7.ここではない、彼方へ

「さて、もういつ見つかってもおかしくないからな。みんな、辺りにそれらしきものがないか、探しながら歩けよ」


 草木の丈が伸び、歩きにくくなってきた。行く手を阻むこの感じに、何かありそうな期待が高まる。


「ヒル君、敵もいるかしら?」

「ああ、いるかもしれないな。戦闘無しで楽に採れるとは思わない方が良い」

「そうですね、レイグラーフ。哲学と一緒です。楽には真理には辿り着けません」

「他の例えはないのかよ」

 真理と並べられてもさ。


「ヒルさーん! こっちにはありませーん!」

 遠くからイセクタの声が聞こえ、大声で返事を返した。


「エルフはかなり目が良いから、探索は適役だな。アイクは目は良いのか?」

「すみません、僕ちょっとイデアについて考えてるんで、静かにしてもらっていいですか」

「いきなり! さっきまで例え話してたのに!」

 マイペースが過ぎるんだよ!



「例えば僕達は、完全である『剣のイデア』を脳内で見ているから、現実世界のある物を『剣らしきもの』と認識できます。じゃあ、その剣のイデアはどこにあるのか、そして何故僕達は脳内で見られるのか。その謎が解けてから探索を続けましょう」

「待ってられないっての」


「いいですか、ヒルギーシュ。これは国家全体の思想、物の認識に対する変革になるかもしれないんですよ。キノサイトが採れたから何だと言うんです? せいぜい国が豊かになるだけでしょう?」

「それで十分じゃん!」

 自分で何言ってるか分かってるの!



「ヒルさん、ヒルさん! ありました!」

 走って戻ってきて、俺の腕当てをコンコン叩くイセクタ。指差す方向、エルフの目だから見える遠方に、キノサイトを見つけたらしい。


「黒くて光ってる石の塊なので、間違いないと思います」

「うしっ、行ってみるぞ」

 敵がいないか確認しつつ、屈んで移動する。


 到着した先は、草原とはまるで違って岩と土に囲まれた殺風景な場所。そこに鈍く輝く鉱石が転がり、それを監視するように、土で出来た巨躯のゴーレムがうろついていた。


「よし。イセクタ、アイク、3人で連続攻撃だ。俺が剣で切りかかるから」

「ボクが弓を連射して」

「最後に僕が掌底ですね」

「悪かった、俺の順番がおかしかった」

 なんでどんどん殺傷力が落ちてくんだよ。



「…………っ! ヒル君!」

 レイの叫び声でゴーレムに向き直る。完全にこちらに気付き、俺2人分はゆうにある高さから、こちらを見下ろしていた。


「お前達……この石……採りに来た……」

 低い声で、溜めるようにゆっくりと話す。

 その間が逆に、戦いの始まりの予感を加速させる。


「お前達……倒す!」

 大股でグアッと一歩近づき、両手を組んで地面に叩き付けた。


「どわっ!」

「きゃあっ!」


 全員で横に飛んで直撃は避けたものの、風に乗って襲ってくる石つぶてに腕や足は赤く染まる。


「さすがにすんなりは……採らせてくれないな!」


 手を前にかざし、呪文を詠唱して水を呼ぶ。天高くから塊になって落ちる水はしかし、ゴーレムの土の体を崩すには至らない。


「ヒル君、止血!」

 杖を構えて回復魔法を唱えるレイ。すぐに血が止まる。


「水はダメみたいね」

「ああ、体もデカいし、この日光ですぐに乾いちまう」


「これならどうだっ!」

 立て続けに矢を放つイセクタ。だが、何本か刺さるものの、およそ致命傷とはいえなかった。


「ダメか……アイク、イデアって物理攻撃には効かないよな?」

「ええ、飛び道具対象ですね。あと、僕ちょっと考え事してるんで、後にしてもらっていいですか?」

「そっち後にしてもらっていいですか!」

 状況考えろよ!



