Quest 2 ツインイーグル ~アリストテレス~

8.もっとよく見せて

「おっ、アンタ達、無事に初クエスト達成したんだね。おめでとう」

「あ、ども……」


 キノサイトをクエスト受付所で換金し、4人で祝い酒を飲んだ2日後。

 昨日は窓口にいなかった、いつものおばちゃんに褒められた。


「始めのクエストのうちは、攻撃が要だからねえ。アンタ、良い仕事したんだね」

 軽くウィンクしてくる彼女に、「そうですね、エヘヘ……」と愛想笑い。

 重要な戦闘では哲学者が大活躍したなんて言えやしない。


「さて、次のクエストどうすっかなあ……」

 横でイセクタが、長い耳を興奮でピクピクさせながら叫んだ。


「ヒルさん! 簡単で高収入なもの!」

「そんな虫の良い話はないっての」

「出来たら家でもできるもの!」

「せめてベルシカには行けよ!」

 どんだけ怠けたいんだ!


「これなんかどうだい? ツインイーグルっていう、二首の鳥のモンスターがいるんだけど、そいつの羽毛を採るんだ。寒くなってきたから服や布団の材料に重宝されてて、難易度の割にはいいお金もらえるよ」

「よし、じゃあそれで!」


 こうして、次のクエストが決まった。




***




「ツインイーグルは羽があるけど飛べないんです。ベルシカ半島には洞窟が幾つかあるんですけど、その中に生息してるようですね」

 クロン王国の東端から半島に向かう船の中で、イセクタが説明してくれる。


 だが、俺の耳にはあまり入ってこなかった。



 今度こそ、レイとイセクタにカッコいいところを見せなくては。この前のクエストでは某哲学者のインパクトに負けたからな。


 レイにも惚れてもらいたいし、イセクタにも……いや、待て、いいのか? 女子じゃないけどいいのか? いいんだ、男子でもないからいいんだ!



 そして、俺より話を聞いてないヤツがもう1人。


「あの、アイクさん、聞いてましたか……?」

「………………え? すみません、ツインイーグルの存在意義の話までしか聞いてませんでした」

「そんな話はしてません!」

 あのイセクタにツッコませるとは、アイク恐るべし……。


「今ですね、イデアの考え方に疑問が出てきたんです」

 聞いてもいないのに小難しそうな話を始める、面倒な赤服。


「イデアがイデア界にあるとすれば、その存在の実証はできない。そして、実はイデアそのものは、何の役にも立ってない」

「確かにそうよね。イデアを脳内で確認しててもしてなくても、杖を見て『あ、杖だ』って理解したことには変わりないものね」

「なるほど。さすがレイ、分かりやすいな」

 金色の前髪を左手の薬指で分けながら笑う。


「ふふっ、哲学結構好きかも」

 んだとお! アイク、俺からレイを奪うのか! 彼女でもなんでもないけどさ!


「とにかく、ヒルギーシュ。物の認識について新しい考えを得る。これが今回のクエストです」

「全然違います!」

 それは勝手にやってくれ!




***




「うっし、まずは洞窟を探すか」

 ベルシカに着き、大して久しぶりでもない景色を見回す。洞窟は確か東側の方に多いんだっけ。


「あ、見て、ヒル君。面白い色の花」

 レイが指差した先、鮮やかな青色の花びらに「おおっ、すごい!」と感嘆の声をあげる。


 くうぅ! 2人で花を愛でるなんて、まるで恋人じゃないか……!


「……そうか。これが物を認識する方法なのか」


 くうぅ! ここで邪魔してくるなんて、まるで変人じゃないか……!



「僕達はどうやって物を類型化しているのか。花には花の特徴がありますよね。たとえ青々としてて花っぽくなくても、地面に根がはってたり、茎や花弁があることで僕達は花と認識してるわけです」

「特徴かあ。まあそうかもな」


「イデアがあるから花だと分かるわけじゃない。花の特徴を知っていて、その特徴に当てはまっているから、花だと分かるんです」

「確かに! どんなに花っぽくても、牛だったら花じゃないですもんね!」

「イセクタ、例えが下手すぎる」

 なんなんだよ花みたいな牛って。


「とにかく、僕は認識の原理が分かったので、これから色んなものを観察して、特徴を捉えていきます」

「分かった分かった。とにかく洞窟に向かうぞ」


 こうして東に歩いていく。


 程なくして、紫色の沼が見えた。


「ヒルさん、毒の沼ですね」

「っと、道理で変な色のわけだ。みんな、ここは迂回して――」

「ちょっと入って観察しましょう」


 とぽん


 いつの間にか水辺にいたアイクが沼に飛び込む。


「ああ、なるほど。意識が朦朧として……足が溶けるのが…………毒の沼の特徴ですね…………」


 ちゃぷん



「アイクさああああん! 沈まないでええええ!」

「イセクタ、引っ張りあげるぞ!」

「どうしよう、私毒消し持ってないかも!」

 頼むから観察の前に結果の予想をしてくれ!




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

■メモ:アリストテレスと観察

 続いて紹介するのは、古代哲学者三傑の最後の1人にして、哲学史でも「巨人」と位置づけられるアリストテレスです。彼はプラトンが創設した学校、アカデメイアで最も優秀な生徒であり、プラトンの弟子でした。


 そんなアリストテレスは、プラトンのイデアの考え方に疑問を持ちます。

 「イデアは本当に存在するのか。存在するとして、イデアが何の役に立つのか」


 これは正にその通りです。イデアは現実世界のことではないので、証明は出来ません。それに、仮に鳥を見て鳥のイデアと照合していたとしても、そこで何か新しい情報が得られるわけではありません。「」ということに過ぎないのです。



 ここから彼は「鳥を観察して、特徴を整理しよう」「羽やくちばしを持って、卵を産んで、多くの種類が空を飛ぶ。これらをまとめて『鳥とは何か』を定義しよう」と考えました。これは今の研究にも通じるものがありますね。


 そしてアリストテレスは、動物だけでなく、植物・天文・気象とあらゆるものを対象に観察を行い、特徴を体系的に分類しました。今でいう「自然科学」の始まりです。彼が「万学の祖」と呼ばれる理由は、ここにあるのです。

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