第4話
婦人から仕入れた情報によると、どうやら市場で露店を開くには、商業ギルドの許可が必要であるらしい。
しかも、審査は厳しくてもともと商人であるか地元の農民でもなければ難しいとのことである。
……これは困った。
ドラゴンの財宝に手を出すことをやめたかわりに、この世界で商売をして資金を稼ごうというのが俺の計画だったのだが、このケチくさいシステムのおかげでいきなりの頓挫である。
「……では、俺の持ってきた商品を買い取ってくれるような商人に心あたりはないだろうか?」
「うーん、そいつもちょっと難しいねぇ。
あの人たちも、身分のしっかりした相手からじゃないと商売をしたがらないから」
ちなみに、婦人に説明した俺の設定はこうである。
街の中で追いはぎにあい、身分証明の入った荷物を奪われてしまった。
幸い、砂糖の入った袋は無事だったため、この砂糖を売って当面の資金を稼ぎたい……といった感じである。
実際によくある話なのか、婦人は災難だったねぇとつぶやき、俺の言葉を疑うそぶりは見せなかった。
「あぁ、そうだ。
冒険者が以来の途中で手に入れたものを売ることは認められているから、一度冒険者ギルドに登録してみてはどうだい?
流れの人間が、商売をしたくてそうする事があるって話を聞いたことがあるよ」
「……冒険者ギルドか」
できればそれは避けたい方向だった。
こちとら、平和な日本で暮らしてきたオッサンである。
冒険者のような荒事を生業とするのは精神的にも肉体的にもつらい。
結局、あまり乗り気ではないが俺は冒険者ギルドに登録しにゆくことにした。
いきなり先輩冒険者が絡んでくるようなことは無かったが、初めての登録だというと、受付で胡乱な目を向けてくる。
なんでも、冒険者ギルドに始めて登録するのは、だいたい12歳から18歳ぐらいの子供ばかりで、俺の歳で初めてというのはほとんど無いらしい。
「ちなみに、付随する特典目的の方も多いので、定期的にギルドの依頼をしないと除名されます。
具体的には、最初の一週間で討伐依頼を最低でもひとつこなしてください」
「うわぁ……マジかよ」
思わずげんなりした声でつぶやいた俺に、受付嬢はさらに告げる。
「あと、登録には運動能力などの審査が必要ですので、審査の場所へとご案内しますね」
そして彼女は、顔が引きつる俺に向かっていい笑顔でニッコリと笑い、その隣に同じような笑顔の浅黒いマッチョが現れ、俺の腕をがっしりとつかんだ。
そして俺は地獄に招待されていったのである。
1時間後……。
「し、死ぬかと思った」
「ふん……この程度の体力で冒険者を目指そうなどと考えるからだ」
地面にぐったりと横たわる俺を見下ろし、教官であるマッチョが冷たい言葉を吐き捨てる。
お前、絶対に俺に対して悪意があるだろ!!
運動能力の測定の結果、俺はほぼ最低値をたたき出すという快挙を成し遂げ、模擬戦という名目でズタボロにされた。
冒険者ギルドが来るもの拒まずという方針でなければ、俺は確実に不合格になっていただろう。
受付嬢はHランクの冒険者カードを俺の目の前に投げ落とし、「この能力では、ゴブリン一匹殺せませんね」と悪意のある笑顔で告げた。
「残念ですが、一週間後には除名を覚悟しておいてください。
これに懲りたら二度と特典目的で冒険者ギルドに登録などしないことです」
なるほど……どうやら俺は見せしめとして半殺しにされたらしい。
くそっ、お前ら覚えてろよ!!
俺は殴られた痛みに耐え、体を起こして壁に近寄ると、精査のスキルを発動させながらそこに貼り付けられていた依頼の一つを手に取った。
「おい、これ……受けるから」
「ちょっと、正気ですか!? たしかに失敗してもペナルティーはありませんから受けること自体は可能ですが……」
それはゴブリン討伐。
しかも、森の奥にいるゴブリン・ロードの統率する集落を潰すという上級パーティー推奨の依頼であった。
「余裕だよ……お前ら、覚悟しておけ」
俺は頭を打って気がおかしくなったんじゃないかと疑う受付嬢を尻目に、冒険者ギルドを後にした。
「くっそ、あいつらよくもやってくれたな!
