10.元に戻れ
「な、何だ! 剣が……剣が塊に! お前、お前、何をしたんだ!」
驚嘆のあまり、叫ぶように声を張り上げるハイリザード。
「別に。ちょっと原料に戻しただけだよ……ああ、こっちもだね」
アイクは、逃げることも忘れている相手の盾を触る。
【
またもや煙が立ち込め、盾を包む。やがて煙が消えると、ゴトンッと音を立てて、金属塊が地面に落ちる。
「何だあれ……」
俺もイセクタもレイも、言葉が出ない。
魔法については師匠にたくさん習った。習得しなかったけど、回復魔法だって補助魔法だって、知識として詰め込んだ。
この哲学魔法は、そんな魔法体系の範疇外にある。物を素材に戻す? そんなの、作る前に時間を逆戻りさせてるようなもんだ。
「ヒルギーシュ、今です」
「……あっ、おう!」
もう抵抗する気も無くしたらしいハイリザードの胴を切りつけ、あっけなく戦闘は終わった。
「すごいわね、アイ君!」
興奮するレイ。イセクタも一緒になって騒ぐ。
「びっくりしましたね、ヒルさん! はじめ、手の熱で溶かしてるんだと思いました!」
「その発想にびっくりしました!」
どんだけ出てるの、その体温。
「アイク、時間を逆戻りさせる魔法なのか?」
「ああ、いえいえ。そういうわけじゃないですよ。僕は『物』そのものの本質を考えていたんです」
洞窟を奥へ歩きながら、アイクが続ける。
「色んな物を観察して、何となく答えは出かかっていたんですけど、あの敵の言葉で気付きました。エルフは小柄で茶髪で長い耳、ハイリザードはウロコで長い尻尾。それぞれの『形』が違うから、種類が違う。物の本質は、それが何であるかを表す形だ、と考えたんです」
「へええ。脚と天板があって色々置けるようになってるのが、机の本質、みたいなことかしら?」
「誰かと遊んだとしても埋まらないのが、寂しさの本質ってことですかね?」
「レイグラーフのはあってますが、イセクタ・ユンデのは違います」
バッサリ切り捨てる。イセクタの例えは何なの。20歳の若輩者には難しすぎる。
「で、その形のことを
「つまり、この世界のものは形と素材で表せるってことね」
「さすがだなレイ。頭の回転が速い」
「ふふっ、ありがと、ヒル君」
わぁお! そんな微笑みで返されたら、俺も溶けてさっきの金属塊みたいになっちゃうよ! 天使! レイの素材は天使です!
「ですので、さっきの
なるほど、それにしてもすごい技だなあ。
「敵に対してだけ使えるのか?」
「いいえ、多分違います。ヒルギーシュが持ってるそれ、銀の剣ですよね?」
「ああ」
ちょっと失礼します、と言って、彼は俺の剣の柄を握って、
さっきと同じように煙があがり、やがて手に持っていた剣の感覚が無くなる。
「おわっ」
ギャンッ、と高い音をたてて、座れそうな大きさの銀塊が転がった。
「すごいっ! ヒルさん、高く売れそうですよ!」
「なんで売るんだよ」
俺の武器はどうする。
「こんな感じですね。目玉焼きに使えば生卵になるかもしれません」
「面白いな!」
俺が覚えてる攻撃魔法より、哲学魔法は広がりがあって楽しいしすごい……ってちょっと待て!
おい、違うだろ、ヒルギーシュ! お前が感心しててどうする! お前の目的はなんだ? 魔法剣士として功績をあげて、みんなからチヤホヤされて、「アタシ……ヒルギーシュとなら……いいよ?」ってちょっと長めのドレスの袖を指で押さえてる女の子とハッピーな英雄ライフを送ることだろ!
一刻も早く良いところを見せるんだ! そしてパーティーメンバーにも噂を広めてもらうんだ!
「よし、どんどん進んでいくぞ。アイク、これ戻してくれ」
「…………はい?」
「いや、だから、戦闘で使うんだから剣の形に戻してくれよ」
「いや、すみません、直し方までは知りません」
「えーーーーー!」
洞窟探索、道半ば。クエスト、道半ば。
俺の武器が無くなりました。銀塊重いです。
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■メモ:
存在そのものを考える
そして、その「物」本体の本質は、そもそも何なのか。彼の出した答えは「形」でした。ネズミならヒゲや尻尾、馬なら長い首やタテガミ、ナイフなら食べ物を切れる刃……こうした、固有の特徴を持つ「形」が本質だと理解したのです。これを
更に、同類のものでも素材が違えば大きく異なります。金属のナイフもあれば、簡易なプラスチックのナイフもありますね。この素材のことを
アリストテレスは、「ガラス素材」+「花を活けられる形」=「ガラスの花瓶」のように、あらゆる物や生物はこの
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