第3話

 あえて言わせてもらおう。

 ……ドラゴンはいい。


 ヒンヤリとしてスベスベな体に摺り寄せられると、仕事で溜め込んだストレスが張るの淡雪のように解けてゆく。


 今日は三度目の異世界訪問だが、俺はすっかりドラゴンにはまり込んでいた。

 もともと大きな生き物は好きなのだが、それが無条件で懐くとなるともうたまらない。


「あー よしよし、ちょっといい子にしていてくれよガスパール」

 甘えてくるひときわ大きなドラゴン……俺が最初に遭遇したドラゴンで、このコロニーのボスの頭を撫でながら、俺は今までわかったことをノートにまとめてため息をつく。


 どうやら、俺の作ったカレーにスキル習得の効果が付くのは、マジックスパイスという特殊能力によるものらしい。

 ……というか、これだけは俺が元からもっていたスキルらしく、カレー由来のスキルではない。

 精査の能力で調べたところによると、その効果は地球産のスパイスに強い魔力を与え、それによってさまざまな効果を持つ料理を作ることが出来るというものである。


「さて、そろそろ外に行こうかな」

 外を見ると、すっかり夜の帳が落ちている。

 進入するには、実によい日だ。


 翻訳を手に入れて、現地の人間と意思疎通が可能になった。

 さらに、ドラゴンという足もある。

 ……となると、この世界をいろいろと見て回りたいと思うのが人の性だ。


 幸い、今日は曇り空。

 しかもこの世界の新月にあたるらしく、俺はドラゴンにのって、夜のうちに街の中に降りることを計画していた。

 普通に正面から訪問した場合、身分証もなしに町に入れてもらえるとは限らないからな。


「よし、じゃあたのんだぞガスパール」

「グルルル……」

 ガスパールの足にしっかりとロープを結ぶと、俺はそのロープを自分の体にもしつかりと巻きつける。

 そしてガスパールはその作業を確認すると、その巨大な翼を広げて夜空に飛び出した。

 続いて、ロープに引きずられるようにして俺の体も空へと舞い上がる。


「うおぉぉぉぉ! すげぇ!!」

 はじめて経験する異世界の空は、風がとても気持ちがよかった。

 日本にもパラグライダーなどを楽しむ人はいるが、もしかしたらその人たちもこんな風を感じているのかもしれない。

 まぁ、景色が真っ暗で何も見えないのはこの際我慢するしかないな。


 そんなことを考えていると、どうやら街の近くについたらしい。

 ガスパールの飛ぶスピードが緩やかになり、高度が下がり始めた。

 そして眼下にいくつか黄色い明かりが見えてくる。


「よし、いってくるよガスパール」

 俺はそう声をかけると、右腕の転移の紋章に力をこめる。

 そして灯りに照らされた建物の屋根に一瞬で転移した。

 あとは、人のいないところを狙ってもう一度転移して無事に着地である。


 さすがにこんな夜中ではする事がないので、一通り街の中を見て回ったら日本に撤収だ。

 ちょうどいい転移ポイントをいくつか見繕うと、俺は変な連中に絡まれる前に自分のアパートへと舞い戻る。

 さぁ、明日はどんなことがおきるだろうか?

 楽しみでならない。



 翌日、俺は朝早くから異世界に降り立ち、異世界の市場を堪能していた。

 町全体が赤茶けたレンガ作りになっており、なかなか風情が感じられる。

 俺の貧相な語彙では中世ヨーロッパ風としか表現できないのが非常に残念だ。


「なぁ、この市場って誰でも店を出せるのか?」

 俺はこの世界の情報を仕入れるべく、近くにいた果物売りのご婦人に声をかける。


「あんた……客かい?」

「いや、金は無いが変わりに取引出来るものはある」

 そう告げながら俺は赤砂糖を取り出して、いぶかしげな目で俺を見る婦人に差し出した。

 白砂糖にしなかったのは、精製技術が高すぎて出所を疑われるのを警戒してのことである。


 それでも最初はなかなか警戒して手を出そうとはしなかったが、自分でも一つまみ口の中に放り込んで毒ではないことを示して見せると、ようやく婦人も砂糖を口に入れた。


「甘い!! あんた……いったいこんなものどこで仕入れてきたんだい?

 まるで蜂蜜を粉にしたようじゃないか。 あたしゃこんなもの初めてだよ!

 た……高いものなんじゃないのかい?」

 ほう、どうやらこの世界において砂糖はあまり知られていない存在であるらしい。

 もしくは、存在しないという可能性もあるな。


「まぁ、仕入先は秘密というやつだ。

 かわりにいろいろと教えてほしいんだが、いいかな?」

 俺はニッコリと笑って、婦人に質問を投げるのであった。

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