……あちこち痣になってるじゃねぇかよ!
ぜったいに仕返しててやる!!」
冒険者カードを提示して街の外に出た俺は、すぐさまドラゴンの巣穴へと転移を開始した。
……でないと、そろそろドラゴンたちが拗ねて何をするかわからないからだ。
「とはいえ、やっぱりこの依頼は無謀だったかなぁ」
俺は手にした張り紙に目を落とし、うんざりとした口調でつぶやく。
ゴブリンの一匹や二匹程度ならね転移の紋章をつかってお空に招待すればどうにかなるだろう。
だが、冷静になって考えると、森の奥深くに分け入って集落ごととなると勝手が違いすぎた。
むしろ集落にたどりつける自信すらない。
『カオル、なに、それ?』
ガスパールが覗き込んでくる。
「あぁ。ゴブリン退治の依頼だよ。 ゴブリンロードのいる集落を潰してこいだとさ」
『ごぶりん! たくさん? ぼくも、ゆく!!』
なぜかはしゃいで手足をバタバタさせるガスパール。
なんでこいつこんな楽しそうなんだ?
「まぁ、いいや。 どうせついて来るのなら、俺を運んでくれるか?
場所は精査で調べることが出来るし」
……とまぁ、俺は気軽にそんなことを行ってみたのだが、この選択が恐ろしい結果を生み出してしまうのである。
「ギャアァァァァァ!!(いくー いっしょにいくー!!)」
「グオォォォォォォォ!!(だめー ボクが一緒にゆくのー)」
しかも、ガスパールの声を聞きつけたのか、コロニーのあちこちからそんな声が響き始めた。
「いや、一人でいいんだが……」
結局、他人に譲ることをよしとしなかったドラゴンたちが喧嘩を始めてしまったため、なんと20頭もの大所帯でゴブリン退治とあいなってしまったのである。
そしてゴブリンたちの住む森まで、ドラゴンの翼で約30分。
上空の風は冷たく、もう少し厚着をしてくればよかったと後悔し始めたころ、ようやく目的地である森が見えてきた。
「よーし、みんな。 あの少し森の木が薄いあたりがゴブリンの巣穴だから、まず俺を近くに下ろしてくれ……って、おい!」
『ごぶりんー!』
『ごぶりんたべるのー!!』
俺が制止する暇も無く、ドラゴンたちはものすごい勢いで森の中に突っ込んでゆく。
おい、おまえらいったい何を!?
『ごはんーーーーー!!』
『おいしいのー おいしいのー!』
『ぎゃあぁぁぁぁ! ドラゴンだぁぁぁぁ!!』
『だずげでおがーぢゃーん゛』
ドラゴンたちは歓声をあげ、森の中からゴブリンの悲鳴が沸きあがる。
そこでようやく俺は状況を理解した。
そうか、ゴブリンってこいつらにとってはただの食糧なんだ!?
たぶん、俺たちが山菜でもとりにゆく感覚でここにきているのである。
「い、いかん! このままでは俺が何もしないうちに依頼が完了してしまう!」
あわてて転移の紋章をつかってガスパールから離れると、俺は足場の悪い森の中を走ってゴブリンの集落に突入する。
だが、時すでに遅し。
ゴブリンの集落は完全に崩壊していた。
『かおるー いっぱい食べたのー おいしかったのー』
「ぎゃー その顔でお顔ごしごしはやめてー!」
満腹になってすっかりご機嫌なドラゴンたちが、真っ赤に染まった顔で俺に擦り寄ってくる。
おかげで俺の体は何もしていないのに血まみれだ。
しかしその時である。
不意に上から2メートを越える身長と鋼のような筋肉に覆われた屈強なゴブリンがふってきた。
ゴブリン・ロード!?
――しまった、まだ生き残っていたのか!?
完璧な奇襲をうけ、俺は一瞬死を覚悟する。
だが……そのゴブリンロードはいつまでたっても襲い掛かってこなかった。
よく見れば、目からはボロボロ涙を流し、すべてをあきらめたような目をしている。
そしてその逞しい太ももの間はぐっしょりと濡れそぼり、かすかにアンモニアのにおいがしていた。
『かおるに、いちばんおいしそうなの、とってきた! ほめて!!』
見上げると、犯人……ガスパールが満面の笑みを浮かべて俺を見下ろしている。
そう、ゴブリン・ロードはガスパールに襟首をくわえられて空中に釣り下がっていたのだ。
そういえば、猫も狩りが下手なご主人様のために獲物を持ち帰ることがあると聞くが、まさかドラゴンが同じことをするとは思って無かったよ。
「よしよし、ガスパールはいい子だ。 とりあえずそれを下に下ろしてくれるかな?」
うん、お前はいいやつだよ。
ほかの奴らとはえらい違いだ。
俺が周りを見渡すと、他のドラゴンたちは気まずそうに視線をそらす。
『人間よ……殺すなら……せめてひと思いにやってくれ』
地面に落とされたゴブリン・ロードは、そのまま大の字に寝転がると低くて渋い声でそう告げた。
うっ、困った。
ぶっころすぞーおらーって感じで襲ってきたのなら遠慮なく殺せるのではないかと思っていたのだが、こうも潔い態度を見せられると決意が鈍る。
だが、これは仕事なのだ。
私情を挟んでいい問題ではない。
そして俺はナイフを構えると……。
ゴブリン・ロードの耳を片方切り落とした。
「討伐証明はこれで十分だ。 なにも、殺すまでも無い」
『いいのか? 俺はゴブリンで、お前は人間だぞ?』
耳のちぎれた跡をおさえながら、ゴブリンロードは信じられないといった目で俺を見あげる。
「こっちの世界の常識なんて知らない。 とにかく、俺はお前に死んでほしくない……そう思っただけだ」
『すまない。 感謝する』
起き上がって俺に向かって深々と頭を下げるゴブリン・ロードだが、冷静に考えるとこいつらが平和に暮らしていた中にドラゴン突っ込ませて皆殺しにした俺のほうがむしろ極悪人である。
……というか、こいつらゴブリンのほうが冒険者ギルドの人間よりよほど温厚で善良に感じてしまうのは気のせいだろうか?
「やめてくれ。 お前に頭を下げられる理由が無い。
むしろ謝らなくてはならないのは俺のほうだ」
『いや……どうせ我々の集落は長くはもたなかった。
あまりにも人間の住む場所に近すぎたのだ』
「なんとも世知辛い話だな。 あぁ、そうだ……謝罪の印にこれを渡そう」
俺は転移の紋章を発動させると、自宅のアパートにある冷蔵庫から精査のスキルのついたカレーを取り寄せた。
「これを食べるといい。 なくした耳の代わりだと思ってくれ」
『これは……辛いがうまいな……むっ? 人間よ、これはいったいなんだ!?』
どうやら、スキルの発動に気づいたらしい。
ゴブリン・ロードの顔が驚きにかわった。
「この先、人間たちから逃げて暮らすにも、新しく集落を作るにも、きっと役に立つだろう」
『……ありがたい! これがあれば次はもつと安全に暮らせる場所が見つかる!!』
そしてゴブリン・ロードは俺に深々と頭を下げた跡、森の奥の方へと足を向け……ふと何かを思い出したかのように振り向いた。
そして、気になる話を告げたのである。
『そうだ。 もしかして知っているかもしれないが、最近森の中が騒がしい。
もしかしたら、魔物たちがあふれるかもしれない。
人間は嫌いだが、お前はいい奴だ。 生き残ってくれ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます