2章 第22話

「……派手にやりやがったなぁ」

 横にひっくり返った隠れ家の残骸の隣に立ち、俺はしみじみと呟くことしかできなかった。

 おそらく、これを元に戻すには一ヶ月ぐらいかかるだろう。

 なにせ、俺達は週末の二日間しかこっちにいる事はできないからなぁ。


『カオル、ごめんなさいなのだ』

 その残骸の隣では、ガスパールたちドラゴンが体を小さく丸め、上目遣いで俺の顔色を伺っている。

 どうやら、隠れ家をひっくり返したあとで、ようやく俺が怪我をする可能性に気づいたらしい。

 まったく……しょうがないなぁ。 そんな顔されたら、叱れないじゃないか。


「悪い奴らをよく倒してくれたな。

 でも、次からはよく考えてからおしおきするんだぞ?」

 幸い、俺が見捨てた冒険者連中の中にも命に関わるほど大きな怪我を負ったヤツはいなかったことだし、ここは笑って許してもらおう。


 もっとも、命に関わるような怪我が無かっただけで、精神的にも肉体的にも身動きの取れるほど元気なヤツはいない。

 そうなると手当てが必要なのは当然として、同時に手当てをした後で逃げられないように拘束する作業も必要である。


 だが、それを行うにはちょっと人手が足りないんだよなぁ。

 こちらについた冒険者も、そこまで信用できるかといわれれば首を横にふるしかないし、ドラゴンたちの手を借りるのは論外である。


 そうなると、俺と百池でやるしかないのだが……たったふたりでは時間と手間がかかりすぎて、プランとして現実的では無いな。

 いっそ、意識が無い間に転移で森の外に放り出して、あとは放置を決め込むほうが楽でいい。

 まぁ、非人道的過ぎるからさすがにやらないけどな。


『これは……何があったのだ、カオルよ』

「おお、テオドール。 ちょうどいいところにきたな。 ちょいと手伝ってくれ」

 どうやら、先ほどの騒ぎはゴブリンの集落まで聞こえていたらしい。

 騒ぎを聞ききつけたテオドールとゴブリン達がやってきたので、俺は連中の手を借りてクソ野郎たちとそちら側についた冒険者たちを拘束することにした。


 そして今、何も無い広場に縛られた冒険者たちが一列に並んでいる。


「さてと……言い残す事はあるか、クソ野郎」

「こ、この私にこんな真似をしてただで済むと思うのか!?」

 この期に及んで、まだ強がりを言うかクソ野郎。

 その根性だけは認めてやろう。 褒美は何もやらないけどな。


「心配するな……なぁに、お前らにはガ○タになってもらうだけだよ」

「が……ガノ○!? な、なんだそれは!!」

「ま、まさかキメラか何かの材料にされるのか!?」

「た、たのむ! せめて人間として死なせてくれ!!」

 聞きなれない言葉に、青褪める冒険者たち。

 なんだよ、キメラの材料って。 そんな変なもの誰が作るか! 俺はカレーしか作らねぇよ!


