2章 第7話

「うわぉぉぉぉ! すげー!! ムキムキでムチムチでボンキュッボンだぞ!」

 突如として現れた、イケメンゴリラと美女ゴリラによるヌーディストビーチに、俺の部下たちから下品な歓声があがる。


「胸でけぇぇぇぇ! 脚なげぇぇぇ! ナニが……あー、いろんな部分で人類じゃ勝てねぇな、これ」

「いや、チッパイもいるぞ! これは希少種だ! 保護しなくては!!」

 おい、人間の姿になったドラゴンたちが魅力的なのはわかったから、お前らさっさと人類の叡智を取り戻してこい。

 鼻血が出そうな勢いで熱狂する俺の部下たちの姿は、控えめに言ってほとんど猿だった。


 なお、騒いでいるのは主に男子であり、女子共は顔を手で隠してはいる。

 実際には逞しい雄ドラゴンの体を指の隙間からチラ見しているのだが、ここは気付かないフリをしておいてやろう。

 いや、ひとり腰に手をあてて堂々と鑑賞している剛の者もいるな。

 むしろそこまで開き直ると、やましさを感じないから不思議なものである。


「はい、撮影は禁止ねー。 ぶっ殺すぞー」

 すかさず撮影に入ろうとした連中から、俺はすかさずスマホを取りあげた。

 いくら本人たちがなんとも思わないからといって、無許可で裸体を撮影するなど、許されるはずもなかろうに。

 主に男子共からあがるブーイングを聞き流し、俺は取り上げたスマホを会社にあるそれぞれのデスクの上に転移させる。


「ひどい! なんてことするんですか!」

「ちょっとー! このあと異世界の絶景を写真に収める予定だったのになんてことするのよ!!」

「やかましい、このヘンタイ共! 通報されないだけマシだと思え!!」

 さて、こいつらに文句を言われるのは慣れているから屁でもないが……俺は取りすがる部下に蹴りを入れながらため息をついた。


 なぜならば、とても辛い役目が待っていたからだ。

 だが、やらなくてはなるまい。


「ガスパール。 お前らに言わなきゃならない事がある。 心して聞いてくれ」

 俺は胸が張り裂けそうな痛みと共にため息を飲み込むと、キラキラした目をしてカレーを待っているドラゴンに向き直り、非情な一言を告げた。


「大変残念だが……ご飯が炊けてないから、カレーはしばらくはお預けな」

『ぴぎゃーーーーー!?_』

 再びドラゴンたちが泣きじゃくったのは言うまでもない。

 だが、赤子泣いても蓋とるな。 それが炊飯の掟なのである。


 えぇい、だからそんな目で見るな!

 できるだけ早くしてやるから!!


 そして一時間後。

『ごはんーんんんんん!!』『カレーなの!!』

 ようやくありつけたカレーを、腰にタオルを巻いただけというあられもない姿のドラゴン(人間バージョン)が、かきこんでいる横で、俺達もまた朝の光を浴びながら食事をとることにした。

 服を与えようにも、ヤツらの体のサイズに合う服は数が少ないのである。

 下手すると、変な着こなし方をして遊ぶし。


 しかし……気付いたら人間側は全員が完徹しちまったな。

 部下の体調を管理しそこねるとは、俺もまだまだである。

 そろそろ睡眠をとらせないと、週明けの業務に響くな。


「なんか、贔屓ですよねぇ。 さっきのドラゴンたちへの対応みました?」

「だよなぁ。 小西係長、仕事で俺らがミスってパニくった時はあんな顔しないし」

 俺がドラゴンたちを見て和んでいると、部下達の間からそんな不満が聞こえてくる。

 ――笑止!

 貴様らに現実と言うものを教えてやろう。


「文句を言うのは勝手だが、お前らとこいつと……どっちがかわいいと思っている?」

「うっ……」

「がはっ!?」

 俺がそう告げた瞬間、部下たちが血を吐きそうな声と共に膝をつく。

 どちらが大事かなど、わざわざ俺が告げるまでもない。


 ……比較なんて出来るはずがないだろ?

