パーティー最後の1人は最強の哲学者⁉

六畳のえる

古代

Quest 1 鉱石キノサイト ~ソクラテス・プラトン~

1.遅れてきた彼は

「遅いわね、ヒル君」

 名前を呼ばれ、俺、ヒルギーシュは「ああ」と頷いてウィスキーのグラスを煽った。


「待ち遠しいです! 遂にこれでパーティーが全員揃うんですもんね!」

 反対隣から嬉しそうな声が聞こえる。


 そうそう、ようやく冒険に出られるんだ。

 俺の伝説はここから始まる!



 ここはクロン王国の東端。

 300年以上続くこの王国の大きな特徴は、ここから船で行き来する国領のベルシカ半島。1周歩くと相当な日数がかかるその島内には、貴重で役立つ鉱石や植物があり、その採取を邪魔するかのようにモンスターがうじゃうじゃといる。

 なぜモンスターがいるかは諸説あるが、昔、半島の資源を独占しようとした邪神の力に拠るもの、という意見が濃厚らしい。



「ヒルさん、パーティーが揃ったらどうするんですか?」

「ああ、この酒場の隣にクエスト受付所があっただろ? そこでパーティーを登録したら、クエストを選んでベルシカに移動だな」

「すごいすごい! ホントに冒険できるんですね!」



 ベルシカにいるモンスターがこっちに攻めてくることはないが、資源目当てで島に来た人間は容赦なく襲ってくる。どのモンスターも簡単な人語を操れる程度には賢いらしい。

 一方で、彼らの牙やウロコそのものも、高級な日用品・調度品に欠かせない原料だったりする。


 そんなわけで、戦闘の訓練をした人間がパーティーを組み、街の人達からのクエスト、即ち採取の依頼を受ける形でベルシカに冒険に向かっている。

 俺も、魔法剣士としてまもなくクエストデビューだ。



「ヒルさんも、この1ヶ月うずうずしてましたもんね」

「当たり前だろ。最後の1人のために、人気者になるの1ヶ月待ったんだぞ」


 そうだよ! 「安全性を考慮し、パーティーは4人以上とする」って制約のせいでさあ!


 俺がこの立ち飲み酒場でメンバー募集してから、すぐに2人集まったが、あと1人がなかなか集まらない。そんな状況で1ヶ月、遂に最後の1人が張り紙に書き込みをくれて、この丸テーブルで顔合わせの待ち合わせをしてるというわけ。

 くそう、予定が1ヶ月狂っちまった。



 俺も20歳になって、師匠との修行も終え、剣も魔法もそれなりに使いこなせる魔法剣士になった。使い込んだ剣に、軽量の腕当てと脛当ても揃えた。準備は完璧なんだ、人気者になってモテる準備は!


 ワクワクする冒険が好きだからこの仕事を志したけど、もっと大事なのは有名になること。

 女子の幼馴染がいなくて免疫が少ないからか、他のヤツらみたいに自分からナンパ出来るようなタチじゃない。

 だから、大きなクエストで手柄を上げて、伝説の魔法剣士になって、歩けば女子の黄色い声がついてくる、そういう男になるんだ俺は!



「ふふっ、ヒル君の『人気者になりたい』っていうの、分かりやすいけど素直でいいわね。私も目指してみようかな」

 白いドレスの裾を直しながらレイがニコッと微笑む。薄い水割りなのに、一気に酔いが回った気がした。


「いやいや、レイはこの酒場でも既に人気者だよ」

 あとね、モテたいっていう対象には、アナタも入ってますからね!




 白魔術師のレイグラーフ。俺より2つ上の22歳、黒髪の俺からすれば羨ましいほど綺麗な金髪のロングストレートに、顔を見るために誰が食事を運ぶか店員が軽くケンカするほどの美貌。


 いつもニコニコしていて、彼女がいるだけで場の雰囲気が明るくなる。回復魔法も補助魔法も相当なレベルで、俺が募集をかけた直後にちょうど修行が終わったらしく、メンバーに入ってくれた。その師匠のタイミングに感謝です!