「倒す…………倒す……っ!」

 もう一度、両手を組んで、レイに向かって振りかぶるゴーレム。


「危ねえっ!」

 ドガガンッという不協和な響き。抜刀した剣で拳を受け止めた。

 顔も近づけて押し潰そうとする敵に、跳ね返そうとする俺。

 完全な鍔迫り合い状態。


「ぐうう……おい、イセクタ、攻撃できるか!」

「目を狙いたいですけどヒルさんと近すぎます! 他のところに当てても効果無いですし……」


 だよなあ。とにかく一度、こいつを押し返して立て直そう。

 そう考え、剣を握る手に一層の力を込めようとしたときだった。


「よし、ヒルギーシュ。終わりました」

 戦闘中とは思えない、清々しささえ感じさせる顔つきのアイク。


「おかげで良い収穫がありました。ここから先は僕が」


 そう言って、一歩、また一歩と敵に近づく。やがて、相手に掌を向けた。

 俺の左まで前進したアイクに気付き、顔を向けるゴーレム。


「お前も……倒す……石、守る……」

「悪いけど、それはクロン王国の物だから僕達にも権利はある。倒されちゃ困るから、


 そして、相手に向けて手をかざし、すうっと息を吸った。



想起説アナムネーシス



 その瞬間。ゴーレムの体はみるみる透明になり、あっという間にいなくなってしまった。残っているのは俺達4人と、キノサイトだけ。


「へ……? 消えた……?」

「イデア界に送ったんです」

 事も無げに話すアイク。


 ちょっと待て。お前が、お前が魔法で消したのか……?


「僕達は生まれる前に、魂の姿で、イデアが集まっている『イデア界』を見ていた。だから今、この現実でもモノを認識することができる。つまり脳内で、生まれる前の記憶を思い出して照合している。そう思考がまとまったら、この魔法が使えるようになりました」


「あ、あの、アイ君、そのイデア界ってどこにあるの? ゴーレムはどこに行ったの?」

 レイの問いかけに、彼は目を少し開いてヒラヒラと手を振った。

「さあ、それは僕にも」



 その答えに、レイは驚きを隠せないままヘタッと座り込む。

「信じられない……消失魔法なんて、過去の魔法文献にも伝説程度しか書いてないのよ……」


 そう、それは俺も知っている。現存する賢者クラスの魔術師でも習得できない魔法。それを、思考しただけで具現化……? しかも、あれだけ巨躯のモンスターを……?



「じゃあ、キノサイトを採りましょう。僕達の初クエストです」

「お前が仕切るなっての。よし、イセクタ、レイ。みんなで拾おう」

「ええ、イセクタちゃん、競争よ」

「やった! ボク負けませんよ、レイさん!」



 笑顔で2人の後を追いかけながら、横を歩く同い年の男子を見る。

 くすんだ赤い一枚布の服に、サラサラの白い髪。身なりも変わってれば、職業も変わっていた。



「なんですか? 僕の顔に何かついてます? 思想とか」

「何なのその難解なギャグ」


 哲学者、アイクシュテット。

 面倒事も多いけど、こいつ、本当に最強かもしれない。



 

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■メモ:想起説アナムネーシス

 プラトンの代表的な思想といえばイデア論(https://kakuyomu.jp/works/1177354054884296205/episodes/1177354054884550767)ですね。この世界ではない別のどこかに「完全なモノ(例えば、完全な牛)」が存在し、現実世界である動物を見たとき、頭の中でこのイデアを同時に見ているからこそ、目の前のものを「牛らしきもの」と認識できる、という考え方です。


 では、そのイデアとはどこにあるのでしょうか。プラトンはこの問いに「現象界と呼ばれる現実世界とは異なる『イデア界』に存在する」と結論付けています。


 そこで更に深まる謎。なぜ私達は、現象界でモノを見たときに、脳内でイデアを見ることができるのか。プラトンが出した答えは「」というものでした。


 私達が生まれる前に、私達の魂はイデア界で限りない数のイデアを見ている。だから、脳がそれらを思い出して、現象界で視覚的に見ているものと比較が出来る、ということです。


 この思い出す行為を、彼は想起説アナムネーシスと呼んでいます。字の如く、まさに「想い起こす」ですね。


 ソクラテスとプラトン、彼らの思想は哲学そのものの礎となり、次のアリストテレスへと引き継がれていきます。

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