9.君がいる理由

「お前な、少しは反省してるのか」


 毒の湖を迂回して洞窟に向かう中、回復したアイクがペコッと頭を下げる。


「ええ。さすがに今回はすみませんでした。やりたいことがあると周りが見えなくなるタイプで」

「だろうな」

 まだ足先は軽く溶けてるんだからな。魔法が効くまでジッとしてろよ。


「あ、見てください、ヒルさん。動く花ですよ」

「うお、なんか気持ち悪い!」


 俺達の半分くらいの背丈の花。茎の先が足のように2つに分かれ、手のような葉っぱを振ってひょこひょこと歩いている。


「へえ、なんか可愛いわね」

 レイより先に近づく哲学者。


「これは観察しないといけませんね。特徴は植物だけど、歩行ができるという点では動物……?」


 思いっきり顔を近づけると、案の定。

 バシンッ!


「イテテテッ! 痛いっ! 葉っぱ! 葉っぱで頬を殴られた!」

 その場で転げまわるアイク。

 お前はトラブルしか起こさないのかよ……。


「アイ君」

 起き上がったアイクの頬を、レイが撫でるように触れる。


 そして。


「ちょっとだけ大人しくしてくれると、嬉しいなあ」

 シュウウッという音と共に薄く煙が立ち込め、瞬時にレイのまぶたが閉じた。


 俺とイセクタの方を向き、イノセントに笑う。


「魔法で寝かせたわ。さ、ヒル君、おぶってあげて。今のうちに行きましょ」

「おう……」

「は、はーい……」

 ホント、こういうタイプが一番怖いんですよね。




***




「んん……あれ、いつの間に」

 かなり高さのある大きめの洞窟を見つけ、ツインイーグルを探すために中に入ったあたりで、背中にいたアイクが目を覚ました。


「いいか、洞窟には変な動物やキノコも多いから興味あるだろうけど、俺達の目のとどく場所にいろよ」

 20歳の男子にする注意とは思えない。


「大丈夫です。皆さんが見える範囲で色々観察してますので」

 こうして、ツインイーグルを求めて、洞窟の探索が始まった。



 俺とレイとイセクタは、道を探す。キノコや花を食料として調達する。出てくるモンスターと戦う。


 アイクは観察する。道も、キノコも花も、モンスターも、五感を全て使って観察する。モンスターを間近で見て、思いっきり蹴られてた。やっぱりただのバカなんじゃないか……。


「なるほど、これがキノコの特徴……いや、菌類の特徴なのか……?」

 独り言を呟きながら、観察したことを手持ちの小さなメモ帳に書き記している。


「そこからの話か……」

 しばらくして、合点がいったように大きく頷いた。


「レイグラーフ、僕は少し成長した気がします」

「え、そうなの? 観察のおかげで?」


「ええ。キノコの特徴そのものは、大体分かりました。今自分が興味があるのは『キノコとはそもそも何なのか』です」

「そもそも……?」

 首を傾げるレイ。


 うん、本当に可愛い女子は、首を傾げるだけで絵になるね! 白いドレスの清楚な感じに、その無邪気な表情が最高だよ! 見てるだけでトースト3枚いけるよ!


「少し言い方を変えると、『なぜキノコがこの世界に存在しているか』ですね。これはキノコに限りません。この世に存在する全てのものについてです」

「へえ、存在そのものについて考えるってことね」

 聞いていたイセクタが、俺の服の袖を引っ張る。


「存在の話って、昔から議論されてましたよね。ニワトリが先かチキンが先か、みたいな」

「それはニワトリだと思う」

 片方間違えてますよ。


「いいですか、イセクタ・ユンデ」

 アイクが肩をポンと叩いた。


「これは、人間以外の種族にとっても大事な考察です。そもそもなぜエルフというものが存在しているのか。それは……ええ……それは…………」

 腕を組んで考え込んだ末、彼は閃いたかのように爽やかな表情で続けた。


「例えば、人間にとっての食料かもしれない!」

「何かもっと良いのだせよ!」

 イセクタ見ろよ! 涙目になってんじゃん!




「こんなところまで来るとはなあ」

 トーンの高い声、流暢な言葉に4人で振り向く。

 まるで勇者のように、立派な剣と盾を持って2本の足で歩く、トカゲのような爬虫類のモンスター。


「ハイリザード、とかいう名前だったか。ツインイーグルの居場所を探してるんだけど、知ってるか?」

「知ってたとして、教えると思うか?」



 俺と敵、お互いニイッと歯を見せて笑う。



「っしゃあっ!」

 突撃しながら剣を抜いて、飛びかかって振り下ろす。

 鈍い金属音と共に、斬撃は盾に受け止められた。


「イセクタ!」

「分かってます!」

 俺の返事を待っていたかのように、弓が相手の足に突き刺さる。


「ぐあっ……」

「レイ! 麻痺させろ!」

「任せて!」

 杖を構えて、透明な声で呪文を詠唱する。敵の体から力が抜け、膝から崩れた。


「よし! アイク、イセクタ、両腕を押さえてくれ!」

「分かりました」

 うつ伏せにして、とどめを刺す準備。が、右腕の押さえ方が不十分。


「ううん、存在っていうものは、どういう軸で理解すればいいんだ……何か見えそうな気がするんだけど……」

「おい、こら! しっかり押さえろ!」

 いいんだよ存在なんか! みんなテキトーに存在してるよ!


「クソッ、離せ!」

「うるさい。お前の負けだ」

 剣を振りかぶった直後。


「……いや、これも違うな……」

 両手を口元にあてて考え込む哲学者。

 それを見て、両手を顔にあてて落胆する白魔術師。


「やったぜ。多少痺れてても片手が使えればこっちのもんだ」

「ちょっとアイクさん!」

「バカアイクー!」

 お前はどっちの味方なんだよ!



「うりゃっ!」

 ハイリザードが右手にグッと力を込めて跳ね起きると、小柄なイセクタは反動で飛ばされた。


「ぐふっ!」

「イセクタちゃん!」

 駆け寄るレイを、剣と盾を持ち直して愉快そうに笑う。


「へっへっへ。俺とエルフじゃ、体格が違いすぎるぜ。それに、俺のウロコは麻痺や毒が効きにくいんだ」

「………………それだ。形と質だ」

「……あ?」


 モンスターが、急に口を開いた哲学者に目を遣る。


「そうか、形相エイドス質料ヒュレーなんだ。君、教えてくれてありがとう」


 いきなりハイリザードを君呼ばわりし、礼を言って近づくアイク。

 その怪しい行動に、相手はやや呆然としていた。


 そして、相手が持っていた剣の柄を握る。



質料ヒュレー



 おびただしい量の煙が巻きおこった、後。



 敵の剣が、ただの金属塊になった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

■メモ:形而上学メタフィジカ

 観察を繰り返すことで、自然科学の礎を築いたアリストテレスですが、彼が「自然科学に先立つ学問」と位置づけて探求していたのが、メタフィジカと呼ばれる形而上学けいじじょうがくです。


 例えば、「花の葉っぱは、どんな働きをしているのか」「葉っぱは、何から出来ているのか」といったものを調べるのが自然科学です。


 一方の形而上学は、「葉っぱとはそもそも何か」「葉っぱも含めたこの世界の物は、何故存在しているのか」を考えます。まさに、形而下=五感で感じられるもの、を超えた学問ですね。


 アリストテレスは「葉っぱとはそもそも何か」という、この形而上学けいじじょうがくの中で、物の本質に迫っていきます。

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