わーったわーった。で、いつまで待てばいいんだ?」
「答えが出るまでです」
「却下。明確に期限決めろ。日が落ちきるまでとか」
「じゃあ、気の済むまで」
「話聞いてましたか!」
いつになんだよ!
「ヒルさん、待ってあげましょうよ。また何かすごい魔法が使えるようになるかもしれないですよ!」
グーにした手を楽しそうに振るイセクタ。なんていうか気楽でいいなお前は……。
「アイク、時間やるから。ただ少しは焦れよ」
「ありがとう、ヒルギーシュ」
そして彼は草原の横、突き出た大きな岩に座り、長考を始めた。
***
「よし、浮かんだ!」
「……そうか…………」
どれくらい経ったか、アイクが声をあげた。すっかり夜になった草原で、俺もレイもイセクタもゴロンと、否、ぐったりと横になっている。
「お腹減ったわ……」
レイの金髪ロングが、投げ出されるように地面を這っている。なんか怖い。
「どうしたんですか皆さん。ようやく簡易宿泊所に行けるんですよ?」
「ようやくの度が過ぎるんだよ!」
なぜ人の神経を逆撫でしてくるんだ!
「まあ聞いてください。僕は、あらゆる物には『アレテー』、つまり固有の性質があるという考えを生み出したんです。例えばヒルギーシュのその防具」
俺の腕当てと脛当てを指すアイク。
「もちろん、自分を魔法剣士らしく見せるためでもあります。でも、一番の役割は『身を守ること』ですよね。これが防具のアレテーなのです」
「…………なあ、その話は歩きながら出来るよな」
「続いてレイグラーフの杖のアレテーですが――」
いつも通りニコニコと柔和な表情のレイが、口を開いて遮る。
「アイ君、その話は後でね……これ以上聞いてたら、私アイ君のこと眠らせちゃうかも」
「あ……え……はい」
何でしょう、気のせいか一瞬
「ヒル君、イセクタちゃん、行きましょ」
「…………お、おお」
「い、いきましょう……」
ああ、アレですね。こういうタイプが怒らせたら一番怖いってヤツですね。
少し歩いたところに見つけた簡易宿泊所。ドアを開けた途端、おばさんが申し訳なさそうに眉を下げる。
「悪いねえ、今夜は満室なんだよ。奥の食事処は入れるけど……」
「ほら見ろ、アイク! お前がゆっくり考えてるから!」
「大丈夫です、ヒルギーシュ。宿屋のアレテーというのは本来、『一夜を過ごすこと』ですよね」
また何か言い出したぞコイツ……。
「ということは、一夜が過ごせれば手段はそんなに気にしなくて良い訳です。野宿しましょう」
「そういう問題なの!」
肝心な何かを見落としてる気がします! 快適さとか!
「ヒルさん、ボクお腹減りました……」
「あ、ああ、そうだな」
フラフラと歩くイセクタを引っ張って、奥の部屋、食事処に行く。調理してる人も注文を聞いてる人もいて、宿泊所とは別経営らしかった。
「俺、一番早く作れるメニューで……」
「私も……」
全員でシチューを頼み、勢いよくかきこんだ。残ったスープをパンにつけて平らげ、ようやく空腹とおさらば。
「まだクエスト達成してないから、お金も心許ないわね」
お金の管理も担当しているレイが、袋の中の硬貨を覗きながら溜息をつく。
「大丈夫です、レイグラーフ」
彼女の肩を叩き、立ち上がるアイク。
「この店のアレテーは『食べること』ですよね。だから、支払いは二の次で構わないんです」
「…………は?」
俺達が止める間もなく、「ご馳走様でした」と店員に告げて帰ろうとする。
「ちょっとアンタ! お会計はどうしたんだい?」
「いえ、アレテーは満たしたので特には――」
「何ワケ分かんないこと言ってんだい! 払ってくれなきゃ困るよ!」
「お前、食い逃げする気じゃねえだろうな!」
ぞろぞろ集まってきた3人の店員にこっぴどく叱られるアイク。
「ヒルさん……アイクさんて……」
「みなまで言うな、イセクタ……」
哲学者、アイクシュテット。ひょっとしてコイツ、大バカなんじゃないか……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
■メモ:アレテー
話はプラトンから師のソクラテスに戻ります。
ソクラテスは、「あらゆる物にはそれぞれ、固有で重要な性質がある」と考えました。この性質を「アレテー」と呼びます。
たとえば洋服には、「ファッション=自己主張のため」「商品として売るため」など様々な用途が考えられますが、最も重要な性質は「着るため」ということになるでしょう。自己主張できなくても売ることができなくても服ではありますが、着られなければ服ではありません。つまり、服のアレテーは「着る」となります。
ソクラテスはこの考え方を人間にも当てはめ、人間のアレテーは「知」である、と考えました。善と悪を理性的に判断できる知こそが固有の性質だ、ということです。
彼は、人間が善と悪を学び、正しい道徳的な知識を身につけて実行すれば幸福になれると信じたのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます