2章 第24話
「そろそろカタをつけないとまずいな」
気が付けば、時刻は夕方。 黄昏の光が、周囲を赤く染めている。
そんな美しい森の風景を眺めながら、俺は陰鬱なため息をついた。
今日は日曜……すなわち、月曜の足音はもうすぐ近くまで来ている。
つまりヒイシとの戦いの決着は今夜のうちに付けなければならない。
さもなくば、俺はこの世界に問題を残したまま日本に帰らなくてはならなくなるのだ。
サラリーマンの因習と笑うならば笑えばいい。
だが、優先順位はリアルのほうが上なのだ。
「珍しく不安そうな顔してますね。 今のところ順調だと思いますが?」
「なんだ、百池か」
振り向くと、そこにいたのは少し疲れた顔をした百池だった。
「不安にもなるさ。 なにせ、相手は邪神級のバケモノだぞ?
俺が気付いていない手を残している可能性は十分にある。
それに、精査のスキルである程度裏づけはとってあるが、今回の作戦の根拠は全ては俺の推測でしかない」
おまけに、夜になれば夜目の聞かない俺達のほうが不利になる展開は見えている。
正直、状況としてはあまりよくなかった。
「それはたしかにそうなんですけど……よくもまぁ、そんな状態であんなに堂々と話が出来ますね。
冒険者の人たち、すっかり係長の言葉を信じきっていますよ」
「上に立つ人間が不安げな顔なんかできるかよ」
これは俺の信条なのだが、不安げな顔をしたヤツについてくるヤツはいない。
上に立つ者は、下についている奴らのためにも常に自信のある顔をしていなければならないのだ。
「ふだんからそうやって私達にも振舞っているんですね。
でも……たまには素顔を見せてくれてもいいんじゃないですか?」
そんな妙に色気を帯びた百池の台詞に、俺は思わずプッと噴出してしまう。
気負っているのは、お前のほうだろ?
「悪いな、お前相手じゃまだ無理だ。 そういう台詞は、もう少し頼りがいのあるヤツになってから言ってくれ」
「まぁ、失礼しちゃいますね。 自分こそスタンドプレーで周りに迷惑かけてばっかりのくせに。
子供じゃないんですから、少しは回りに仕事を回してくれてもいいんじゃないですか?」
「おお、耳が痛いな」
思わぬ反論に、俺は小さく肩をすくめる。
そうしている間に、どうやら冒険者達の用意が整ったらしい。
向こうから俺の名を呼ぶ声が響いた。
******
「ほ、本当に襲ってこないぞ」
ヤツの目の前では、ヒイシの触手が火傷を恐れるかのように退いてゆく光景が広がっていた。
「いける! いけるぞ、これならば!!」
スキルを使い、次々に伐採してゆく冒険者たち。
その速度は、地球にある重機すらはるかに及ばないだろう。
彼らが武器を振るうたびに、鼓膜が破れそうな音を立てて樹木がへし折れて行く。
いや、もしかしたらこの森の樹木が脆いのかもしれない。
おそらくヒイシとなった森が周期的に焼かれるため、成長の早い樹木だけが生き残り、普通の樹木はその影にさえぎられて生存し辛い状況が出来上がっているのだろう。
成長の早い樹木は、えてして強度が低いものである。
「なんというか、これ……もしかしたら本当に今日中に終わるんじゃないか?」
「ですね。 正直、すごいです」
呆然と呟く俺の横で、百池もまた同じような顔をしていた。
この世界の冒険者と言う生き物を、少し舐めていたかもしれない。
ドラゴンたちが森の伐採は面倒だから嫌だとふてくされたときにはどうしようかと思ったが、どうやらなんとかなりそうである。
そう。 なにも、スキルという超人的な力を持つのは俺たちだけではないのだ。
そもそも、ここにいる連中はヒイシを倒すために集められた冒険者ギルドの腕利きたちである。
このぐらいの事ができるのは、むしろ当たり前なのかもしれない。
さて、一定の距離おきに配置した
あとは地道な作業があるのみだ。
だが、その時だった。
『にんげん、カオルにほめられてる?』
『あいつら、たいしたことない! ぼくらのほうがすごい!』
『ぼくらもやる! きょうそうだ!』
『にんげんなんかにまけないもん!』
おそるおそる振り向くと、そこには予想通り鼻息も荒く嫉妬に身を焦がすドラゴンたちがいた。
いかん、とてつもなく嫌な予感がする!
なんだよお前等、さっきまで木の伐採とか面白くないとか言っていたくせにぃぃっ!!
「お前等、何を……」
俺がその意図を確認するよりも早く、ドラゴンたちがその巨体を揺らしつつ森の木々へと突進してゆく。
その先には、作業に勤しむ冒険者達の姿。
「い、いかん! 逃げろ! ドラゴンが突っ込んでくるぞ!!」
「うえぇぇぇぇ!?」
「やべぇ、死ぬ!!」
俺の警告に従い、クモの子を散らすように逃げ惑う冒険者たち。
彼らが体を投げ出すようにして飛び退る横を、ジャンボジェット機サイズの生き物……ガスパールが轟音と振動を撒き散らしつつ通り過ぎる。
そして、森の一角が文字通り砕けた。
『ぐあぁぁぁぁぁぁ!? 貴様、ドラゴンをけしかけてくるとは! この卑怯者!!』
「ひ、人聞きの悪いことを言うな! そもそも、けしかけてないし卑怯でもなんでもないだろ!!」
ヒイシが苦し紛れに放った売り言葉の罵声に、俺も思わず買い言葉で言い返す。
きわめて理不尽で不本意な評価だが、気持ちは分からなくもない。
「おい、生きているか?」
「な、なんとか!」
冒険者たちに声をかけると、かすれてはいるが元気そうな返事が返ってきた。
さいわい怪我人は出ていないようだが、とんだ災難である。
まったく……ドラゴンの嫉妬深い性質にも困ったものだ。
「だが、これで作業はだいぶ楽になったな」
「あとは火をつけてヒイシの感染領域を削ってやればいい」
森で火を使う事は非常に危険だが、あらかじめヒイシ化した森の外周を十分に伐採をする事で延焼を防ぐ事はできる。
このあたりは、精査スキルの演算能力を信じるしかないだろうな。
そして、十分にヒイシの汚染領域が小さくなったところでガスパールたちに頼んで火を消し、俺の作ったカレーで人の体に変えてやればいい。
しかし……そう都合よくゆくのだろうか?
なんだかとても嫌な予感がする。
困ったことに、俺のこの手の嫌な予感はかなりの確率で的中するのだ。
最悪の事態は色々と想定しており、仕込みもいくつか作ってあるが、全てを掌で転がせると思うほど俺は傲慢では無い。
「お前等、油断するなよ! 相手はまだどんな隠し球をもっているかわからないんだからな!!」
俺がそう注意を促したその時であった。
『許さぬ……我が体をここまで傷つけた罪、その血をもって
ゾッとするほど深い恨みのこもった声と共に、ヒイシが何かをしかけてきた。
ドンっと大きな振動と共に、森の奥から黒い点が近づいてくる。
「おい、気をつけろ! なにか……何がデカいものが飛んできたぞ!!」
「ちょっとまてもあれってもしかして……」
近づくつれて、その姿がはっきりと確認できる。
円形のシルエット、その表面を覆う無数の長い棘、その姿は間違いなく……。
『ふはははは、ゆけ、ウニよ! 愚かなる人間共を蹂躙しろ!!』
「ウニじゃなくてクリだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
俺と冒険者たちは、異口同音に同じ台詞を叫んでいた。
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