2章 第23話
「さて、お前らにはこれから俺の指示に従ってもらう……って、人の話聞けよ」
「あぁぁ、美しい」
「見ているだけで癒される」
冒険者たちを従えた俺は、ゴブリン達の集落に移動して彼らにヒイシに対する作戦を説明する事にした……のだが、連中は与えられた白い悪魔を鑑賞することに夢中で俺の声はまったく耳に届いていないようであった。
半分ノリと冗談でやったことではあるが、これじゃほとんど洗脳だな。 まったくもって恐ろしい力である。
だが、このままでは困るな。
時間は限られているというのに、まったく話が進まない。
「……聞けって言っているだろ」
業を煮やした俺は、転移を使って白い悪魔を連中から取り上げることにした。
その瞬間、完全に心が壊れたかイッちまった連中の目が、一斉に俺へと注がれる。
うわっ、さすがに背筋がぞわっときたぞ。
「貴様、何をする!!」
「われらの聖なる像を返せ!!」
狂信者と化した冒険者たちが、一斉に俺に詰め寄る。 だが、生憎とそれで素直に従う俺ではなかった。
「……折るぞ?」
俺は白い悪魔の角に指をかけ、目を半眼にしたたままぼそりと呟く。
その瞬間、連中の顔は動きと共に凍りついた。
「そ、それだけはお許しください」
「ったく、誰を相手にしているのかを忘れていたようだな?
次は無いから覚悟しろ。 では、俺の話を聞け」
ようやくおとなしくなった冒険者たちを前に、俺はようやく作戦の説明をはじめる。
まず俺が説明したのはヒイシの正体と、その原理についての説明だった。
「まさか……森の木々自体が攻撃的な意志を?」
「意外なことじゃないだろ。 植物も生き物なんだからな。
いいか、相手はこの森そのものであり、倒すことに意味は無い。
多大な殉死者を生み出すにもかかわらず、それは新たなるヒイシを生み出すという結果となり、最後にはこの森そのものを完全に地上から消さなければならなくなる。
だが、出来るのか? やるならば草一本の残さずにだぞ。
灰の中に木の実のひとつでも残せば、そこからまた森は生まれ、森の断末魔の残滓を吸ってふたたびヒイシとなる。
やがて増大した悪意は、他の森にまで伝染するかもしれない」
その言葉に、冒険者たちの間からどよめきが生まれた。
連中にも理解できたのだろう……自分たちがしようとしていたことがただの問題を悪化させるだけの悪手に過ぎなかったことに。
「そして、一時的にでもこの森が無くなれば、次にまっているのは水資源の枯渇と洪水だ。
この森が担ってきた水資源のコントロールを失うことで、下流の地域は頻繁に大規模な資源災害を受けることになるだろう」
「た、たしかに記録にもあります。 森の邪神を封じる為に火を放った後、旱魃と洪水が交互に訪れてこのあたり一帯が大飢饉となったと……」
学者か魔術師であろう痩せ気味の冒険者が、俺の言葉と自分の知識を照らし合わせて顔色を悪くする。
「つまり、我々のしようとしていた事は無駄だといいたいのか!?
記録によれば、前に同じ事があったときは問題なく解決したと聞くぞ!
お前の話が真実だというなら、とっくに森の悪意が世界にあふれていなければならないはずだ!
