17.神様からの贈り物?
「今回のクエストはスムーズだったな」
「ええ、あのネズミが場所を教えてくれましたからね」
「あのブルーリーパーとかいう敵もヒントくれたし」
イセクタとレイの返事に思わず苦笑い。そうそう、今回は敵に助けられた。
船着場から船に乗って、本島へ戻る途中。
穏やかな気候に気持ちの良い青空。上空を並走するように白い鳥の群れが飛び、鳴き声で凱歌を奏でてくれている。
「アイクも今回は大活躍だったしな」
「ええ、そうなんです、ヒルギーシュ。僕達をとりまく世界の証明をしないといけないんです」
「お前は俺と会話をする気があるのか」
目も合わせてないし。
「アイ君、真理は見つけられたんじゃないの?」
レイが腰を曲げて、覗き込むようにアイクを見る。
「ええ、『
「そんなの証明できるのか? 昨日まで『この船は存在しているのか?』とか疑ってたのに」
赤い布の服を海風で膨らませながら、一応考えてみました、とアイクは答えた。
「自分の意識や認識は、神が授けてくれた力なのです」
「……は?」
なんだなんだ、随分飛躍したぞ。
「アイクさん、『神に授かりし力』ってヤツですか。うへへっ、随分イタいキャラ目指しましたね!」
「イセクタ、話ややこしくなるからやめろ」
そんなにニタつくなよ。
「でね、ボクも昔はそういうキャラに憧れたことあるんですけど――」
「え、続けるのその話!」
絶対やめると思ってました!
「いいですか。人間は真理も知らないし疑うことも多い不完全な存在です。でも、なぜか『完全』という意識や考え方を持っている。それは完全な存在である神様がいて、僕達に完全という考え方を授けてくれたんです」
黙ってアイクの話を聞く3人。が、俺とレイは少し首を傾げる。
「で、神がいるとすれば、僕達が世界を認識する能力も同じく神が授けたものと考えるのが妥当でしょう。であれば、その能力は間違いなく正しく機能するはず」
「んん、なるほどね……神様がくれた力だから、私達が見てるものとその本体はピッタリ一致するってことか」
「その通りです、レイグラーフ。例えば……イセクタ・ユンデ、僕に向けて矢を放ってください。掠るような感じで」
「え、アイクさんに?」
動揺しながらも、アイクにせがまれ、弓でバヒュッと矢を射る。
近距離とはいえ、やはりそれなりの攻撃力。右足を掠り、何筋かの血が流れ出た。
「
「…………え、それ別の例え出来たでしょ!」
「イセクタちゃん、一緒に早く手当て!」
お前は賢いのか大バカなのかどっちなんだよ!
***
「でもなあ、なんか神様が出てきちゃうと胡散臭いんだよなあ。レイは?」
船が本島に帰港した。流されないよう、紐で固定しているのを見ながら、レイに話しかける。
「そうね、私もヒル君と同意見かも。これまで論理的に考えがまとまってたから、少し唐突かなあ」
「ですよね……僕もそこは気になっていたんです」
握った手を口に当てながら、またブツブツ独り言を漏らし始めた。
そんなアイクを引き連れ、4人で受付所に向かう、その道すがら。
「あ、来たわよ。噂の」
「若いのに凄腕らしいぜ」
「まだパーティー組んだばっかりなんでしょ?」
町の人々の声が耳に入る。
ふっふっふ、遂に来ましたね、伝説の魔法剣士としての第一歩が! さあお若い女性諸君。聞こえていますよ、心の中では「抱いて!」と言ってるその艶っぽい声が!
「どいつだ? 黒い髪の剣持ってるヤツ?」
「違うわよ、白い髪のあの子。最強クラスの魔法使いなんだって。アタシも教えてほしいかも」
「魔法で麻痺を消したらしいの。すごい力! 一緒のパーティー入ってみたいなあ」
なんでこいつなんだよおおお! すみません、誰か強めのお酒をくれませんか!
「アイクさん、すっかり有名人ですね! 別のパーティーが、アイクさんが哲学魔法使ってたの見てたみたいですよ」
「すごいわね、アイ君。伝説になっちゃうかも」
「いえ、僕はただ哲学の海を潜っているだけですから」
ちぇっ、いっそ沈んでしまえ。
「でも、さっきのヒルギーシュの指摘はもっともだと思います。神様を出すことで皆に理解されないのでは元も子もないですからね」
「まあな、なんかもっと収まりの良い説があるといいんだけど」
「ええ、もう一度再考してみますよ。疑うことも大事ですからね。この『祈り草』は本物なのか、とか」
そしてイセクタが持っていた祈り草の束をじっと見るアイク。
「……あれ? あの、草の色薄くなってますけど」
「ちょっとアイ君、『
「え、本当ですか? 無意識に出してしまったかな……」
「悠長なこと言ってる場合か! ストップストップ!」
俺達の叫びも虚しく、受付所の前で姿かたちを消す祈り草。
「こら、アイク! 戻せ戻せ!」
「無理です、僕がもうその存在を疑ってしまったので」
どんだけ怖い魔法なんだよ!
「クエストどうするんだよ! 換金出来ないじゃん!」
「もう、怒りすぎですよ。別人みたいだ。ひょっとして貴方、ヒルギーシュじゃないんじゃないですか」
「だから疑うなっての!」
「ヒル君、消えてる消えてる!」
急激な寒気に襲われ、足元がだんだん薄くなっていく中で再認識。
町の皆さん、こいつはすごい魔法使いかもしれませんが、一緒にパーティーは組まない方がいいと思います。
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■メモ:神の存在証明
徹底的な懐疑により、自分の意識が間違いなく存在することを確かめたデカルト。では彼は、自分をとりまく世界の存在をどのように証明したのでしょうか。そこで彼が用いたのが、「神」なのです。
人間はできないことも多い、不完全な存在です。しかし人間は「完全」という観念を持っています。不完全なものが完全という観念を持てるはずがない、なのに持っているということは神が与えたに違いない。これがデカルトの考えでした。
そしてもし神がいるのだとしたら、外の世界を認識する能力も神から与えられたものでそれは正しいものである、なぜなら神が人間を欺くはずがないからだ、と思考は進みます。この正しい認識能力により、見ている世界(主観)と実際の世界(客観)は一致する、と彼は結論付けました。
いきなり神が登場した時点で、皆さんも少し胡散臭さを覚えたのではないでしょうか。これは当時の哲学界でも同様でした。
絶対的な真理を見つけたデカルト。しかし、彼のこの思考の展開には批判が集まり、そこからまた新しい哲学が生まれていくことになります。
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