2章 第25話
くっ、ヒイシのヤツ道具を使うことを覚えやがったな!
なにか仕掛けてくるとはおもったが、まさかの展開だよ!!
『ふはははは、我を恐れよ! ウニを恐れよ!』
ヒイシの哄笑と共に、ドスンドスンと音を立てて空から直径2mほどはありそうな巨大クリが次々に落ちてくる。
アレにやられて死んだ場合、死因は押しつぶされたというべきだろうか、それとも刺し殺されたというべきだろうか。
どちらにせよ、あまり名誉ではない。
しかし、考えたものだ。
たしかに
そんなもので囲まれてしまったら、まさに文字通り手も足も出ない。
いわゆる詰みである。
だが、自分の体が
その答えがこの巨大クリだ。
そう、あくまでもウニではなくてクリである。
俺はあれをウニとは認めない。
つーか、そのネーミングはやめてくれ!
シリアスな状況なのに、笑いそうになるだろ!!
「いやだぁぁぁぁ! こんなみっともない死に方はしたくない!!」
「こっちこないで!!」
「ジーク・ジ……ごふっ」
降り注ぐ巨大なクリを避けながら、冒険者たちが泣き叫ぶ。
それはそうだろう。
空から降ってきた巨大なクリに殺されたいと思う奴など、この世にいるわけがない。
俺だって絶対に嫌だ。
「ちっ、逃げ回っているだけなんて性にあわねぇ!」
「同感だ! こんなもの……ぶっ壊してやる!!」
『人間よ、手を貸そう!』
気の短い冒険者たちやゴブリンの何人かが、ふと足を止めて武器を構えた。
それに呼応した何人かの目に、燠火のような光が宿る。
「いっくぞぉぉぉぉぉ! これでも、くらいやがれぇぇぇぇぇ!!」
『岩をも砕く我が一撃、受けてみよ!!』
「植物ならば、火には弱いはず! いくぞ、フレイム・ランス!!」
バスタードソードぐらいのサイズの大剣を振り回す戦士と、巨大な棍棒を振りかざしたゴブリンの一撃が巨大クリの動きを止め、そこに魔術師の放った炎の槍が突き刺さった。
「……やったか!」
焼けた木材の香りと共に、薄い灰色の煙が視界を閉ざす。
――馬鹿、その台詞はまずいだろ!!
まるで俺の心の声に返事をしたかのように、煙を掻き分けて巨大クリがゴロリとその姿を現した。
わずかに傷つき、一部は炭化しているものの、破壊するというには程遠い状態だ。
さすがは邪神の作り出した決戦兵器というべきか。
恐ろしいまでの耐久力である。
しかも、それはまるで意志ある存在のように、ひとりでに転がり始めた。
ちっ、しかも魔物なのかよ! 余計な機能をくっつけやがって!!
「くっ、氷結魔法で足止めを!」
「わかった、援護する!!」
何人かの魔術師が同時に詠唱をはじめ、ほどなくして紺碧の光と共に魔術が放たれた。
そして地面から水で出来た蛇のようなものが沸きあがり、ペキパキと音を立ててながら巨大クリに絡み付いて地面に固定する。
「ふぅ、これで少しは安心でき……なかったぁぁぁ」
悲鳴を上げながら、ゴブリンと冒険者たちはふたたび逃げ惑うアリのように散開する。
そのあとを巨大な影が追いかけ、ズシンと地響きを立てて新たな巨大なクリが落下した。
しかも、やっと固定した他の巨大クリに激突し、氷の戒めを破壊するというオマケつきだ。
『ふはははは、さぁ楽しい宴だ。 ウニたちよ、人間とゴブリンたちを蹂躙するがいい!!』
錯乱状態に陥った冒険者達の耳に、ヒイシの声が木霊する。
巨大クリは、互いに激突した衝撃でビリヤードの球よろしく転がると、途中で回転を加えて微妙に進路を変えながら冒険者たちを追いかけ始めた。
「にげろおぉぉぉぉぉぉ!!」
『撤収! 撤収ぅぅぅぅぅぅ!!』
「逃げるって、どこ……ぷげらっ!?」
さすがに逃げ切れず巨大クリに衝突する冒険者も何人かでているが、頑丈な防具と回復魔術のおかげで戦闘不能になるほどのダメージは受けていないようである。
ゴブリンはさすがに森の住人だけあって、残っている木などを盾にしながら巧みに逃げまわっていた。
……っと、余裕こいて感想を呟いていたらこっちにも来たぁ!?
やべぇぇぇぇぇぇぇ!! なんか昔の思い出が目の前に浮かんでは消えてるんだけど、これって走馬灯ってやつか!?
俺が不吉な幻に襲われていると、ベキッと大きな音と共に巨大クリの速度がわずかに鈍る。
どうやら、進路上にあった大きめの木にぶつかったようだ。
――今ならやれる!
俺は目の前に迫ってきた巨大クリに転移のスキルに捕らえると、ガスパールたちの暴れている方向に送り出した。
さすがの巨大クリもドラゴンたちにとっては脅威にならないらしく、落下した巨大クリはバキッっと大きな音をたててガスパールに踏み潰されてしまう。
ふぁ、危なかった。 って、まだ事態は解決してないんだよなぁ。
動き回る巨大クリは、あいかわらず冒険者とゴブリンを相手に無双している状態だ。
何度か反撃を試みているヤツもいるようだが、そのあまりにも硬い装甲に阻まれて動きを止めるのが関の山である。
ドラゴンのいる場所に転移で投げてしまえば話は早いのだが、さすがにあんなスピードで襲い掛かってくるものを転移に捕らえるのは厳しいぞ。
いや、動きが止まっていれば何も問題は無い。
「おい、その巨大クリの動きを止めてくれ! 俺がドラゴンが遊んでいるところまで飛ばす!」
『おお、さすがわれらの長の心の友』
「わかった! 処分は任せる!!」
「頼んだぞ!!」
『バケモノめ、年貢の納め時だ! くらえ!!』
「右の連中! 弾幕うす……誰だ、いま後ろから殴ったヤツ!?」
俺の声に反応し、ゴブリンと冒険者たちはお互いに協力して転げまわる巨大クリの動きを止める。
そして動きの止まった巨大クリを、俺が転移を使ってガスパールたちのいるところに放り投げた。
邪神の用意した切り札は、戯れるドラゴンたちによってあっけなく粉砕される。
「よし、あらかた片付いたな」
「……一時はどうなるかとおもったぜ」
ようやく全てのクリを処分し、冒険者たちが安堵のため息をついたその時であった。
頭上に星の瞬きはじめた森の中に、ふたたびヒイシの声が響く。
『ふっ、これで終わったとでもおもったか? 小賢しいわ、人間共!』
うげ、まさか!?
その声と共に、ふたたび無数の巨大クリが音を立てて飛来する。
しかも太陽すでに西の空へと沈み、運の悪いことに月も出でいない。
まずいな。 視界はどんどん悪くなる一方だし、対象を視認できないと転移をかける事もできなくなる。
それだけじゃない。 たぶん冒険者共の体力も限界に近いぞ!!
『くっ、これはまずいぞカオル!』
「小西係長、なんとかしてください!!」
この状況をどう打開しようかと悩んでいると、テオドールと百池が同時に横から泣き付いてくる。
えぇい、俺ばっかり頼るんじゃない! 俺は古代中国の天才軍師でも、未来からやってきた猫型ロボットでもないんだからな!!
だが、この状況はドラゴンでもないと打開できないだろう。
そしてそのドラゴンはといえば、未だに森を破壊することに夢中だ。
あ……あの馬鹿共何してやがる。
気が付くと、破壊されている森のあちこちでオレンジ色の光が瞬いていた。
どうやら、競争心の熱に煽られてか火を吐いているヤツが何匹がいるようである。
あれだけ森の中でうかつに火は使うなって言っておいたのに!