何度同じことを繰り返してきたと思っている!!」
冒険者たちの一人が、苦い顔で反論を試みる。
まぁ、誰だって自分の過ちは認めたくないものだ。
だが、そんな彼らに向かい、俺はさらに残酷な事実を突きつける。
「……解決したのは、おそらくお前等の先祖ではない」
「じゃあ、だれが?」
「ゴブリンだ。 彼らは、この森の凶変を解決する方法を知っているからな」
「ゴブリンが!? そんな馬鹿な!」
そう叫んだ冒険者の顔こそ、見ものだった。
彼らとしても、自分たちが魔物として忌み嫌いつづけた生き物に実はずっと救われてきた……まぁ、そんな事実はすぐに認められるはずもないだろうな。
「だが、それが事実なのだ」
俺が重ねて言葉を連ねると、冒険者たちは苦い薬でも飲んだような顔をして押し黙った。
苦悶にゆがむヤツらの顔を見て、俺はほんの少し溜飲を下げる。
「彼らはこの森の住人だからな。 人間たちよりも、この森と深く付き合ってきたんだよ。
彼らはお前らが森を焼き払った後に森を癒し、そして森の悪意を秘伝の方法によってなだめてきたのだ」
「だ、だったら、その方法を使って早く何とかすればいいではないか!」
だが、そこに口を出してきた奴がいる。 例によってクソ野郎だ。
「おいそれと使うことの出来ない方法なんだよ。
じゃなきゃとっくに使っている。 馬鹿だろ、お前?」
「……ぐっ」
俺の言葉に、クソ野郎は顔をしかめつつも押し黙る。
「まぁ、今回はゴブリン達に伝わる方法も使うつもりは無い。
あんな方法を使われて助かったところで、胸を張って生きる事が出来なくなるだけだからな」
『では、どのような方法を使うつもりだ?』
そこで口を出してきたのは、今まで俺と冒険者のやり取りを黙って聞いていたテオドールだった。
「人にする。 ……正確には、人の体に封印するというべきかな」
そういいながら、俺は器によそったスープカレーをとり出してテーブルの上に置く。
「それは?」
「強制美少女化スープカレーだ。 こいつをヒイシの媒体である木の根っこに撒く。
植物の弱点のひとつに、土の中にある水分の吸収を自力で制限できないこというものがあってな」
ヒイシも植物を媒体にしている以上、この体の構造から逃れる事はできない。
「こいつをくらったら、ヒイシは人間の肉体と言う媒体に封印され、その力を失うだろう」
「どうでもいいことだが、なんで美少女なんだ?」
「純粋に俺の趣味だ。 オッサンや爺さんにかえても、ぜんぜん楽しくないからな」
『まさに、そのとおりだな』
俺のこだわりに、テオドールが大きく頷いて同意を示す。
あぁ、お前ならきっとそういってくれると思ったよ。
だが、妄想してズボンの前を膨らませるのはやめておけ。
実際に使ってみるまでは、ちゃんとした美少女になるかどうかはわからないんだから。
しくじったときのダメージはかなりキツいぞ?
「なんで男って……係長は違うと思っていたのに」
気が付けば、百池や同席しているわずかな女冒険者たちからの視線が妙に冷たい。
あのな、勝手に人を聖人君子にするんじゃない。
テオドールほどじゃないけど、これでもそれなりに煩悩は強いほうなんだぞ。
「だが、ヒイシ化した植物の数は膨大だ。 その全ての根っこにそのポーションを撒く事はできまい」
「その通り。 たしかに現在のヒイシ化した森すべてに散布する量は無い。 つまり、あらかじめヒイシ化の汚染区域拡大抑制と縮小化を行う必要がある。 そこでお前等の出番だ」
どうやら、最後まで説明しなくとも冒険者連中はピンときたようである。
「俺達に、森を伐採しろ……と?」
「その通り。 なぁに、お前等のやってきたことがほんの少し変わるだけだ。
お前らには、ヒイシ化した森がこれ以上広がらないよう、その汚染区域の外周を伐採してもらう」
「無茶だ! 相手が何もせずにそれを見過ごすとは思えない!」
たしかにそれはあるだろう。 むしろ何もしないほうがおかしい。
「そこもちゃんと考えてある。
この村の周辺に、なぜヒイシが入り込んでこないか……その理由がわかるか?」
そう告げながら、俺は荷物のなかから
「なんだ、それは?」
「
こいつには、ヒイシの本体である情報に干渉して、その存在自体を狂わせる効果がある。
だから、ヤツは近寄る事ができないんだ」
「そんなものが……だが、それが本当ならばいけるかもしれん!」
冒険者達の目に光が灯る。
そんな彼らに、俺は力強い声で告げた。
「さぁ、行こうか……森の平穏を取り戻すために」
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