2.厄介モノの不思議な技
「哲学……名前だけは聞いたことあったけど、本当に学んでいる人がいるのね」
レイが、自分より僅かに背の高いアイクシュテットをまじまじと見た。
「アイ君、何か修行はしたの?」
なんか可愛いあだ名がついてる。
「ええ、レイグラーフ達と一緒ですよ。祖父が自称哲学者なので、彼に色々学び、僕も世界をいろいろ覗きたいと思っていたら、ちょうどこのパーティーの募集があったので」
「そっか、じゃあボク達と一緒に冒険だね!」
「ちょ、ちょっと待てイセクタ!」
現パーティーメンバーの2人を酒場の隅まで引っ張る。
「お前ら、アイツを連れてくのか? 多分戦闘の役に立たないぞ?」
「ううん、それはそうですけど……じゃあヒルさん、またメンバー来るの待ちますか?」
「ヒル君、今度は何ヶ月かかるか分からないわよ?」
「ぐう…………」
また待ちぼうけは辛い……。
「だーっ! 分かった!」
ひとしきり叫んでから、白い髪の哲学者のもとに戻る。
「お前をメンバーとして迎えよう。俺が魔法剣士のヒルギーシュだ」
「白魔術師のレイグラーフよ」
「弓使いのイセクタ! アイクさん、よろしくね!」
俺達の自己紹介に、彼は微かに笑みを見せる。
「哲学者のアイクシュテットです。よろしくお願いします」
こうして、パーティーの最後の1人がようやく決まった。
***
「えっと……じゃあこの『キノサイト』って鉱石を採りに行くよ」
「あいよ。場所も分かりやすいし、初心者にはちょうどいいやね」
酒場の隣、クエスト受付所でパーティー登録を済ませ、最初のクエストを選んだ。
リストに書かれた「初めての冒険におすすめ!」のマークが決め手。
「それじゃ、無事に採れたらここに持っておいで」
「ああ、ありがとう。よし、みんな、船に乗るぞ!」
意気揚々と振り返ると、アイクがいない。
「……おい、アイツは?」
「え、アイ君? さっきまでいたけど……」
「あ、あそこです」
イセクタの指差す先には、ベテランのオーラを放っている魔術師らしき人物に近づく白髪がいた。
「あの人、賢者よ」
「は? 最高レベルの魔術師じゃん!」
急いでアイクのもとに向かう。その賢者は、周りの人達に生き方を説いていた。
「やはり、正しく生きるには知恵が必要だな」
ううん、やっぱり賢者は言うことが深――
「すみません、僕は哲学者ですが、無知なので教えてください。知恵とはどういうものですか?」
何か噛み付いてるヤツがいる!
「え? あ、ああ、例えば、魔法を幾つも知っているということだ」
「では魔法をたくさん知っていて、料理や洗濯が出来ない人も知恵があるのですか?」
「いや……では、魔法も含め、生活するための方法を知っている、ということだ」
「それなら、相手から強奪したり、店から盗んだりして生きている人は、生活するための方法を知っているということになりますが、それは正しく生きるということと矛盾しませんか?」
「ぐ……確かに……」
黙って下を向いてしまう賢者の肩を、アイクが慰めるように叩く。
「貴方も知らないことだらけです。もう少し学ぶと良いと思いますよ」
「何してんだよ!」
「すみません、失礼しました!」
レイと頭を下げつつ、諸悪の根源の手を引っ張ってその場を離れる。
「いや、これは問答法というきちんとしたものなんですよ? 彼が真の知識を得ることに情熱を捧げられるよう、如何に無知かを自覚させないとと思って」
「死ぬほど余計なお世話だ!」
なんでこんなお荷物がメンバーにいるんだ!
***
「やったぜ! ベルシカ初上陸!」
半島南にある、唯一の船着場に船を停める。操縦してくれたおじさんは、また本島に帰っていった。1日に何往復かしてるらしい。
よおしっ! ちょっとトラブルはあったけど、遂に! 遂に俺の冒険が始まる! 人気になってモテ指数急上昇の伝説が始める!
「ヒルさん、キノサイトってこっちの方でしたよね?」
「ああ、そっちだ。みんなで進むぞ」
俺が先頭に立ち、1列になって歩き始めた。
「ヒル君、回復!」
「ありがとな、レイ! イセクタ、そっちの敵、弓で倒してくれ!」
「任せて下さい!」
さすが初心者向けのコース。モンスターはちょこちょこ出てくるものの、修行のときに相手したような、犬くらいの小さい敵が多い。俺達でも十分に戦える。
「アイク、そっちのヤツ任せていいか!」
「ちょっと待って下さい。今、現実世界での認識について考えているところで」
「こっち! こっちの現状も認識して!」
どんだけ役立たずなんだよ!
集団の敵を倒して草原で一息ついている、そこへ。
「また人間か。この島に盗みに来たんだろう?」
「人聞き悪いこと言うな。もともとクロン王国のものだ」
体格は俺達と同じくらい、2足歩行のワニのモンスター。
まだ慣れてないせいか、人語を話してるのが変な感じ。
「フレイムゲーターってんだ。お前達も黒焦げにしてやるよ!」
口を開け、息を吸い始めた。
チッ、炎の魔法が使えるのか、少し厄介だな。だが、これから伝説を築いていく俺が負けるわけには――
「ああ、そういうことか」
剣を抜こうとする俺の横で、アイクが呟いた。
「ヒルギーシュ、ここは僕が行きます」
「は……?」
ゆっくりと敵に近づく。
「おい、アイク、何を……」
「アイ君!」
「アイクさん!」
それを見たフレイムゲーターが、ニタァと笑う。
「バカめ、わざわざ的になりに来たか!」
一気に口から炎を噴射する。
正にそのタイミングで、パーティー最後の1人が一言、唱えた。
【イデア】
「な…………っ!」
俺も、レイも、イセクタも、フレイムゲーターさえも、言葉を失う。
アイクは炎に当たっている。当たっているが、ダメージを受けていない。
「な、なんで……! なんでだっ!」
炎を吐きながら焦るように叫ぶ敵に、アイクは微かに笑った。
「その炎は、この現実世界の
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■メモ:ソクラテスの「無知の知」と問答法
紀元前の有名な哲学者である、ギリシャのソクラテス。彼は著書を残していなかったため、その活躍は主に弟子のプラトンの著書によって知ることができます。
ソクラテスというと「無知の知」をご存知の方も多いのではないでしょうか。これはアポロン神殿の巫女が「この世で最も賢いのはソクラテスである」と告げたことから始まります。
何も知らない自分がなぜ自分が賢いと言われたのか、考えた末に彼が出した結論は、「知らないのに知っているフリをしている人」よりも「知らないことを知っている人」の方が賢い、ということでした。
そしてソクラテスは、政治家達と闘いを始めます。当時の政治家は、人によって価値観や判断基準は異なる、という「相対主義」の考え方を利用し、自分の利益を守るための詭弁を展開していました。
ソクラテスは彼らに対し、「それは何ですか?」「どういうことですか?」という質問を繰り返してボロを出させる「問答法」を行い、彼らに「無知の知」を自覚させようと試みたのです。
大事なことは、「無知の知」が決して「知らないことは知らない、と謙虚でいた方が賢い」といった意味ではないということ。それは、「何も知らないからこそ真の知識を見つけよう」という、真理に対する探究心を呼び起こすための第一歩なのです。
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