Quest 4 鉱石ジュナイス ~カント~
18.君も僕も、みんな一緒
「ヒル君、こっち来て回復して!」
「助かる! イセクタ! 回復の間、お願いできるか」
「もちろんです!」
イセクタが溶岩のモンスター、ブレイズロックに矢を連射する。
俺達と同じくらいの体格で狙いはつけやすいものの、防御力が高いので大したダメージは負っていない。
「アイクさん、援護お願いします!」
「分かりました」
そう言って、慣れない手つきで槍を構え、遠くから刺す。が。
「よし、刺さりました……ん、あれ……? イセクタ・ユンデ、すみません、岩の窪みに挟まって抜けないですね」
「援護もう終わり!」
イセクタがずるっと肩を落とす。はあ、気温のせいで溜息まで熱くなるぜ。
ここはベルシカ半島の西にある火山の中。地下へと続く道があり、モンスターも
今回のクエストの目的は、この火山の奥にあるジュナイスという鉱石。熱に強いので鋳型の原材料などに重宝するらしい。
「よし、回復完了!」
「ありがとな、レイ!」
すぐさま敵に向けて呪文を唱える。
「水で固まってもらおうか!」
何もない上空から大量の水を出現させ、ブレイズロックに浴びせる。
これだけ大量の水なら、水蒸気爆発も起こらない。シュウウ……と音を立て、一気に煙があがり、内側が煌々と赤く燃えていた溶岩は黒く固まった。
「っしゃあっ!」
抜いた剣に力を込め、跳んで上から振り下ろす。
水が染み込んで脆くなった敵は、一撃で真っ二つに割れた。
「わあ! ヒル君すごい!」
「ヒルさん、さすがです!」
2人にキャアキャアと黄色い声で迎えられ、ニヤけそうになるのを必死で我慢して「まあな」とクールに返す。
ぐふ、ぐふふ。これですよこれ! やっぱり俺がこのパーティーの要なんですよ! 他のパーティーもみんな見て! そして俺の活躍を町で広めて!
「ヒルギーシュ、さすがですね。ところで、僕の槍をこの敵から抜いて下さい」
「お前、ホントに武器使えないんだな……」
火山内は相当暑くて体力を消耗するうえ、モンスターも手強いということで、今回はアイクに無理やり武器を持たせた。
といっても、剣を使ったことがないという信じられない冒険者。色々試してみたものの、剣戟は曲がるし弓は外すしと予想通りの不器用さだったため、「突くだけなら出来る」という理由で槍になった。
「まあ僕の本業は攻撃でも防御でありませんから。戦闘で活躍しない代わりに、哲学を深めるわけです」
「代わりが代わりになってないような気が」
結局パーティーの役に立ってませんけど。
「アイ君、この前悩んでた問題、解決した?」
汗ばむ額を拭いながらレイが聞くと、アイクは残念そうに首を振った。
「一歩先には進んだんです。『
「ヒルさん、ボクには難しいんで弓と矢で例えてもらえませんか?」
「例えに使える物が狭すぎる」
意識の話だっつってんだろ。
「『意識』っていう明確な物があるわけじゃなくて、楽しいとか暑いとか日々感じてることが意識だってことよね」
「おお、レイすごいな! 分かりやすい!」
ありがと、と熱で赤くなった頬でニッコリ微笑む。
うひょお! その表情も俺の動悸を激しくする魔法だぜ!
「問題はここからです。今の話だと、意識や概念は全て個人の経験から作り出されたもの。であれば、この4人で経験してきたことは違うはずなのに、なぜ『楽しい』とか『暑い』という意識を共有できるのか」
「なるほどな。完全に同じ経験をしてないと、意識は共有できないはず、ってことか」
「また随分と
会話を遮る、人間のものではない声。高音と低音が重なって響くその不気味な声は、火山の壁に当たって更に不気味に反響する。
俺達の2倍はあるその巨躯のトカゲは、全身を赤く燃やしていた。
「マグマリザード……っ!」
「ああ、よろしく。そしてさよならだ」
ドゴオオオオオオオッ!
イセクタに返事をしてすぐ、とんでもない量の炎を口から吐き出す。
「があっ!」
「きゃあああっ!」
レイの防御魔法もさすがに間に合わない。全員急所は守ったものの、手や足にかなりのダメージを受けた。
「レイ! 回復できそうか!」
「ええ、でも私も今のダメージで大分魔力が落ちたから、少し時間をかけて1人ずつ治すことになりそう」
「それまで攻撃を受けずに、ってことか」
敵を見て思わず苦笑い。
こんなヤツ相手にのんびり回復は望めそうにない。でも、回復しなきゃ攻撃もままならない。
正直、勝つのは相当大変そうだ。
「……大丈夫か、イセクタ」
「ええ、ヒルさん。やっとさっきの話が分かりましたよ」
マントはボロボロのまま、なぜか嬉しそうに口元を緩める。
「今のはお互い共通の攻撃を受けてるから『熱い』って意識を共有できるんですね!」
「今そこはいいんだよ!」
アイクみたいになってるぞ!
「そうか、イセクタ・ユンデの言うとおり……そういうことなのか……」
ほらみろ、本家も何かつぶやき始めたぞ。
「経験は異なっても、その受け取り方は一緒だとしたら……人間が先天的に、経験の仕方・理解の仕方が共通してるとしたら、人間同士なら共通認識を持てる。うん、そういうことなんだ」
「おい、アイク、今は戦いに――」
火傷した足でゆっくりと立ち上がる哲学者。
「ヒルギーシュ、回復のために時間を稼げればいいんですよね」
「は? あ、ああ……」
「なら、任せてください」
そして、また口を大きく開いたマグマリザードと対峙する。
おいちょっと待て、今またアレが来たら避けられな――
【ア・プリオリ】
アイクがそう呟いた直後、炎が俺達をめがけて走ってくる。
だが。
「それ、もう当たらないよ」
炎が、俺達をすり抜けた。
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■メモ:デカルトへの批判とカント
「神が意識や認識能力を授けたのだから、それは正しい」というやや乱暴なデカルトの説は多くの批判を集めます。
結果、ヒューム(1711~1776)を中心として「人間の知識・概念・意識は、経験の集合に過ぎない」というイギリス経験論が生まれました。
デカルトの考えでは、意識が肉体から離れた精神的な実体として存在しているように思えますが、実際は暑い・寒い・幸せ・辛いといった、淀みなく現れる知覚・経験が集まったものが意識なのだ、という意見です。
そして、このイギリス経験論をひっくり返したのが、ドイツの哲学者、イマヌエル・カント(1724~1804)でした。
カントは「意識や概念が全て経験から作り出したものであれば、なぜ異なる経験をしている人同士がお互いの意識・概念を理解できるのか」と疑問を感じます。
別々の物を食べたAさんとBさんは、なぜ異なる経験をしているのに「美味しい」という意識を共有できるのか。カントは思考の末、ある結論に至るのです。
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