「ヒルさん、新しく来る人、ボクのこと見ても驚かないですよね……?」

「んあ? 大丈夫だろ、クロンはエルフと親交ある地域も多いし」

 俺の答えに、レイも「私達も普通だったでしょ、イセクタちゃん」と頭をポンポンと撫でた。




 弓使いのイセクタ・ユンデ。人間とほぼ変わらない顔立ちと茶色の髪で、長い耳がトレードマークの小柄なエルフ。130歳という人生の大先輩だけど平均寿命が550歳くらいなので、人間に直すとまだ17~18歳らしい。童顔だしなあ。


 この国は古くから人間とエルフの交流が盛んで、人間の言葉を完璧にマスターしている者も多く、こうして一緒に仕事をしたりする。弓の他、ブーメランや投擲など遠方からの間接攻撃はお手の物だし、緑のショートパンツに黄土色のマントという軽装で、敵の攻撃を避けるのも得意だ。


 1つ変わっている点があるとすれば、この年代のエルフはということ。男友達のようで気楽なときもあれば、ふと女子の顔を見せて俺の心を惑わせる。レイは完全に女子扱いだ。




「ううん、遅いな。そろそろ来るはずなんだけど……」

 酒のお替りでも頼もうかと思っていた、その時。


「すみません、遅くなりました」

 やや低めの声に振り返る。

 くすんだ赤い一枚布の服で、全身を覆っている、背の低い男子が視界に飛び込んできた。


「ヒルギーシュ、それにレイグラーフ。イセクタ・ユンデはエルフだったんですね」


 染料で染めてもこんな色は出そうにない真っ白でサラサラな髪。俺と同じく眉にかかるくらいの長さだけど、表情の薄い顔も相まって独特のオーラを醸し出している。


 そして彼は、その表情のまま口を開いた。


「今日からこのパーティーにお世話になります、のアイクシュテットです」

「…………は?」

 何だ? 今コイツなんて言った?


「あ、あのさ、アイクシュテット」

「ヒルギーシュ、僕のことはアイクで結構です。同い年ですし」


「あ、ああ……じゃあアイク、哲学って何だ?」

 その問いに、少し斜め下を向いて考え込んだ後、目線をこっちに戻した。


「簡単に言うと、人生や世界や真理、そういった、物の本質や原理を、考察や洞察によって求めようとする学問です」

 …………ん? 首を傾げる3人。やがて、イセクタがおそるおそる尋ねる。


「あの、アイクさんは、攻撃担当なんですか、それ以外の役割なんですか?」

「どっちも得意じゃないんですけど、強いて言えば攻撃なら出来ます。体術とか落ちてる棒で殴ったりする程度ですけど」

「それだけなの!」

 思わずツッコんじゃいました。


「いや、え、お前、戦闘はどうするんだよ」

「もちろんしっかり観察していきたいと思います。パーティーで人間の営みや本質を学ぶためにこのメンバーに入ったんですから」

「その理由じゃ困るんですけど!」

 なんか変なヤツが来ちゃったなあ!




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■メモ:哲学とは

 哲学は、真理や存在、認識や国家などの「本質」を洞察していく学問です。

 一見難しい印象のある哲学ですが、そこには先人たちがどのように「好奇心を以って知を愛したか」そして「生きるための英知を獲得しようとしたか」が詰まっており、とても興味深い学問です。


 この作品では哲学の基礎の基礎、歴史とともに「真理」や「生きること」への理解や認識がどう変わっていったのか、そのサワリを広く浅く眺めていきます。門外漢ですしあくまでコメディなので、不十分なところも多々あるかと思いますが、興味のきっかけになれば幸いです。


 それでは、古代哲学から見ていきましょう!

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