2章 第11話

 さて、その後の話をしよう。


 かくしてスライムで窒息……と言う、字面だとかなりなさけなさそうな危機を免れた俺達だが、話はまだ終わらなかった。

 なぜならば、まだ当のスライムが生きているからである。


「さて、こいつをどうしてやろうかねぇ」

 俺達の目の前では、地面にスパイスの粉を撒いて作った輪に囲まれ、巨大なスライムがプルプルと震えている。

 当然ではあるが、このスライムの扱いが決まるまでこの問題は終わらないのだ。


 薬物に弱いこいつの体質を利用し、俺が手持ちのスパイスを使いきって作り上げた檻のようなものだが、思ったとおり奴はこのスパイスで出来たラインを超える事はできないらしい。

 おそらく雨でも降らない限りは、このままこいつをここに閉じ込めておく事も可能だろう。


 急ぐ用件では無い……とは言うものの、おそるおそる触手を外に伸ばそうとし、スパイスに触れてビクっと引っ込むマナイーターの様子を見ていると、なんだか苛めっ子になったようで気分が悪い。

 殺すにしろ放すにしろ、出来れば早くこいつの殊遇を決めてしまいたいというのが正直な心情だ。


「やっぱり処分するしかないんじゃないですか?」

「とは言ってもなぁ……」

 たしかにこいつを野放しにしてまた同じ目に合ってはたまらない。 だが、敵意の無い生き物を殺すのにはどうも抵抗がある。

 おそらく今の設備ではペットのように飼いならすような真似は出来ないし、こいつに躾を受け入れるだけの知能があるとは限らない。


「こうなってしまうと、なんだか可愛そうですよね。 なんとかならないんですか?」

「あのな、俺だって万能じゃないんだぞ」

 百池の上目遣いに、俺は不機嫌を隠そうともせずに答えた。


 そんな会話をする横で、部下の一人が呟く。

「そもそも、こいつは今までどうやって生活してきたんだ?

 図体ぐらいしか取り柄の無い上に、大喰らい。 栄養価は高そうだし、このサイズに成長する前に捕食者にやられまいそうなもんなんだけどなぁ」


 ――あぁ、それだ。


「もしかして、こいつには共生している生き物でもいるんじゃないか?」

 ただの直感でしかなかったが、そう考えるとこの生き物がここまで成長する理由にも納得が行く。

 だが、部下たちはまだ首をかしげていた。


「共生? 何のメリットがあって?」

「たとえば、魔力が強すぎる場所では生活の出来ない生き物との共生とか?」

 とはいうものの、自分で言っていてなんだが、微妙に説得力がない。

 俺は答えを求めるように百池を振り返る。

 すると、彼女は目を閉じてすぐに情報を検索しはじめた。


「魔力自体は基本的に生物にとって有益ですが、中には多くの生物にとって有害な魔力というものがあるようですね」

「……いわば、瘴気か」

 魔力と言うものが意思に反応する代物であるならば、敵意や害意に反応した有害な魔力があってしかるべきである。

 それをこの世界で何と呼ぶかはしらないが、俺はそれを仮に瘴気と名づけた。


「検索してみたところ、この生き物はその有害な魔力……瘴気を取り込んでも平気なようです。

 むしろ瘴気を浄化する能力があるので、その能力を活かして開拓に用いる知的生命体もいるようですね」

「つまり、飼い主が近くにいるという可能性も?」

「高いと思います。 検索しますか?」

 百地の言葉に、俺のみならず他の連中も頷く。


「頼む。 今回の迷惑料も請求してやらにゃならんしな」

 そして検索の職能を使い、たどり着いた先は……なんと見知った連中の住処であった。


「なんだ、テオドールの作った村じゃないか」

 百池の検索によってたどり着いたのは、なんと知り合いのゴブリン王であるテオドールが作ったゴブリンの居住区。

 とはいえ、俺以外の人間がここを見たのならば、これがゴブリンの集落だとは思わないだろう。

 なぜなら、使われている技術が他のゴブリンの里より頭一つ飛びぬけているからだ。


 余談になるが、一般のゴブリンの文化レベルはおよそ石器時代ぐらい。

 武器はとがった石を棒の先につけた槍ぐらいで、衣服は口で噛んで鞣した粗末な革細工。

 家を作る概念はあるものの、せいぜい未加工の枝を蔦で束ね、木の葉などで覆った程度の代物である。


 それにくらべてここのゴブリンの文化レベルは……おおよそ縄文時代ぐらいだろうか?

 家屋は加工された木材を利用しているし、その傍らには水瓶がある。


 そう、ここのゴブリンは初歩的な土器を作っているのだ。

 これがどれだけ文化的にすばらしいことか、想像できるだろうか?


 なお、こいつらに土器の存在を教え、その利用を勧めたのは俺だったりする。

 彼らが文明を手に入れるためにはこのような段階を一つずつ踏みながらでなければならず、最初に指導したのがこの焼き物と言う技術であった。


「ここがゴブリンの居住区?」

「なんというか、意外と文化的ですね。 金属加工にはまだ手を出していないようですが……」

 予想より文明的なゴブリンの集落に、部下たちはキツネにつままれたような顔で呟く。


「金属の加工を行うにはまだ色々と学ぶべき事があるからな。

 次は初歩的なかまどの作りかたを教えて、煉瓦を加工できるようにしたいと思っている」

 そうなれば、彼らの居住区はさらに様変わりすることになるだろう。


「問題は焼き物に使う燃料だが、周囲の樹木を伐採することで当面はまかなう事ができるはずだ。

 ある程度の開拓が進んだら、今度は人工的な池を造って珪藻を養殖し、植物油を搾った残留物を燃料にすればいいと俺は考えている」

 もっとも、珪藻の搾りカスは魚の養殖などにも使えるので全てを燃料にする事はできないとは思うけどな。


「あー いいですね。 あとはわりと近くに石灰岩の地層もありますし、コンクリートの作成方法を教えるのもいいんじゃないでしょうか」

 彼らのライフスタイルや文化に対して好き勝手に手を加えるのは傲慢なのかもしれないが、別に俺は神では無いし、彼らの未来に責任をもたなければならない立場でもない。

 あとは彼ら自身が、俺達の与える文化をどう受け止めるかに過ぎないのだ。


 そんな感じでゴブリン達の文化について意見を交わしていると、集落の奥から鮮やかな紫のミニスカートのような下穿きを身につけた大柄なゴブリンがゆっくりと姿を現した。

 テオドールである。

 最近は進化によって人の姿に近づいたらしく、人間基準でもかなりハンサムな顔立ちになりつつあった。

 ……いつか爆破してやろうかな。


「テオドール! お前のところのペットに襲われて、えらい目にあったぞ!!」

『申し訳ない、カオル。 こちらの想定外な事がおきて、マナイーターの檻が壊れてしまったのだ』

 開口一番に文句をつけてやると、片耳のない巨漢のイケメンゴブリンは、跪かんばかりの調子で謝罪の言葉を述べる。


「とりあえず、さっさと引き取ってくれ。 アレがそばにいると、俺達がこの森に作っている居住区の工事が出来ない」

 少なくとも、俺は魔術も魔法もなしに秘密基地の建築をするつもりは無い。

 なにせ、思いっきり素人だからな。


『わかった。 すぐに里の者に命じて迎えに行こう。 それでどこにゆけばよいのだ?』

「案内しよう。 ついてきてくれ」

 俺は転移を発動させると、テオドールとマナイーターの飼育係であるゴブリンたちをつれて秘密基地建設現場へと飛んだ。

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