第2話

「じゃあ、お先に失礼しまーす」

 タイムカードを押すと、俺は上司に何か言われる前にそそくさと職場を後にした。


「あぁっ、まってコニたん! いや、小西様! この資料の翻訳が終わらないと俺の仕事が終わらないの!! コニたん、得意分野でしょ! 助けて!!」

「ふっ、待ちませんぞグッさん課長殿。 お前が俺に仕事を振り忘れたのが悪いのだ!!

 はぁーははははははははははっはっはっ!!」

「あぁーっ! 後生でございます! お慈悲を、お慈悲を!!」

「えぇ、このたわけが! この金曜の夜に残業なんてくらってたまるものか!!」

 ……といいつつも、上司である山口課長の手から半分ほど資料をうけとり、社外に持ち出せる程度の部分を抜き取ると、あとでメールで翻訳を送りつける約束をする。

 まぁ、別にそこまでしてやる必要はどこにもないのだが、奴は上司である以前に友人だから致し方なし。

 まぁ、ちょっとウザいけど。


 そして残業の確定している同僚の恨めしげな視線を浴びつつ、俺は足取りも軽く会社の建物を出た。

 向かうは我が家。

 そして、異世界である。


 そう、俺は週末を待ちわびていた。

 ……というのも、先日持ち帰ったドラゴンの財宝がいい値段で売れたからだ。

 あの大量の黄金を持ち帰って売りさばけば、一生遊んで暮らせるかもしれない。

 いや、同じ店で何度も売れば出所を怪しまれるか。

 うぅむ、ならばいっそネットでの販売を考えるべきか?


 おっと、考え込むのはここまでだ。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか俺は自宅へとたどり着いていた。


 さぁ、異世界に行く準備をしなくては!

 俺はさっそく冷凍室からタッパーを取り出す。

 中身は、それぞれ違う配合のカレーだ。

 ……というのも、もしかしたらカレーの配合によって違うチート能力が手に入るのではないかと思ったからである。


「さて、いざ行きますか……異世界へ!」

 カレーのタッパーをリュックに詰め込み、俺は右腕に刻まれた紋章に意識を集中する。


「おお、戻ってきたぞ、異世界!」

 俺が転移したのは、ドラゴンの財宝が貯め込まれた部屋であった。

 用があるのはこの部屋だけだしな。


「さて、持ってきたカレーはどうかな?」

 彼はリュックを地面に下ろすと、早速もちこんかだカレーを鑑定にかける。

 すると、予想通りカレーはそれぞれ異なる効果を持っていた。


「うーん、けどいまひとつピンとくるものはないんだよなぁ」

 残念なことに、発現したチートはどれも微妙な効果である。

 そして判明したことだがねどうやら同じカレーでもスパイスの配合によって効果が変わってしまうらしい。


「何かの使い道があるかもしれないから覚えてもいいんだけど、無制限にスキルを得られるとは限らないんだよなぁ」

 なので、俺としては必要ないスキルまで覚えたくは無かった。


「でもまぁ、これなら覚えてもいいかな」

 俺が選んだのは、チキンカレー。

 そのカレーには、食べたものに翻訳能力を与えるという能力が発現していた。


「さて、検証は終わったことだし、あとは財宝を持って帰るか」

 俺はカレーを入れておいたリュックを広げると、その辺にあった財宝を詰め込もうとし……ふと何者かの視線に気づいた。

 すると、部屋の入り口から顔を出したドラゴンが、涙目でこちらをのぞきこんでいるではないか。


「……ガウゥ……グフン(ボクの宝物……またもってっちゃうの?)」

 ぐっ、翻訳能力がしっかりと仕事をしているらしく、ドラゴンの悲しげな声が意味を持って俺の心を貫く。

 だが、こちらも金は欲しいわけで、でも俺にはちゃんと本業があるから別にこいつから奪わなくても生きて行けるわけで……ダメだ。 俺には出来ない。

 俺はため息をひとつ付くと、手にした黄金を床に置いた。


「ごめんな。 お前にとってそこまで大事なものだとは知らなかったんだ」

 すると、ドラゴンは目からボロボロと涙を流しながら俺に頭を摺り寄せてきた。

 どうしよう、ものすごくかわいい。


 そのまま、どれぐらいドラゴンの頭を抱きしめてただろうか。

 ふと、我に返る。


 ――財宝を諦めるというのなら、俺はもう異世界に来る必要など無いのでは?

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