14.本当のモノなど

「ううん、闇雲に探しても見つかりそうにないよなあ」


 半島に上陸して、辺りを見回す。

 生憎の探索には向かない曇天模様、広大な土地の遠方は霧に包まれている。


 少し先に、小さく別のパーティーが見える。同じように、キョロキョロと周囲を見ていた。


「あのパーティーも祈り草探してるのかな」

 見晴らし悪いと余計見つけづらいわね、と続けるレイ。ううん、そうなんだよなあ。冒険に悪天候は困りもの。



「ヒルさん、ちょっとモンスターに聞いてみましょうよ」


 近くを駆けていた、パン1斤ほどの大きさがあるネズミのモンスターを見ながら、イセクタが提案してきた。


「あのな、一応俺達は他所から資源を奪いに来たヤツなんだぞ。教えてくれるわけないだろ。戦闘になったらどうすんだよ」

「まあまあ、弱そうな敵ならなんとかなりますって。ボク、エルフだから敵だと思われにくいし。おーい、ねえねえ!」


 無邪気にネズミモンスターに話しかける。

 ったく、これだから冒険初心者はイヤだぜ。


「あのさ、祈り草って見たことある?」

「ん、ああ、さっきまでいたところに幾つか生えてたよ」

「即答!」

 冒険って一体何なんだ!


「大体の場所も分かりましたよ。聞いてみるもんですね」

「イセクタちゃん、すごい!」

 いや、すごいんだけどさ。もっとこう、ほら、ワクワクしながら探したかったなあ、なんて。


「良いですね、イセクタ・ユンデ。では本島に戻りましょうか」

「戻らねえよ! 採って帰るんだよ!」

 報告だけ持ち帰ってどうするんだ!


「それじゃ、その場所に向かうか」

 イセクタが確認した場所、島の北東に向かって歩き出した。




「レイグラーフ、僕は考えたんです」

 細い川の横を歩いている途中、アイクがレイに話しかける。


「数学の公理のような、誰にも反論ができない真理をどうやって見つけるか。いきなりそんなことは出来ない、だから逆で考える」

「逆?」


「レイさん、きっと『誰にでも反論ができる真理を見つける』ってことですよ」

「ふふ、イセクタちゃん、ちょっと違うと思うわ」

 優しいなあ、レイは。俺だったら「じゃあ真理じゃないじゃん!」ってツッコむところだ。


「逆というのは、全てを疑っていくということです。疑わしいもの、反論できそうなものは排除していくんです」

「そっか、それで残ったものが真理ってことね」


「例えば……世界で一番強い剣は『聖なるつるぎ』であると言われています。実はもっと強い剣があるかもしれない。無いと証明できないから、これは真理ではない」

「なるほどねえ」


 と、川から跳ぶようにカニのモンスターが飛び出してきた。真っ青な体色に小振りな岩ほどの大きさ、結構気色悪い。


「このモンスターについてもそうです。疑ってみないと」

 シャキシャキとハサミを振るカニに不用意に近づき、ペタペタ触る哲学者。


「いや、アイク、まずは戦いを……」

「この巨大なハサミに挟まれたら痛そうですよね。でも個人差があるから、痛くない人もいるかもしれない。ということは真理では――」


 ギュッ


「痛い痛い痛い痛いっ! ハサミハサミハサミ!」

「わざわざ近づかなくても話せただろ!」

 お前の神経を疑うよ!



「ヒルギーシュ、貴方は本物のヒルギーシュですか?」


 川を上流に遡るように歩き、日が落ち始めきた頃には、アイクの懐疑はかなり深いところまで進んでいた。


「……は? いや、本物だよ」

「いや、僕が見ている夢かもしれない」 


「夢じゃないっての」

「夢の中の貴方が僕に『夢じゃない』って言ってるだけかもしれません。大体、今自分が夢の中にいないって、貴方自身は証明できるんですか?」


 ……面倒くせえ……。


「アイ君、すごいわね。ホントに徹底して疑ってる。数学くらいしか信じられないんじゃない?」

 水面に乱反射する夕日を手で掬おうとしながら、レイが感心するように話す。


「いや、レイグラーフ、実は数学も怪しいような気がしています。公理なんて物は本当に存在するのか。ひょっとしたら悪霊の仕業じゃないか」

「悪霊……?」


「ええ。数学に長けた悪霊が、騙されるのを面白がって『これが公理だよ』と僕に思わせてるんじゃないかって」


 その言葉を聞いて、イセクタが吹き出す。


「いやいや、アイクさん、それはさすがにないですって! ねえ、ヒルさん! ボクはそれなりにそういうの感じられるタイプですけど、悪霊なんて前ヒルさんが寝てた時の枕――何でもないです」

「そこで止めるの!」


 え、何! 最後まで言って!


「数学の公理を信じ込ませる悪霊、たしかに突飛な発想かもしれません、イセクタ・ユンデ」

「うんうん、突飛だと思う」

「話進めないで、ねえ! 枕って何!」

 怖いんですけど!


「でも、僕らにはそういう悪霊がいないとは証明できません。それに、証明できたとして、その証明自体も悪霊が思い込ませているものだとしたらどうしますか?」 

「ううん、そこまで疑っちゃうと、何も信じられるものはないわよねえ……」

 困り顔のレイ。くうっ、美人はそんな顔もステキ……っ!


「存在というもの自体も疑わしくなってきますね……これは本当に僕の体か……? レイグラーフ、その体は本当に貴女のものですか」

「え? ええ、そうだけど――」


 ペタペタ


 いきなり胸元を触り始めた。


「きゃあっ! ちょ、ちょっと!」


 えええええええ! おま、お前、何を! 俺のレイに、俺のレイの胸に何を!


「気にしないで下さい。あくまで観察です。レイの体そのものに興味があるわけではない」


 触ったうえにひどい言葉を! 哲学の名の下に何でもしていいのか! 俺が日々どれだけ欲望を抑えていると思ってやがる!


「この柔らかい肌は本物……? いや、そう感じている夢を見ているだ――」


 ガゴンッ!


「ヒル君、イセクタちゃん、日が暮れる前に泊まる場所探しましょ」


 笑顔で俺達を手招きするレイ。その足元には杖で殴られて気絶するアイク。



「アイクさん……いい人だったのに……」

「放っておけ……ただの事故だったんだ」


 2人で首を大きく振って、駆け足でレイに追いついた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

■メモ:懐疑

 それまでの哲学は、「自分はこう考える」「俺はこうだと思う」と、それぞれの哲学者が主張しているだけでした。そこにデカルトは「絶対に正しいと皆が認める真理」をもとに哲学を深めていこうと考えます。


 この難しい真理を探すため、彼が取った行動は「全てのものを疑ってかかる」ということ。疑っても疑っても疑いきれないこと、それこそが「絶対に正しいと皆が認める」ものだと考えたのです。


 とても美味しい料理がある。でも、全員にとって美味しいとは限らない。自分は今、花の匂いを感じている。でも、これ自体が夢かもしれない。数学の公理ですら、悪意のある悪霊が「これが公理だよ」と思い込ませているだけかもしれない。


 こうして、ありとあらゆるものを疑っていった結果。残ったものは、皆さんもよく知っている、あの答えだったのです。

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