22.こんなこと心がけてみました
「ここが火山の一番地下ね」
緩やかな坂を下りきって、レイが辺りを見回す。
地面はところどころ削られていて、おそるおそる下を覗くとマグマがドパドパと渦を巻いて遊んでいた。
吸い込む空気が熱くて呼吸する気も起きない。すぐに鉱石を探さないと。
「この広い一面のどこかにあるんだよな。イセクタ、ジュナイスってどんな物なんだっけ?」
「あんまり目立たない色で、土っぽい石だ、って以外、特にヒントはないですね」
「じゃあほぼノーヒントですね」
ここはそんな石ばっかりですけど。
「あ、熱に強いから、マグマに落として溶けないのがジュナイスです」
「溶けなかったとしてどう拾うんだよ」
そこまで頭回してくれ。
「大体、そんなにたくさんマグマに落とすだけでも大変だろ」
「あ、それは大丈夫ですよ。ジュナイスは少し光る成分が入ってて、遠くからでもキラキラしてるのが分かるので、それだけマグマに落とせばいいんです」
「落とす意味ないじゃん! っていうか特徴あるんじゃん!」
光ってる石集めればいいんですね!
「それにしても、アイ君。さっきの話、道徳的に生きるって難しいわよね」
下をキョロキョロ探しつつ、レイが話しかけた。
「そうなんです。毎回『道徳的に生きよう』と自分に言い聞かせても実施するのは難しいんです。そこで、とっておきの方法を考えました。格率です」
「格率?」
耳慣れない言葉に、3人で聞き返す。
「格率ってあの、起こる可能性を計算するやつですか?」
「イセクタ、それは確率だろ」
俺も一瞬そう思ったけどさ。
「多分もっと難しいやつなんじゃないか」
「あ、そっか。偶然性を持つある現象について、その現象が起こることが期待される度合いってことですね」
「定義の難しさじゃねえよ!」
発想が期待値超えてますよ!
「そもそもお前、なんでそんな難しい方知ってるんだよ」
「アイクさんの数学の本読みましたから」
ああ、そういえば借りて寝る前に読んでた気がするな。
「で、数学自体は解けたのか?」
カチーンと、ブレイズロックのように固まるイセクタ。
「…………ヒルさん、数学の本っていうのは数字を眺めるものですよ」
「絶対違うと思う」
「……だって、難しいんだもん」
ぷうっと頬を膨らませる。
クッ、その可愛さについつい誤魔化されちまうぜ!
「格率というのは、自分で決めた行動の法則、言わば信念のようなものです。夜は早く寝ようと決めたり、食べ過ぎないようにしようと決めたり、自分で心がけることってありますよね?」
「あるある。私もあんまり怒らないようにしてるわ」
溜息をつくレイ。まあ前怒ってアイクのことナイフで刺してましたけどね。
「格率は自分のための行為ですけど、もしその法則が道徳と一致してたら素晴らしいですよね。自発的に道徳的な行いが出来るようになる」
なるほどね。何かあったときに都度道徳的かどうかを判断するんじゃなくて、自分の行動法則に善い行いを入れてしまえ、ってことか。
「そもそもですね、道徳法則というのは見返りを期待するものじゃないんです。お年寄りを助ける、その行為それ自体が目的であるべきなんです」
「それはそうですよね。見返り欲しさでやってるの、ボクも好きじゃないなあ」
「そうなんです。お礼目当てにお年よりを助けたり、依頼報酬目当てにクエストを受けたり」
「後者は仕事ですけど!」
俺達のパーティー全否定だなおい!
「あ、イセクタちゃん、あそこにいるの、モンスターよね?」
「え? ああ、そうですね、モグラの親玉みたいなのがいる」
レイが指差した方を見て、イセクタが頷く。よく目を凝らすと、さっき不戦勝したあのモグラと同種で、俺達と同じくらいの体格のヤツがのそのそと動いていた。
「このエリアまで下りてもモンスターいるんだな」
こちらに気付いたのか、ゆっくりこちらに向かってくる。
「ヒルギーシュ、ここは僕に任せてください」
「へ? いや、いいけどさ。新しい哲学魔法でも使えるようになったのか」
「いいえ、僕も格率に道徳を組み込もうと考えたのです。『困っている人を助ける』ということで、僕がモンスターに対して先陣をきって体術で攻撃します。槍は慣れてないので置いていきます」
「……は?」
「あの、アイ君……」
こっちの驚きも気にせず、突撃するアイク。
当然、敵にも気付かれる。
「何だお前は?」
「哲学者、アイクシュテットだ」
そして。
「えいっ!」
掌の手首に近い部分でモグラのポチャッとしたお腹を打つ。
打撃音も悲鳴もない、静寂。
「ふんっ!」
パカーンッ!
ドサッ
静寂
「アイクー!」
一撃でやられるヤツがいるか!
「おい、イセクタ! アイクを搬送してレイに引き渡せ!」
「わ、わかりました!」
「ヒル君、回復する間、向こうの攻撃防いでね!」
アイクさん、道徳とか別にいいから余計な仕事増やさないでください!
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■メモ:格率
カントは、自分で決めた行動の法則を「格率」と呼びました。休みの日はなるべく外に出よう、お酒は適度な量にしよう、もっと具体的なことで言えば、平日は朝7時に起きよう、というのも格率の一種です。
カント自身、午後3時半きっかりに散歩することを自らの格率として決めていたようで、近所の人はカントの歩いている時間を見て時計を合わせるほど正確に実行していた、というエピソードもあります。
さて、この格率というものは、言わば「自分が『こうした方が良い』と考えて決めたこと」であり、「良心の声が『汝、~すべし』と語りかけてくる」という道徳法則とは異なるものです。
しかし、例えば「お年寄りに優しくしよう」といったように、格率と道徳法則を一致させることが出来れば、自発的に道徳的な行いができるようになります。
こうすることで自然と善い行いが出来るようになり、人々は自由を手に入れられる、とカントは考えたのでした。
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