 ただ、お前らはちゃんとした大人だから心配なんかする必要が無いんだよ。

 子供みたいなドラゴンたちを相手に、くだらない嫉妬なんかするんじゃない。


 そんな俺の心を知らず呻き声を上げる部下たちの声が気になったのだろう、ガスパールたちもカレーを食べる手を止め、その邪気のないキラキラとした目をこちらに向けた。

 子供のように無邪気なまなざしとイケメン・美女のオーラが、現代日本の荒波にもまれて心が汚れきった奴らを容赦なく貫く。


「ま……負けた。 爬虫類に負けた」

 その圧倒的な輝きの前に、部下たちは水のなくなった花瓶の花のようにしおれて敗北を認めた。

 まったく、なにをやっているんだか。


「さて、カレーを食ったら作業再開だ」

 パンパンと手を打って注目させると、俺はカレーをむさぼるやつらに次の指示を出した。


「作業? 撤収作業かコニタン?」

「笑えない冗談だな。 リフォームだよ」

「あ、そっか」

 リフォームと言う単語に、グッサンはようやく俺の出した指示の意味を理解する。


 せっかくドラゴンたちの作ってくれた居住空間だからな。

 これを捨てるという選択は俺になかった。

 それに、たとえ人間の居住には適していなくとも、自分達の手で住みやすくすればよいのである。

 

「予定通り魔術と魔法を使うぞ。

 まずは地盤の検査と調整。 それから出入り口の作成だ」

 俺が声をかけると、カレーを食べ終わった連中が次々に作業に取り掛かり始めた。

 さすが俺の部下だけあって、行動を始めると実にすばやいのである。


 とはいえ、俺達は素人であり、細かな地盤の作り方などわからない。

 だが、そこはそれ……奴らに与えた"検索"のスキルと地魔術がカバーしてくれる。

 検索で地盤のゆがんだ部分や脆い部分を見つけ出し、地魔術で砂や土を結合して岩にしてしまえばいいのだ。


「地盤の悪い場所を検索する前に、熱の残っているところを先に調べておけよ。 溶岩は冷めにくいからな」

 あまり知られていないが、溶岩は空気に触れた際に皮膜を作る性質があり、そのためひどく温度が冷めにくい。

 一見して冷えて黒くなっているように見えても、その温度は二千度近い場合があるのだ。


「余分な熱はドラゴンたちに吸ってもらえ。 くれぐれも火傷はするなよ」

「ういーっス」

 生返事をかえしながら、部下たちは早々に整地を終わらせ、早くも入り口まで上るための階段に手をつけ始めている。

 このペースだと、今日中に基本的な改造は終わってしまうかもしれない。


『カオル、なんだかみんなたのしそうだね。 でも、なんか変な感じ。 なんかダメな巣になりそう』

 そんな部下達の作業を見ながら、ドラゴンの姿に戻ったガスパールが隣でボソリと呟いた。


「わかるか、ガスパール? たぶん……めちゃくちゃになるだろうな。 でも、それでいいんだよ」

 設計図もなしに皆が思い思いに作っている代物だから、たぶんガスパールの予想通りこの隠れ家はいびつなものになるだろう。


 だが、それもまた良し。 それをまた修正して、それが巧くゆかなくてもかまわないのだ。

 作る楽しさとは、むしろそういう過程を楽しむものだから。

 すんなりと最高のものが出来上がったらたぶんつまらないし、きっとすぐに飽きてしまうに違いない。


『人間って、変な生き物だね』

 まるで呆れているかのようなガスパールの呟きに、俺は苦笑いにも似た笑みを浮かべる。

 そして楽しそうにリフォームを続ける部下たちを優しい気持ちで見守り続けるのだった。


 ……この後に訪れる怒涛の大惨事を、予想すらせずに。

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