「失礼なヤツらだなぁ。 生憎と俺は死刑を好まない文化的な国の住人でね」

「う、嘘をつけ!」

「本当だよ。 ガ○タとは、キメラなんかじゃない。

 我が国が誇る偉大な文化の担い手の事さ。 やれ、百池」

「はい。 え、えっと……ももち、いっきまーす!!」

 百池は俺のリクエストした掛け声共に、某国民的ロボットアニメのコンプリートDVDを投げて沼を作り上げる。


 ちなみにDVDは柳本が職場に持ち込んでいた私物だ。

 定期的に見ないと禁断症状が出るというので、休憩時間に見る許可を出しておいたのだが……月曜に社長の現場視察があるため先日没収しておいたものである。

 あれほど家にもって帰れといっておいたのに、片付けておかなかった柳本が悪い。


「ひいっ、なんだこの沼は?」

「真っ赤だ、血のように赤い沼だ!!」

 百池の作り出した沼を目にし、悲鳴を上げる冒険者たち。


「なんだ、百池は仮面の男が好きなのか?」

「そんな事ないですよ? 掛け算が出来ればわりと誰でもいけます」

「掛け算?」

「え? そこがいちばん大事じゃないですか」

 俺達はお互いに理解できない台詞を交し合い、そして首を捻る。


「まぁ、いいや。

 テオドール、とりあえずこいつらを沼に叩き落してくれ」

『了解した。 者共、やれ!!』

 テオドールの号令にしたがい、ゴブリン達が冒険者を次々と沼に突き落とす。

 普段から冒険者たちに苛められているだけあって、命令に従うゴブリン達はとても楽しそうだ。


「や、やめてくれ!」

「いやだ、死にたくない!!」

 おいおい、死なないって言っているだろ。

 俺はそんな野蛮人じゃないんだ。


 ……にもかかわらず、冒険者たちは必死の形相で抵抗しようとする。

 まぁ、俺も血の色をした沼に叩き落されそうになったらそうするとは思うが。


『して、沼に落とした冒険者はどうなるのだ?

 カオルのことだ……おそらく死んだほうがマシなことになるのは間違いないが』

 お前、俺の事を何だと思っている?


「お前も大概に失礼だな、テオドール。 これでも、俺はわりと優しい男のつもりだぞ?」

 だが、反論する俺の横で百池が何かを諦めたようなため息をついた。


「ええ、優しいですよ。 ……味方であるかぎりは。

 たまに贔屓ひいきが過ぎて他所の部署から文句がくるんですよね」

『あぁ、それは間違いないな。 たしかに優しい。 この男なりに……と付きはするがな』

 おまえら、やかましいぞ!

 俺は心外な評価に深く傷つきながらも、冒険者たちが突き落とされた沼に目を向ける。


 すると、ブクブクと泡がたちあがり、沼から冒険者たちが這い上がってきた。 特に衰弱した様子も無い。

 よしよし、いい感じだ。

 あとはちゃんと仕上がっているかの確認が必要だな。


「さぁ……これが何かわかるかな?」

 俺は荷物の中から、日本人であればおそらく知らないものはいないであろうプラモデル……白い悪魔と呼ばれたソレを見せびらかす。

 これもまた、職場のデスクにおいてあった柳本の私物だ。

 なお、本人の許可は取っていないが、これも世界平和のためだと思って快く譲ってくれるだろうと俺は信じている。


「おおおぉぉぉ! それは!? なんと美しい……いや、神々しい!!」

「ほ、ほしい! 頼む、譲ってくれ!! なんでもするから!!」

 その瞬間、沼から這い上がってきた冒険者達の目が狂気にも似た輝きを灯す。

 ふはははは、お前ら実に立派なガ○タだよ。


「まぁ、そこまでほしいのならば、このファーストの塑像を譲ってやらないこともない。

 だが……分かっているな?」

「くっ、何が望みだ! 何でも言え……かなえられるものであるならば」

 身もだえするクソ野郎と冒険者たち。

 なぜかゴブリン達は恐怖に引きつった顔のまま声も出ない。


「なぁに、俺の願いはささやかなものだ。 世界の平和のために、共に戦ってほしいだけさ」

 俺が出来るだけ優しい声色で告げると、反応したのはなぜか百池とテオドールだった。


「小西係長の口から出たとはとても思えない、この上も無く不自然な台詞ですね」

『身震いするほどに胡散臭いな』

「やかましわ」

 お前等、あんまり俺を苛めるなよ。 キレるぞ!!


『カオル、なんかかっこいいのだー!』

『せかいのへいわのため、ともにたたかってほしいだけさ……しびれるぅー』

 あぁ、分かってくれるのはお前等ドラゴンたちだけだよ。

 でも、頼むからから人の台詞を真似して何度も繰り返すのはやめてくれ。 しかも、変なポーズつきで。

 地味に心がえぐられるから。


 かくして、俺は使い捨てに出来る人材と黒い歴史を手に入れたのであった。

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