まぁ、延焼を防ぐ措置はとってあるから問題はないんだけど、あとで叱ってやる必要があるな。
しかし、ドラゴンの様子を見るにあまり楽しそうではない。
できればそんな楽しくない事はさせたくないのだが……あぁ、そうか。 ドラゴンを遊ばせてやればいいんだ。
俺は濛々と煙を上げて破壊されている森に体をむけると、力の限り大きな声で叫んだ。
「遊びの時間だ、ガスパール! とってこぉい!!」
そして俺は空中を飛び交う巨大クリを指差した。
ガオォォォォォォォォォン!
おそらく歓喜であろう咆哮をあげると、ガスパールは嬉々として空中を飛び交うクリを顎に捕らえる。
それを見て、他のドラゴンたちもハッとした表情で上を見上げた。
『ガスパールだけずるい! わたしもあそぶの!!』
『ぼくもやるぅぅぅ!!』
ドラゴンたちは、一瞬で何が起きたのかを理解する。
頭がお子様なくせに、いや頭がお子様だからこそ遊ぶことに貪欲であり、そして理解が早い。
ドラゴンたちは一瞬で森を破壊することを忘れ、すぐさまこの新しい玩具に飛びつく。
『お、おのれドラゴン共! やめろ、それは遊び道具じゃない!!』
必死になって巨大クリを投げるヒイシだが、ドラゴンたちはそれを片っ端から咥え、尻尾をふりながら俺のところに持ってくる。
やぁ、お前等ご機嫌だな。
『カオル! カオル! 一杯ひろってきた!!』
「おお、すごいな! もっと拾ってきたら、もっと褒めちゃるぞ!!」
人間に対しては必殺の物量兵器かもしれないが、ドラゴンたちにとってソレはちょうどいい遊び道具にすぎなかった。
おそらく鉄の鎧をも貫くであろう鋭い棘も、ドラゴンたちの前では豆腐の角とかわらない。
俺の元に集められた巨大クリは、自慢の棘をへし折られ、硬い装甲もボロボロの状態で、もはやピクリとも動かなかった。
「作戦変更だ! 森に火をつけろ!! このまま奴の器を灰にしてしまえ!!
だが、あまり奥には入るな! うかつに森の中に踏み込んだら、クリを投げてくるぞ!」
問題を先送りにするのは不本意だが、出来ないものは出来ないのである。
それに、ドラゴンたちに頼んで念入りに森を焼けばあるいはここで因縁を断ち切る事ができるかもしれない。
俺の下した判断に、ゴブリンと冒険者たちは特に異を唱えることなく従った。
『ぐあぁぁぁ、こんな……こんな馬鹿な!!』
ヒイシの断末魔の声を聞きながら、俺達は隔離した森に火を放つ。
日没後の森が、再び黄昏のごとき色に染まった。
『おのれ、おのれ人間め、これで勝ったと思うなよ! 我はいつの日かならずや蘇り、貴様らに復讐を果たす!!』
ゴブリンと冒険者が
「見事だ。 さすがだな、竜使い。 あの気難しいドラゴンたちをここまで自在に扱うとは」
その声に振り向くと、そこには満足そうな顔のクソ野郎。
お前に褒められても嬉しくないし。
そもそもだ……
「やめてくれ、そういうの。 俺はべつにドラゴンを従えているわけじゃない」
「なんだと?」
何を言われているか分からないといわんばかりのクソ野郎の顔に、俺はニヤリと自分でも人の悪いと思うような笑みを浮かべ、わざとドヤ顔で告げた。
「俺はただひたすらドラゴンに懐かれているだけだ。 つまり愛だよ、愛」
「あ、愛……だと」
うむ、こうやって口にしてみると、そこはかとなく恥ずかしいものがあるな。
俺はかすかにやっちまった感じを無表情の下に仕舞いこむと、呆然とするクソ野郎に真面目な声で告げた。
「そんな事より、逃げる準備もしておいたほうがいい。 ドラゴンたちの放った炎でこの辺は焼け野原になるぞ」
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