11.獲物が笑う、哲学者も笑う

「ぐっ……ちょこまかと!」

「へっへーん、エルフはすばしっこいのが武器なのさ!」

 イセクタがハイリザードを翻弄している間に、こっそりアイクが近づく。


「アイクさん!」

「分かりました」

 剣に触れ、あの呪文を唱えた。



質料ヒュレー



「なっ……! 剣が……!」

「あとはボクが!」


 体格差があるとはいえ、相手が武器を持ってなければ、素早いイセクタが戦うのは造作ない。

 服に入れていた短剣を取り出し、瞬時に接近して、相手の胸に突き刺した。


「やった! レイさーん、やりましたよー!」

「イセクタちゃん、お見事!」


 レイとイセクタでハイタッチ。レイの長い髪がふわっと踊る。


 俺は両手で銀塊を抱えてるので、ハイタッチどころではない。


「すごいわね、ヒル君に頼らないでもちゃんと戦えるのね」

「はい、ヒルさんの手煩わせてしまってもアレなので」

「ははは……」

 とびっきりの愛想笑いを浮かべる。


 やることがねえええええ!



 剣がなくなって1日半。野宿を繰り返しながら、迷路のような洞窟を歩き回るけど、そんなことは辛いうちに入らない。


 この戦闘は何だ! 銀の剣がただの立方体になったせいで、ひどい有り様だ。


 魔法使うにもいちいちこの重いのを置かなきゃいけないから大変だし、そもそも魔法使わないでもアイク&イセクタのコンビで十分戦える。


 じゃあ俺は! 俺の存在意義は! 哲学者みたいなこと言ってるぜ!



「まあでも、さっきからハイリザードしか出てこないので勝ててるだけですけどね。魔法や物理攻撃を駆使する敵だと、ちょっと厳しいです」

「そっか、さっき試してましたもんね」


 ウンウンと頷くイセクタ。モンスターや魔法を触っても、質料ヒュレーは効かなかったもんな。魔法の対象範囲が物質なんだろう。



「それに、喜んでばかりもいられません。僕は今、形相エイドス質料ヒュレーの関係性を考えているんです」

「え? 素材と、その素材で作った形、っていう話じゃないの?」

「いえ、レイグラーフ、もう少し深い話のような気がしてならないのです」


 腕を組んでグッと頭を垂れ、考え込むアイク。あの、早く歩いてくれませんか。これ重いんですけど。


「レイさん、ボクちょっと思いつきましたよ」

 耳をピクピクさせて自信満々に人差し指を立てるイセクタ。


「例えばソーセージを何本も素材にして、それを椅子の形に組み合わせて座れるようにすれば、ソーセージでもあり椅子でもある物になるんじゃないですか?」

「……え? あ、え、うん?」

 レイ困ってるじゃん! ワケ分からないアイディア出すなよ!




「それにしても、かなり奥の方まで来たな」

 俺の言葉に呼応するかのように。


「ああ、ここまで来れるヤツもそんなにいないぜ。褒めてやる」

 声が響き、足音の代わりに風をきる飛行音が響く。



 姿かたちは鳥そのもの、体格は俺達の1.5倍、そして首が2本に頭が2つ。


 今回のクエストの獲物、ツインイーグル。



「……今回は、ヒュレーの魔法は使えそうにないですね」


 相手がハイリザードのように武器を持っていないいことを確認し、イセクタが改めて身構えた。

 俺も剣だったものを置き、手を前に翳す。


「ツインイーグル、俺の魔法、耐えられるかい?」

「当ててから言いな」


 右側の顔が話す。

 会話の終わりが、戦闘の始まり。


「雷だ!」


 呪文を唱え、何もない洞窟の上空から無数の雷を発生させる。

 稲光が明滅し、辺り一体を白色に染めた。


「このくらいなら、どうってことないなあ!」


 しかし、攻撃自体はほぼ効いていない。雷を巧みに避けながら、こちらに突進してくる。


「遅い遅い!」

 弓を放とうとしていたイセクタに、左側の顔が首を伸ばして強烈な体当たり。

「ぐあっ!」

「イセクタ!」


 横に飛ばされて俺にぶつかり、2人一緒に倒れこんだ。


「大当たりー! やっぱり俺達は攻撃の才能あるな!」

「ああ、4人くらい造作なく倒せる!」


 左右の顔でお互いを褒め称えた後、同時に口を開く。

 口の奥に光の玉が生まれ、それがどんどん巨大化していった。


「クソッ……でも動かずにいるなら、当て放題だな!」


 上体を起こして、再び魔法を唱える。だが、一気に3本の雷が当たったものの、敵は平然と力を溜め続けていた。



 そして。


「食らっとけ!」


 同じタイミングで放たれた、軌道の異なる2つのエネルギー弾。


 どう避けるか整理のつかないままイセクタを抱えて横に跳ぶものの、片方の攻撃が俺の足を直撃した。


「がああああっ!」

「ヒルさん!」

「ヒル君!」


 すぐにレイが回復しようと近づくが、ツインイーグルが突進の構えを見せていて、迂闊には動けない。



「ヒルギーシュ、あの敵にはなぜ雷が効いていないんですか?」

 少し遠くから、冷静に質問するアイク。


「ヤツは体がデカいからな。羽毛が分厚くて、あのくらいの雷じゃ大したダメージにならないらしい」

「もう少し大きい雷を出すことは?」

 彼の問いに、右足が痛むのを我慢して苦笑いしてしまった。


「俺がもう少し魔法使いとして経験を積めば、相当大きな物も出せるようになるんだけどな……今は難しい」

「大きな雷になる可能性……可能性……」

 そのままブツブツと何かを呟くアイク。そして、得心したように微かに笑った。


「なるほど、小さい雷の中に、大きな雷になる可能性が内在してるんですね。つまり可能態デュナミスだ。そして、その可能性が実現すれば現実態エネルゲイア

「…………へ?」


「これが、形相エイドス質料ヒュレーの関係。哲学魔法の完成です」

「え、ここで哲学にいくの!」

 完全に戦闘の話してたのに!




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■メモ:可能態デュナミス現実態エネルゲイア

 現実世界の動植物や気象を観察し、形相エイドス質料ヒュレーという考えを生み出したアリストテレス。彼は更に研究を進め、この「形」と「素材」の関係性を見出そうとします。


 その中で辿り着いたのが、質料ヒュレーの中に実現可能性のある形相エイドスが内在している状態=可能態デュナミスと、その可能性が実現した状態=現実態エネルゲイアです。



 定義だけでは分かりづらいので、花を例に考えてみましょう。


 種は、将来芽になる可能性を持っています。つまり、芽の形相エイドスが内在している状態、可能態デュナミスです。


 そして、土に埋めて水をあげて、芽が出る。可能性のあった形相エイドスが実現した状態、現実態エネルゲイアですね。


 さらにこの芽というものは、花になる可能性があるので、可能態デュナミスでもあるわけです。


 そこから、花になると実をつける可能性が、実をつけるとジャムになる可能性が……と続いていきます。もっと言えば、種もまた、花から出来る可能性が実現した現実態エネルゲイアと言えますね。



 このように、全ての物は「何かになろうとする力」があるとアリストテレスは考え、質料ヒュレー(素材)の中に形相エイドス(形)の可能性がある、と関係づけたのでした。


 さて、この哲学思想、どんな魔法に変わるのでしょうか。

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