41.最強の哲学者!?

「お前……何を! 何をした!」


 初めて慌てるような声を出すレッドドラゴン。炎は弱まり、動きも遅くなっている。


「イセクタ、レイ、大丈夫か?」

 2人の体を支えながら、アイクの近くまでゆっくり歩く。


「ええ、ヒルさんは?」

「俺は大丈夫だ。それにしても……」

 これが……こんな弱いのが……レッドドラゴン……?


「やっぱり槍よりこっちの方が合うな……えいっ」

 怪我した足で覚束おぼつかなく走って跳び、アイクはドラゴンの下腹部に掌底をかます。


「ぐああっ……」

 その勢いで3歩下がり、敵はそのまま倒れこんだ。


「おい、アイク、何をしたんだ……?」

「ああ、掌底といって、この掌の手首に近い部分で――」

「その1個前のヤツ! 哲学魔法!」

 何か前に同じようなやりとりしませんでしたっけ!



「死から目を背けた者、つまり世人ダス・マンは、同類と同じことを言い、同類と同じように行動します。つまり、誰でもない、誰とでも交換できる存在なのです」

「ってことは、アイ君の魔法で、他のモンスターと同じような存在になった……?」


「ええ、強さも脆さも、モンスターの平均値くらいになった、というところでしょうか。この半島にはかなり弱いモンスターも多いですから、今のドラゴンを僕達が倒すのは造作ないでしょう」

「すごすぎます、アイクさん! 強い敵には効果抜群ですね!」


 正直、すごいなんてレベルを超えている。敵のスピードを遅くすることすら、賢者クラスの魔法使いでないと出来ない。それを、強さを変えるなんて……。


「今クロンにいる賢者が束になっても、アイ君には勝てないかもね」

「物理攻撃されたらコイツはひとたまりもないけどな」

 レイは口元を押さえて笑った。



「さて、今の俺でも勝てそうだな! 魔法で――」

「大丈夫ですよ、アイクさん! ボクでも勝てます!」

 そう言って弓を準備するイセクタ。レイが残った魔力で、肩の傷を回復してあげる。


「……え、いや、違うんだ、イセクタ。こういうときはリーダーで攻撃の要の俺が――」

「よし、イセクタちゃん、治った!」

「イセクタ・ユンデ、後はとどめです」

「任せてください!」

「聞けよ話!」

 本来は俺の出番なんだよ!



「ドラゴン、連射を食らえええええ!」

「ぐあああああああっ!」

 体中に矢が刺さり、ドオオンと大きな振動と共にレッドドラゴンは倒れた。


「あーっ! ホントに倒しちゃった!」

「やったあああ! ヒルさん! ヒルさんの力を借りないでもボクやれました!」

「借りて! 今度から積極的に借りて!」


 こうして、あっけなく、出番なく、大きな戦いは幕を閉じた。




***




「しっかしアンタ達、よく採ってきたね。無事で良かったよ」

「いやあ、なんとかね」

 クエスト受付所で、おばちゃんが安心したように笑う。


 昨日王国本土に戻ってきたものの、レイに回復してもらった途端に疲労で眠気が襲ってきたので、そのまま宿屋で爆睡。今日改めて換金しに来た。


「ちょっと欠けてるのが残念だねえ。完璧な形だったらもっと高値で売れたのに」

「あ、ああ。帰り道の道中でもモンスターに襲われてね。その時欠けちまったんだ」


 煎じて飲むと、飲んだ人の才能が開花するという鱗。昨日ちょっとずつ4人で飲んだのは内緒だ。



「そうそう、アンタ達のパーティーも大分成果をあげてるからね、称号がつくことになったよ」

「ホントか!」



 すごい! これで俺達も有名人! 伝説の魔法剣士ヒルギーシュのモテ期も到来して、町で「ねえ、私のこと捕まえるクエスト、やってみない?」って声かけられる日も近い!



「で、で、おばちゃん、どんな称号なんだ!」

「えーとね、クエストの管理チームで決めたんだけど、と……」


 言いながら、紙の山を漁る。

「あった、これだよ。『唯一無二の哲学魔法』」

「アイクのことじゃん!」

 だから俺がリーダーなんですけど!


「ヒルギーシュ、称号なんてただの飾りですから、気にせず次のクエストを選びましょう。できたらモンスターとの対話が中心のクエストをお願いします」

「そんなものはねえよ!」

 飾りでもいいから欲しかったんだい!





「はあ……ったく、俺の伝説がちっとも始まらないぞ……」


 ベルシカ行きの船を目指して、港に向かう。次のクエストも難しそうだ。


「そうだ、ヒルさん! 『良い噂を広めないと俺が刺しに行くぞ』って町の人を脅せばいいんじゃないですか?」

「その時点で評判落ちるだろ」

 本末転倒です。


「まあまあ、きっとすぐにヒルさんの活躍も知れ渡りますよ。ほら、その、カッコいいですし、えへへ」


 ホントですか! 君にそんなこと言われたら町の人なんかどうでもよくなりますよ! ああ、女子だったらなあ! 女子じゃない今も変に興奮しちゃうけど!


「ふふっ、面白いパーティーよね」

 先頭のアイクを追いかけるイセクタを見ながら、楽しそうな表情のレイ。


「みんな変わってるわ。私もお酒飲むと記憶無くなっちゃうし」

 記憶が無くなってるときの貴女が一番変わってますけどね!


「でも、アイ君が入ってくれて良かったでしょ?」

「……まあ、そうかもな」




 哲学者、アイクシュテット。哲学魔法で勝てた戦いも多いし、あいつのおかげで魔法剣士として生きる目的も見つかった。


 普段は役立たずだし、哲学魔法のせいで俺より目立つこともあるけど、うちのパーティーにはあいつが必要だな。




「ところでヒルギーシュ。この前の選挙では色々考えさせられたので、国家というものの在り方と真理についてきちんと考えてみようと思うんです」

「また大きな話だなおい」


「なので今回のクエストでは、戦闘は見てるだけでもいいですよね?」

「いいわけないだろ!」


 こうして今日もまた、クエストと真理を追い求める旅は続いていく。




 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

■最後に

 いかがでしたでしょうか? 哲学をコメディに落とし込んでみましたが、いつか機会があるときに、改めて解説の部分を一気に読んでみて下さい。


 どの哲学者も、考え方が一本の糸に繋がっています。また、プラトンからアリストテレス、デカルトからカントといったように、哲学者の思想が時代を超えて進化・深化することもあります。この繋がりと発展こそが、哲学の大きな魅力だと思います。


 まだまだ紹介できなかった考え方や哲学者が数多くいます。興味を持って頂けたなら、ぜひWEBや書籍で調べてみて下さいね。



 末筆ながら、本作をお読み頂き、ありがとうございました! これからもどうぞ良き哲学&コメディライフを!

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パーティー最後の1人は最強の哲学者⁉ 六畳のえる @rokujo_noel

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