Quest X 議会選挙 ~ヘーゲル~

24.丸いけど四角いアレ

「うしっ、じゃあ5連続のクエスト達成を記念して、乾杯!」

「乾杯!」


 クエスト受付所の隣、いつもの酒場の窓側、見晴らしの良い席で、昼間からグラスをぶつけ合う。


 喉になだれ込むビール。手に持つグラスと飲み込んだそのビールの冷たさのおかげで、暑くなってきた外気も気にならない。


「かーっ! うまい!」

「最高ですね、ヒルさん!」

 色々なお酒を飲んだけど、一仕事終えてからの酒に敵うものはないぜ!




 ここ最近、俺達のパーティーは絶好調。俺やイセクタも戦闘の経験を積んで攻撃力に厚みが出たし、レイの魔力も高まっているようだ。


 あ、アイクは相変わらずです。基本的に戦闘では「観察」「応援」という独特な役割を担ってます。



「ソーセージお待ちどお! お姉さん美人だから、オマケしといたよ!」

「あら、ありがとね」


 男の店員さんがスキップしながら持ってきた。

 酒場でも大人気のレイ。美人って得だぜ。



「よしっ、じゃあ頂いちゃおっと」


 少し辛そうな色のを選んでパクつく。

 歯を入れると、プツッという心地よい音とともに割れ、スープのように濃厚な肉汁が溢れ出た。


「アツッ、ハフッ、アチッ!」


 火傷しそうになった口にビールを流し込むと、頭にキーンと幸せな痛みが走った。熱さと冷たさの波状攻撃、どんなパーティーでも勝てません。


「イセクタちゃん、この付け合わせのポテトも美味しいわよ。食べてみる? はい、あーん」

「え? じゃあ、あ、あーん」


 イセクタがおそるおそる口を開けると、レイが手でつまんでいたゴロゴロした形のポテトをその口に運んであげた。



 なんだこれ……心がムズムズする……!

 イセクタがちょっとレイの指についた塩を舐めてる感じが俺の心の中の「男」をザワつかせる……!


 色っぽい! なんだかとっても酔いが回る!



「どうしました、ヒルさん?」

「いや、はい、あの、なんでも、ないです」

 隣にあった水をぐいっと干して、冷静さを取り戻した。


「ヒルさん、次はどんなクエストやりますか? 強いモンスターの牙とか爪、狙っちゃいます?」

「あー、そこ迷ってるんだよなあ」

「ヒルギーシュ、やっぱり迷いますよね、真理への辿り着き方とか」

「お前わざとやってるだろ」

 もっと上手に話題転換しろよ。



「え、でもアイ君。この前真理のこと突き止めてたじゃない?」

「ええ、レイグラーフの言うとおり、人間にとっての真理があることは分かりました。でも、その真理にどうやって辿り着くか、まだ十分に見えてないんです。弁証法で意見を統合させていくのが良いかなあとは思ってますけど」

「弁証法?」


 つい聞き返してしまうと、アイクは「説明しましょう」と言わんばかりに咳払いをした。


「1つの主張に対して、違う意見が出ることはよくありますよね? 例えば『これは円だと思う』という人に対して『違うよ、長方形だよ』という感じですね」

「それは、どっちかが間違ってるって話だろ?」

 レイが隣で頷く中、彼は大きく首を振る。


「違うんです。そこでお互いが否定せず、一緒に考えていくことで。新たな考えに辿り着けるかもしれません。イセクタ・ユンデ、例えば今の例だとどんなアイディアが浮かびますか?」


「そんなの簡単ですよ! 長方形同士が友達になるのを見てた人が言うんです。『これは縁だと思う』って」

「どんだけ斬新なんだ!」

 長方形同士が友達になるって発想がもう。



「レイグラーフ、分かりますか?」

「んっと…………あ、ひょっとして円筒、かな?」


 円筒? ……あっ、そういうことか!


「そうです。見る角度によって形が違っていただけ。これで、円も長方形も満たす、新しい考え方が生まれた。真理も同じように探していくんです。意見を戦わせてどっちかの考えを消すのではなく、すり合わせていってどんどん高次の考えを生み出していけば、最後には真理に辿り着くための知識を得られる」

「なるほどねえ、それが弁証法ってわけか」


 と、イセクタが何か思いついたらしく「分かった!」と手を挙げた。


「男子じゃないって意見と、女子じゃないって意見を合わせていったら、実は若いエルフだった、って結論になりますよね!」

「おお、素晴らしいですね、イセクタ・ユンデ」

 確かに。すごく分かりやすい例だ。


「他の例は……あ、ちょっと待っててください」

 そう言って席を立ったアイク。

 お手洗いだったのか、大分時間をかけて戻ってきた。


「お待たせしました。白身魚の炒め物です」

 ちょうどそのタイミングで、頼んだ覚えのないものが運ばれてくる。白身が真っ赤に染まった一品。


「なんだこれ? 見るからに辛そうだけど……」

「レイ、匂いをかいでみてください」

 言われるままに、お皿の上から扇ぐように香りを確かめるレイ。


「甘い……?」

「そう、辛そうで甘そう、これが弁証法の基礎ですね。ではヒルギーシュ、食べてみて下さい」

「は? え、俺が?」


 仕方なく一口つまんでみる。


「……? …………っ! 辛い! ゲホッガホッ、辛い辛い! でも甘い! 辛い! 甘い!」

「ちょ、ちょっとヒル君、大丈夫!」

 涙目になって咽ながら水差しから直接水を飲む。



「そうなんです、唐辛子で煮込んで、表面に粉砂糖を大量に散らした料理なんです」

「そんな罰ゲームみたいな料理があるか!」


 ゲホッゲホッ、喉が! 喉と口がバカになる!



「なんだこの店は! 変な料理作りやがって。ちょっと文句言ってくる!」

「いえ、ヒルギーシュ、それは違います。このために僕が厨房貸してもらって作りました」

「バカじゃないの!」

 酒飲んでも味がしなくなったよ!




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■メモ:ヘーゲルと弁証法

 カントは「人間にとっての真理がある」ということを明らかにしましたが、どうすればその真理に辿り着けるかまでは説明していませんでした。


 その方法を見出したのが、近代哲学完成の立役者と言われるドイツの哲学者、ゲオルク・ヘーゲル(1770~1831)です。


 その方法とは、「素晴らしい才人が閃く」といったものではなく、多くの人々が弁証法という手段によって少しずつ形作っていく、というものでした。その弁証法とはどのようなものなのでしょうか。



 ある1つの主張に対し、異なる意見が出ることはよくあります。それをお互いが否定せず、時には矛盾を受け入れたり解き明かしたりしながら新たな考えを作り出すことで、一段階上の知識が出来上がります(本文で言うところの円筒の例ですね)。


 これを繰り返すことで知識はどんどん高次になっていき、最終的には絶対的な真理に辿り着くための絶対知と呼ばれる知識を手にすることができる。これがヘーゲルの考えた弁証法の基本的な考え方です。

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